105話
それを聞き、フォーヴは白旗を上げる。
「まだあそこから上があるなんてね。本当にすごいしか出てこないよ」
午前午後と演奏をして、充分に仕上がっていると感じていた。しかし、明日はさらにもうひとつ上へ。どういう感情を今するべきか、わからなくなる。
ソワソワしながら自分達に近づいてくるギャルソンを目で追うベル。違った、他のお客さんのモンブランだった。
「でもフォーヴも、今日一日で相当腕上げた気がするけど。途中、チェロに持ってかれたところあったし」
練習中を思い返す。チェロの音色に聴き惚れてしまった。もっと聴いていたい。そう願ったほど。
褒められて喜ぶフォーヴ。モンブランはまだ来ない。
「二人に置いていかれたくないからね。そりゃ必死にもなるよ」
二人と比べて、自身はただの凡人。わかってはいる。が、そんなことは言ってもしょうがない。だが、ブランシュのためにも張り切らなくては。メンタルは強いのが取り柄。
「お二人とも、本当にありがとうございます」
モンブランが来た。ブランシュの感謝も二人は上の空で頷いた。
食しながら、スポンサーのニコルがひとつ持ちかける。
「明日は午前中には、ヴィズ達三人に帰ってくるように言っといたから、ぜひ聴いてもらうとして、誰か他に呼んどきたい人とかいる? こんなに長時間ホールを借りられるのもないからさ、どうせなら」
四日からはまた普通に、ホールはなかなか使えなくなる。なんてったって普通科。ならいっそ、呼べる人は呼ぼう。できたら音楽科の先生達も。もしいい感じだったら、たまには使わせてもらえませんかね?
「たぶん来ないけど、ベアトリスさんは呼んでみようかな。せっかくだし」
ベルがまずひとり候補にあげる。一応、自身の師匠のような位置。色々と。呼んでも来ないだろうし、呼ばないとそれはそれで文句を言うだろう。なんて厄介な。
フォーヴも賛成する。
「指の動きだけで曲を当てる人か。ぜひ会ってみたいね。私は、一応ジェイドに声をかけてみるけど、彼女もアルバイトしているからね。どうだろう」
久しぶりに会えたら会いたい。そして、ショコラの腕前も確認しておきたい。少しは上がったのだろうか。クビになってないだろうか、変なもの作って。
「私は——」
ブランシュは雑踏で掻き消されるほどの音量でひとり、誰にも聞こえないように名前を出す。もし来てくれるのであれば、どこかで見守ってくれているだけでいい。声もかけなくていい。そして三人を見る。あぁ、よかった。聞こえていない。




