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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
自由な速さで。
108/369

108話

 ブランシュは目を瞑り、何度も深呼吸する。四回、五回。六回目を終えたところで、目を開いた。


「はい。いきます」


 舞台へ上る。ライトが眩しい。ヴァイオリンが重い。歩く音、呼吸の音がよく聞こえる。肺が痛い。唇が渇く。膝が笑う。うん、いつもどおりだ。


 ホルンやティンパニ、その他楽器はピアノのベルが担当する。数としてはもちろん足りていない。指揮者もいない。だが、充分。音合わせ。問題ない。


 もう一度だけ、深呼吸。始まる。


 ドヴォルザーク『新世界より』。


 第一楽章。アダージョ—アレグロ・モルト。ゆるやかに—非常に早く。トップの香り。もしもテーマを掲げるとしたら、それは『萌芽』。巨大すぎるアメリカという国の本質に気づき始めたドヴォルザークは、未来のこの国を創造し『新世界』と名づける。 


 優しいチェロの、眠りを誘うかのようなメロディから始まる。夢を揺蕩う、雲の上にいるかのような優しい、フカフカとした音色。その後、ホルンがひとつアクションを入れ、木管楽器へ。そしてそれを弦楽器が受け継ぎ、少しずつ重厚な、重苦しい雰囲気を醸し出しつつ、ティンパニが『新世界』の幕開けを宣言する。


(ドヴォルザークは、アメリカとボヘミアの音楽の共通点を見出し、その精神性を評価し、それを手紙として故郷へ送った。それはまるで、過去の自分へ送るかのように)


 そして、香る。


 《ディル・ウィード》。甘く、夢を思わせる幸福感。 


 《ラブラドルティ》。アメリカの原住民に愛されてきた花。スパイスの効いた香草。眠りついた潜在意識を目覚めさせる。


 《タイムサツレオイデス》。刺激、そして高揚。ハーブの爽快感。立ち上がるアメリカという壮大な物語。


 チェロとピアノの音に混ざり、トップの香りに包まれたヴァイオリンの音色が弾ける。五音階、つまりペンタトニックを主としたメロディと、リズムに骨格をもたらすシンコペーション。ペンタトニックはボヘミアの音楽に共通する部分でもある。ピアノ三重奏ではあるが、まるで本物のオーケストラのような音の厚みを感じる。


 弦楽器が主としてリードしているが、それをしっかりと後ろから全て支えるのが——


「ベル」


 圧倒されながらも、冷静にカルメンは感じ取り、小声で呟いた。いつもより表現力が増している。そして、ビブラートしている。ビブラートさせたがるピアニストは稀にいる。あのグレン・グールドもそのひとりだったと言われ、いつも曲を口ずさみながら指を震わせていた。


「……悔しい」


 なんとなく、置いていかれたような気がする。

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