106話
その後もベルの男の話や、昨日のペール・ラシェーズ墓地の話などで盛り上がり、そろそろ出るかという流れに。
「まぁ、こんなもんか。とりあえず、ここでの食事代はほら、この後二人に稼いでもらうから。先には出しとくけど」
結果、ニコルの財布から移動は無しという算段。地下鉄で弾くのに、おひねりを貰わないなんてもったいない。電車内で演奏する者もいる国。どこまでも貪欲に。
「だからヴァイオリン持ってきたんですね……結局、私もじゃないですか」
なぜかニコルがヴァイオリンを持ってきているのか。よくないことを思い付いているからだとは、ブランシュもわかっていた。そしてだいたいの予想も。嘆息して不満を言う。
しかし、そんなブランシュをベルは羨ましそうにする。
「いいなぁ、あたしは持ち運べないからね」
「いや、フォーヴさんがやりたいことなので、私が入っちゃったらおかしいことに……」
「映画にそんなシーンはなかったけど、オリジナルで入れてみようか」
ほんのり辞退するブランシュだが、意外にもフォーヴは乗り気だ。少しのアレンジは仕方ない。弾いた、という事実が重要。むしろ、映画以上に映画だ。キューブリックが『ポンヌフの恋人』をもし撮り直したら、こんな風にアレンジしていたかも。もしかしたら、ピアノも持ち込んでいたかもしれない。
「グリエールなんかいいんじゃない? 全部あわせても二〇分くらいだし」
カフェオレの最後のひと口を飲み干し、ベルが提案する。弾くのは自分じゃない。だったらなんでも言い放題だ。
「よし、刺激的な夜にしよう」
最後のパリの夜。否が応でもフォーヴの気合が入る。
ニコルも、ここの支払い以上の額を見込んで、発破をかける。
「しっかり稼いでおくれよー……思ったより金額、したからさ……」




