14.元夫婦は神様にお願いする、そして……①
「そろそろ、生まれ変わってくれんかの……」
「まだ怒ってます。それに『神様のばーか』て心のなかでいつも思っているので、これって負の感情ですよね?それなら、私には生まれ変わる資格はまだありません」
最近はこんなやり取りを毎日のように神様と繰り返している。
最近と言っても、時間の感覚がないのでいつからだったか具体的には覚えていない。数年前からなのか、それとも数ヶ月前からだろうか。
神様がげっそりした顔をしているので、たぶん数年前もしくはもっと前からだと思う。
「まさかそんなふうに儂のことを思っていたなんて…。ショックじゃの…」
神様は地面にしゃがみこんでいじけている。
見た目は気さくなお爺ちゃんなので、なんだか悪いことをしている気がしてきて『嘘です、本当は思っていませんよ』と言いそうになる。
だめ、だめ。この手に騙されちゃ!
神様はあの手この手で、私を生まれ変わらせようとしている。
これも己の容姿を最大限に利用した作戦の一つだ。
亡くなった人は天国に来て、そこで負の感情をすべて捨て去ってから生まれ変わる決まりになっている。
どこに生まれ変わるかは、その人の生前の行いなどを考慮して神様が決める。
天国に留まる時間はその人によって違い、一日の人もいれば数十年の人もいるらしい。
逆に言えば、本人が生まれ変わりたいと願っても、負の感情に囚われている状態では生まれ変わることは許されない。
そして大抵の人は早く生まれ変わりたいと望む。なぜなら天国は平穏だけど退屈な場所である。人はやはりなにかしらの刺激を求める生き物なのだ。
――私のなかに負の感情はもうない。
だから神様は己の仕事を全うしようと、私をせっついてくるのだ。
私はまだ生まれ変わりたくないから、こうして『神様のばーか』と自己申告している。
神様もたぶん私が嘘を吐いていることは承知している。けれども強制はしてはこない。私の心に寄り添って気長に待ってくれているのだ。
全知全能でない神様は出来ないことのほうが多いけれど、それでも待つことだけは得意だ。
ついでに、いじける演技もなかなか上手い。
でも、私は騙されませんから!
私がここの留まる理由は唯一つ。
リヴァイとライラを見守っていたいから。
見ているだけで何も出来ない。
でも誰かから応援されると不思議と力が湧いてくるものだ。だから、私は届かない声で『頑張れ!』と二人を応援し続けている。目に見えなくとも、何かが伝わっていると信じて。
リヴァイは私の死後、再婚せずにライラを育てている。出来なかったのではなく、『カサナを愛しているんで!』と再婚話をすべて断ったのだ。
そしてその選択を周囲の人は理解し『手伝うよ』と協力してくれている。
だから、ライラは沢山の人の愛情を受けすくすくと育っている。
――本当に有り難い。
それでもやはり問題は起きる。
『嫌!みんなお母さんが来るって言ってたもん。お父さんは来ないでっ!』
『分かったよ、ライラ。お父さんは行かない』
学校に通い始めた娘は周りから片親だと言われて泣くこともあった。それでも頑張っていたけど、ある日授業参観に父が来ることを拒んだ。
母親しか来てはいけない決まりはなかったけど、母親しか来ないのが普通だったから。
自分だけ可哀想な子になりたくなかったのだ。
(……ごめんね、ライラ)
そしてリヴァイは真剣に悩んで娘の意思を尊重することにした。――お母さんになった、つまり女装した。
(それは間違ってるからっ!!おーい、リヴァーイー)
ライラの母親?の登場に、騒がしかった教室は一瞬で静かになった。
その日から三日間、ライラは父と口を利かなかった。その気持ちは痛いほどよく分かる。
(でもね、お父さんは悪気はなかったのよ。許してあげて、ねっ?ライラ)
しょんぼりするリヴァイが見ていられなくて、一生懸命天国から娘に声を掛けた。もちろん聞こえてないから娘は父と口を利かないまま。
……たぶん、聞こえていても許さなかったとは思うけど。
(二人とも頑張れ……でいいかな?)
それでも三日後、ライラは『お父さん、大好き』と抱きついて、彼は号泣していた。
(良かったね、リヴァイ。それにライラもお利口さんね)
それから、恋に悩む娘に『大丈夫、自信持って!』と応援し、娘の恋人に殺意を抱くリヴァイに『…どうどう、落ち着いて』と宥めたりして月日が流れていく。
天国にいるから、一瞬のようでもあり永遠でもあり、不思議な時間だった。
もうすぐ、リヴァイここにやってくる。
――彼は死んだのだ。
『お父さん、今まで本当にありがとう…』
『さようなら、おじいちゃん』
『お義父さん、ライラも子供達も僕が守っていきます。安心してください』
『ばーばーい、じぃじー』
『おじいちゃん、天国でも元気でね』
『じー、ばぁーばーい』
(リヴァイ、お疲れ様。そして長い間ありがとう)
娘と娘の夫と孫達に賑やかに囲まれて、リヴァイは静かに息を引き取った。享年八十八歳、ほぼ老衰だった。
◇ ◇ ◇
神様に連れられ私の前に現れた元夫。
「リヴァイ、本当にお疲れ様」
「…うっうう…カサナ、会いたか…った」
彼は私を見るなり抱きついて来て号泣し始める。
まったく、変わっていないな…。
泣き虫で、真っ直ぐな旦那様。
私が天国で見守っている間に、彼が泣いたのはあの女装事件だけ。
ずっと彼は泣いていなかった。
だからもう一人で我慢しないで、思う存分泣いて欲しい。
縋りついて、わぁんわぁん泣き続ける元夫。愛しいけれどやっぱり思ってしまう。
…だ・か・ら、私は木じゃないからね……
彼は亡くなった時の姿ではなかった。
神様が曰く、死んだ時の姿を維持する人が多いそうだが、なかには彼のように若い時の姿になる人もたまにいるという。
それはその人の強い意思が反映されてのこと。たとえば、その頃が一番幸せだったからとかだ。
「リヴァイはどうして若返ったのかしら?」
孫達に『おじいちゃん、大好き!』と囲まれ幸せな老後で、彼は歳を重ねた自分に誇りを持って生きていた。
「…ヨボヨボだったから。カサナにがっかりされたくなかった」
「ずっと見ていたわ。どんなあなたも変わらずに好き。目尻の皺も手のシミも、あなたが頑張って生きてきた証。全部大好きよ」
がっかりなんてするわけない。彼は最高に格好よく生きていた。
「良かった…。でも元の姿には戻らない。やっぱりカサナと同じがいいから」
私は彼の涙をそっと拭う。やっとあの時の約束を果たせた。これでもう心残りはない。
二人で離れていた間のことを語り合う。時間を気にすることはない、ここでは時間はあってないようなものだから。
「お二人さん、そろそろいいかの?」
神様が今日も同じ台詞を私達に向かって口にする。私も彼も負の感情はないから、生まれ変わる資格がすでにあるのだ。
神様の声音は穏やかだけど、その頬は少しピクピクと引きつっている。
本音は『もういい加減に出って行ってくれんかの…』だろう。
なんせ、私は天国滞在最長記録を絶賛更新中で、周りからはお局様なんて呼ばれている。
負の感情を捨てきれない死んだばかりの人から『う、うう…、話を聞いてくれませんか…』と頼られることもしばし。
『儂がいるのにの…』と神様は最近、自信喪失気味だ。
次回、最終話となります。




