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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
自由な速さで。
100/369

100話

 三人で昼食を摂った後は、自由時間となり、また午後から練習を再開することとなった。


 ブランシュは午前の演奏をヒントに香水を試作。徐々に煮詰めていくことに。


 食堂と同じ棟の三階にはカフェもある。見晴らしがよく、ガラス張りの広い窓からは、音楽科のホールも眼下に見える。その他、遠くにはエッフェル塔も。


「今日は一日いるのかい?」


 カフェオレを片手に、対面の席にフォーヴが座る。そしてひと口。


 窓の外をぼけっと見ていたベルは、視線をそちらに移した。つられてオレンジジュースをストローからひと口。


「まぁ、ベアトリスさんにお願いされちゃってるからね。明日までは手伝うよ、結構面白いし。『無伴奏チェロ組曲』の香水、もらっちゃった」


 そう言って、ポケットから小さな銀色のアトマイザーを取り出す。フォーヴの持っているものと一緒だ。友人としての証らしい。ブランシュからの贈り物。


 お揃いのアトマイザーを掲げ、フォーヴは揺らした。


「香りを音にする、信じられる?」


 昼食前最後の演奏、ベルの「香りを音にするのが見てみたい」というリクエストに基づき、ブランシュはそれを引き受けた。


 昨日の自分と重なり、フォーヴは笑いを堪える。しかし今度はピアノがある。さらに深く『雨の歌』の世界へ、ブラームスの深淵へ、ピアノソナタが誘う。


 第一から第三楽章を全て弾き終え、ベルの胸に去来するもの。


「どうだろ。でも、実際に見ちゃったからね。あれは……少し落ち込む」


 ……心臓が撃ち抜かれたように震えた。様々な感想の言葉も意味を持たない。ただただ、すごい、としか。自分の演奏もかなり上手くいった。それでも、あのヴァイオリンの隣には立てない。そう感じた。もちろん、もっと深く譜面を読み込めば、ピアノの練度は増す。しかし、あのヴァイオリンは、上手く演奏しようとか、よりブラームスを研究しようとか、そういうのではない。命を削って音を奏でているような。そんな覚悟。


「なんで? すごいことじゃないか。音楽科でもない子が、あれだけの演奏」


 見つかっていないダイヤの原石。もしかしたら、ふとしたきっかけで出会うかもしれない。楽しいし、ぜひ演奏してみたい。演奏はひとりひとり違う。曲と作曲家の解釈も。広がれば広がるほどクラシックは面白い。フォーヴは期待が膨らむ。


 だが、鬱々とした雰囲気のベルは、ストローを噛んで窓の外を、焦点を合わせずに傍観した。


「そこなの……あたし、ちょっと前にピアノやめててさ。才能、みたいなものってどうしたってあるじゃない? そういうのを見ちゃうと、どうもね」


 才能、なのかはわからないが、自分にないものを持っていると、小さなプライドが砕かれる。それを拾い集めても、元には戻らない。小さな欠片が漏れ続ける。


 うん? と、納得がいかない表情で、フォーヴが返す。


「ベルも大概だと思うけど。ビブラートしてるピアノは初めてだよ」

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