101話
「してた? したらいいなーって思って弾いてるけど、自分じゃよくわかんないんだよね。できてたならよかった」
思い描いていたようには弾けていた。そこはベルも笑顔になる。どこか無理やり作ったような、だが。
「それを才能っていうんじゃない?」
ビブラートは才能以外の何ものでもない気がする。やろうと思ってもできることではないし、普通はできない。手首の柔軟性? 脱力の上手さ? それともメンタル的なもの? わからないが、特別なものだということはフォーヴにもわかる。
それでもベルは、全身に力が入らない。やる気が出ないわけじゃない。思い悩んだ過去を思い出してしまう。
「なんかちょっと違うんだよね。そういうのじゃなくて、なんかこう、この人には敵わないな、って本能的に感じること。身震いするほどの絶望感ていうかさ。自分でもよくわかんないんだけど」
うまく言葉にすることができない、胸につっかえるモヤモヤ。ブランシュが悪いわけじゃない。自分の弱さ。なにに対してどう扱えば収まるのかもわからない。
カフェオレをひと口すすり、窓の外を見るフォーヴも、過去を思い返し頷く。
「わからなくもないかもね。その人に勝ってる部分もあるはずなのに、なんでか勝てる気がしない。まぁ、音楽でもスポーツでも、やってれば必ず一回はぶち当たる壁だとは思うけど」
むしろ、ずっと勝ち続けていけるようなものはあるのだろうか。スポーツだってボードゲームだって、負けることはある。大敗することもあるだろう。そこから這い上がれる人だけがきっと、その先に行けるのだ。自分は、どうだろう?
ベルはそのまま言葉を続ける。
「あたしの場合、それで辞めちゃったの。スッキリしたけど、でもなんだか悩んで。弾こうと思っても、意味があるのかわからなくて」
全くピアノに触れない日々。ショパンもシューベルトもいない。心にぽっかりと空いた穴。なにをしても作り笑いにしかならない。ご飯も美味しくない。テレビも面白くない。指だけが無意味に動くベルの日常。
しかし、今はここにいる。気になったフォーヴは目線をベルに戻した。
「で、なんでまたやろうと思ったんだい?」
「ん?」と、その視線に気づいたベルは顔を正面に向けた。
「いや、なんとなく」
そう、なんとなく。結局、また弾きたくなったから戻った。それだけ。
「え、そうなの? なんかこう、きっかけとか誰かからの助言とか——」
言いながら途中でフォーヴは切った。いや、そんなものなのかもね。結局は自分の意思。誰かに言われて動くようじゃ、また戻ってしまう。のかもしれない。




