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6.夫は愛する妻を見習ってみる①

隣町へと続く道を俺は馬で走っている。

なぜそんなところに向かっているかというと、副団長と別居している奥さんが隣町にいて、今日会う約束をしているからだ。



副団長と奥さん、どちらから先に話を聞こうかと迷ったが、ここ数日騎士団はどこかのお偉いさんが思いつきで予定を変更した為その警護で忙しい。なので奥さんを先にすることにした。


深い考えは全くなかったけど、結果的にはこの順番で良かったと思っている。なぜなら、夫からの優しい言葉に喜ぶ奥さんの姿を、副団長に伝えることが出来るからだ。


 副団長、きっと喜ぶだろうな…。


人の喜ぶ顔を見るのは、直接自分に関係がないことでもやはり嬉しいものだ。


今日までなんの収穫もなしで焦っている俺だけど、誰かの役に立てるのは素直に嬉しく、向かう足取りは軽かった。







――トントンッ。



「ごめんください。連絡していたリヴァイ・シュワルツです」


目的地についたのは昼過ぎだった。家の扉を叩くが返事がないので、大きめな声で呼びかけてみる。


副団長の奥さんとは挨拶を数回交わしたことがあるくらいで、直接話したことはない。だが約束を破るような人ではないはずだ。

カサナと彼女は歳が離れているけれど、気が合うようで友人として付き合っている。『とても良い人なのよ』と以前カサナは俺に言っていた。



 何かあったのか……


裏に回ってみるかと思っていたら、ガチャリと扉が開いた。



「ごめんなさい、裏の畑で野菜を収穫していたの」

「いえ、こちらこそ急にすみません。今日はお時間を頂きありがとうございます」


副団長の奥さんが抱えているかごには泥がついた野菜が入っていた。

どうやら邪魔をしてしまったようだ。

申し訳なく思いもう一度謝ると、『大丈夫だから』と家の中に招き入れてくれた。



「お茶淹れるから座って待っていてちょうだい」

「あっ、お構いなく――」


奥さんが台所へと消えると、俺は座って待ちながら部屋の中を見渡す。


家自体は小さいけれど、整えられていて暮らしやすそうだ。


――意外だった。


もっと仮住まいって感じかと思っていたのに。

ずっと暮らすことを考えている、そんな素敵な家だった。


 なんでだ……?


普通は短期間しか住まない家に手を掛けたりはしないものだ。

逆になるべく荷物増やさないようにする、出ていく時のことを考えて。



まさか、戻るつもりがないのか?

――いいや、そんなはずはない。

すぐさま浮かんだ不吉な疑問を打ち消す。



きっと戻るきっかけがなくて別居が長引いているうちに、時間を持て余して手を加えていった結果、こうなっただけだ。


 …きっとそうだよな……



嫌な予感とまではいかなくとも、なんだか自分の思っていた状況とだいぶ違ったことに戸惑いを覚え、それが言い知れぬ不安に繋がる。


勘が鋭いほうではない、どちらかと言うと鈍いほうだ。



それでも、なんだか落ち着かなくなる。



「お待たせしました。良かったらどうぞ」

「あっ、いただきます」


差し出されたお茶は、良い香りがして初めて口にするものだった。


 これ、カサナにも飲ませてあげたいな。



「これ美味しいですね。どこに売ってるんですか?」


思わず聞いてしまった。そんな場合じゃないのに、お茶が好きな妻の喜ぶ顔が頭に浮かんだから。


「町の店ならどこでも売っているけど、気に入ったならあげるわ。実は私が作っているものなの。結構人気があるのよ」

「えっ、いいんですか!ありがとうございます、妻が喜びます」


奥さんは手作りのお茶が褒められて嬉しそうだ。

俺は有り難い申し出に素直に礼を言ってから、ハッとする。


彼女の言葉が引っ掛かったからだ。


ここは小さな町じゃないから店だってそれなりにある。このお茶は売り物で、町のどの店にも置いてある人気商品だという。


つまりはお茶作りは趣味の域を超え、仕事になっているのだ。

それなら店との契約とかいろいろあるはず。それを放り出して元の生活に戻るような無責任な人だとは思えない。



 どうするつもりなんだ…


この快適な家といい、お茶作りの仕事といい、この生活を継続する前提で動いているとしか思えない。



「あの…、いつ家に戻る予定ですか……?」


ここに来た目的は、こんなことを訊くためじゃない。それでも、願いを込めて聞かずにはいられなかった。



副団長のあんな顔見たのは初めてだった。

『待っている』という短い言葉にはきっと副団長の想いが詰まっていて、その声音からは奥さんを愛しているんだなって伝わってきた。


俺はどっちの味方でもないけど、ただ二人が上手くいって欲しいなと思った。


そしてそれはきっかけさえあれば、とても簡単なことだとも思っていた――ここに来るまでは。



「戻る予定はないわ。離縁するつもりだから」

「……っ…!」


副団長の奥さんの言葉に迷いは感じられないし、思い詰めた様子もない。

まるでカレンダーに書かれている予定を教えるみたいに、離縁という言葉を口にした。

 


「あのっ、副団長からの伝言があります!待っていると。そう伝えてくれって頼んできた副団長は嬉しそうでした。奥さんが帰ってくるのをずっと待っているんです。何があったかは知りませんが、一度戻って話し合ったほうがいいと思います」


自分のことではないのに慌てる俺に対して、副団長の奥さんは冷静だった。


「あなたから見た彼はどんな人?出ていった妻を健気に待っている心が広い夫?」


なんだか嫌な聞きかただった。

俺達がそう思っているのを知っていて皮肉っているようで、思わず俺は眉をひそめてムッとする。



「副団長は頼りになる上司で、みなから慕われています。俺の知っている限りですが、妻の悪口を一度だって言ったことはありません。それは奥さんが出ていった後もです!」


副団長の肩を持つつもりはないが、俺が知っている事実を伝える。――つまりは十分に良い夫ではないかと暗に伝えた。



「…半分当たりで半分外れね。騎士としては優秀なのは同意するわ。でも夫としてはどうかしら?一ヶ月以上も待っているだけ。ただ待っているって、つまりは何もしていないってことよ」


奥さんは俺の言わんとしていることを察して、否定の言葉を紡いでくる。



夫婦の間に起こったことを興味本位で詮索はしたくない。

長年一緒にいれば喧嘩もあるだろうし、性格があわないとかいろいろあるだろう。


でも勝手に出ていった妻を待っていることが、まるで意味のないことのように言うのはどうかと思う。

ただ待つのだって辛いはずだ。

それも愛しているなら尚更のこと。


 だからあんなに元気がなくなって……。



勝手に出ていったのはあなたでしょっ!と言おうとした。――が、その言葉を飲み込んだ。



彼女の鋭い視線に気づいたからだ。



それは俺に腹を立てているとかではなく、見極めようとしているように思えた。


勘違いかもしれないが……。


もしかしたら、ただ副団長の味方とみなしての敵意かもしれない。


それでも、このまま思ったことをぶつけてはいけない気がした。


一旦深呼吸をして、感情に流されそうな自分を落ち着かせる。



 …相手の立場になって考えろ……



俺が知っている副団長の姿は事実。そして副団長の奥さんのことは殆ど知らない。

でも、俺は全部を知っているわけじゃない。 

 

それなのに、責めるような言葉をぶつけていいのか?



自分なら、碌に自分のことを知りもしない奴から知ったふうなことを言われたくない。

まずはこっちの話を聞きやがれって思う。



まずは話を聞こうと思ったが、ちょっと待てと自分を止める

方向性は間違っていないけれど、聞き方によっては詮索になってしまう。


――それは絶対によろしくない。


 うーん、うーん……。



愛する妻をお手本にして途中までいい感じだったのに、脳筋ゆえだろかその先が続かない。


――黙ってしまう。


嫌な汗が背中を伝っている。

これじゃ、待ってるだけの副団長と同じだと思われてしまう。

 

 ……俺って、駄目じゃん……

  

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