109話
第二主題はト短調の哀しみにも似た、黒人霊歌を思わせる哀愁のメロディ。当時、黒人霊歌は、アフリカの原住民達が、アメリカ大陸に強制的に連れてこられ、労働を強制させられる中で生まれた、宗教的な歌。現世からの脱却、そして来世の希望。フルートとオーボエで複数回繰り返され、少しずつ穏やかなメロディへと変化していく。
美しい音色が弦楽器へと受け継がれる。強さと激しさが増し、瞼を少しずつ開くアメリカ。そしてトランペットがファンファーレを鳴らし、全ての楽器が締めくくりに入る。動き出し、身震いをする。砂を払いのける。雄叫びで木々がざわめく。アメリカが産声を上げ、第一楽章は終わりを告げた。
たった一〇分間。されど、濃密。まだ物語は始まったばかり。
(すごい……ベルはわかるとして……あのヴァイオリンの子と、チェロの人は一体なんなの……?)
この日が初対面のブリジットは、ブランシュを知らない。ひとり、普通科にヴァイオリンを弾く子がいるとは聞いていた。上手いとも。だが、想像を超えている。ヴィクトリア・ムローヴァのような清涼さと、ユリア・フィッシャーのような音のバランス。もう、彼女には音楽院すらも必要ないと思える。
(すごいね。昨日より一層キレが増してる。自分も引き摺られて持ち上がってる気はするけど、まだお互い、上があるよね?)
そんなアイコンタクトを、フォーヴはブランシュに飛ばす。
しかし、ブランシュはもう、香りと音以外、なにも必要としない。第二楽章、その香りを首筋に塗布する。
第二楽章。ラルゴ。表情豊かにゆっくりと。
この楽章は、他の三つの楽章とは明らかに違う雰囲気を纏っている。チェコとアメリカの精神性の共通点を味わいながら、ドヴォルザークが作曲した楽章であり、アメリカの詩人ロングフェローが、インディアン神話の英雄ハイアワサを描いた物語から、着想をえたと言う。
ペンタトニック、全七音から『ファ』と『シ』を抜いた音階は、四・七抜き音階とも呼ばれ、民謡にも多く使われる技法だ。国籍を問わず、自身の故郷を思い出すという。深い精神世界への埋没を意図して作られたこの楽章は、オーボエなどがエレジーな世界観を創造し、クラリネットとヴァイオリンによって追悼される。
怪しい美しさを持った和音の開幕。そしてイングリッシュホルンによる、ノスタルジックなメロディ。日暮れの帰り道のような、なんとも言えない哀愁が漂う。ピアノ三重奏。イングリッシュホルンはないはずなのだが、ピアノの絶妙な力加減とビブラートにより、聴衆にはあたかもあるように錯覚させられる。




