思い込みの激しいカプ厨の姉と姉の婚約者のツンデレ王太子が今日も面倒くさいことになっているのに巻き込まれるヒロインの(はずだった)私
私の名前はアイナ・ロッケンマイヤー。家柄は公爵。
ちょっと眠れぬ夜にランニングをしていたら、鹿にひかれて川に転落して死亡し、生前嵌っていた乙女ゲーム『ときめき!フォーチュンアカデミー』略して“ときフォ”の世界のヒロインとしてこの世界に生まれた。ちなみにアイナは前世の本名である。ヒロインにはデフォルト名が存在しなかったためこうなってしまったのだと思う。
私が前世の記憶を思い出したのは8歳の時。
その時の私は辺境の孤児院で前世の田舎知識を頼りに畑仕事やお掃除を手伝い、ひもじいながらも元気な暮らしを送っていた。
物心もつかないうちに誘拐されてしまった上に、犯人が道中事故で亡くなってしまい貨物の中で泣いている私を偶然通りがかった院長先生が拾って育ててくれたのだ。
偶然とはいえ、ここまではすべて原作通りの設定……。だけど、その日からは違った。
「ほら! やっぱりですわ! 絶対そうだと思ったんですの! ね? ね? お父様! 私の言った通りでございましたでしょう?」
本来の流れだったらそのまま後4、5年はこの孤児院で生きていくはずだったのに、10歳になった姉が私を見つけ出し、そして言ったのだ。
「ここは“ときフォ”の世界なのですわね!」
と。――そう。姉もまた転生者。
名前はメーベルハイム・ロッケンマイヤー。乙女ゲームの世界では主人公をサポートし、攻略キャラクターの好感度などを教えてくれるキャラクターだったのだけど、実は姉はこの乙女ゲームは未プレイ。なんでも買う前に死んでしまったとか。
そして、発売前に公式がチラ見せしたいくつかの事前情報だけで私を見つけ出し確信に至ったらしい。
曰く、ここは乙女ゲームの世界なら私がいつか帰ってくるのはわかっていたけれど、あと数年も私を失って落ち込んだ親の姿は見てられないし、私のことを思うと原作通り待っていられなかったと、公爵家に帰ったその日同じベッドで眠りながら教えてくれた。
私はそんな姉の話を聞いて、実は私も転生者であることを告白し、前世の話を共有しとっても仲良くなったた。とっても仲良くはなったのだけれど……。
◇
――そして、時は流れて早10年。
「君との婚約を終わりにしたいんだ!」
18歳になり、今日乙女ゲームの舞台である学園の卒業の日を迎えた私は、銀髪の男性が地面に両手をつき、頭を擦り付けながらこちらに向かって懇願している姿を見下ろすことになっていた。
しかし、それは決して私に向けられたものではない。私の隣でまるで恋人のように左腕に抱き着いている私の姉に向けられたものだ。
彼の名はツェンデ・ルツ・リンデン。私たちの住むリンデン王国の王太子であり、姉の婚約者様。しかし、姉のある思い込みによって20歳になっても結婚できていない男である。
「はい、よろこんで♪」
姉は私の腕から離れ、スカートの端をつまんで優雅に一礼してから、殿下の正面にしゃがんで、彼の顎をクイッと上げて一瞬見つめあってからすぐにっこりとほほ笑む。
「それでは、式の日程が決まりましたら連絡してくださいね」
そしてそれだけ言い終わると、立ち上がって素早く私の後方に回り、私の肩をポンと押して王太子の隣に添え置き、「あとはお若い二人で! ごきげんよう~!」と声高に口にしてその場から去ってしまった。それはもう満足げに……。
ハイヒールのままスキップをして去っていく姉をみて、私はまたか、と一人頭を抱えたくなる。しかし残念ながら中世ヨーロッパ風の世界観を無視して土下座している王太子をおいて私が去るわけにはいかない。いかないよね?
え、もうこれ置いて行っていいかな……あ、だめだ。傍で側近のライディース様とレフトール様が縋るような目で私を見ている。
「あの、ツェンデ王太子殿下……」
姉の消えていった遠くを見ながら、私は呆れる気持ちを抑えながらぼそりと声をかける。いやだって土下座してる王太子を長々と直視できないじゃん。
そんな私の気も知らず、土下座王太子はプルプルと震えている。表情は見なくてもわかる。きっと、大変喜び、感極まって言葉も出ないといったところだろうなー。
「アイカ嬢……メーベルが……メーベルが……!」
「……どうかそれ以上何も言わないでくださいツェンデ王太子殿下」
「メーベルがついに俺との結婚を了承してくれた……!!!」
「いやそれ勘違いなのでどうかもうおだまりやがりくださいませ!!!」
殿下の金色の瞳がいつも以上にキンキラ金に輝いてがばっとこちらに向けられるが、私はついにその勘違いともどかしさに我慢できなくなって王太子の頭を踏みつけてもう一度おでこと地面をキスさせた。
本来であれば王太子にこの仕打ち、不敬にもほどがあるのだが、なぜか私のこの振る舞いは幾度となく見逃されている。今も側近の二人は全力で目をそらしてくれている。ヒロイン補正だろうか。
「でも、式はいつって言ってくれたよ!?」
「いやだからそれは私とツェンデ王太子殿下の式のことですよ」
「え、俺と君が何で!?」
「ああもう本当に……あれでお姉さまにプロポーズしたつもりだったんだったらもはや病気ですよ」
「完璧に君の言うとおりにしたじゃないか!」
「どこが!!!」
この王太子殿下様は残念なことに、先ほどお姉さまに「そろそろ婚約期間は終わりにして結婚しよう」といったつもりだったのだ。どこの世界に土下座でプロポーズをする王太子がいるだろうか。はい、目の前にいるんですけどね。せめて指輪くらい用意してもらえないだろうか。殿下の気持ちを知っていた私でさえ理解するのに数秒かかったわ。
と、ツッコミは胸中に収めておいて……。
「とにかく、ここじゃいつ人が通りかかるかわかりませんので、ライディース様とレフトール様も一緒にどこか個室で話しましょう。流石に婚前の男女二人で個室というわけにもいきませんし、よろしいですね?」
「「了解いたしました!」」
王太子の側近の二人にも同意を得られたので、彼らには殿下が起き上がるのを手伝ってもらい、私たちはすぐそばにある生徒会室で話すことになった。
「それで、なぜ俺とアイナ嬢が結婚するという話になってしまったんだい?」
王太子が座ったのを確認してから一礼し、正面に座った私に話を切り出した王太子殿下はマジで何でそういう解釈になるのか1ミリも想像がつかないみたいな目をしている。もう一度踏みつけにしていいかな……。
「それは殿下が姉に婚約の破棄あるいは解消を申し出たからですわ」
「いつ!?」
「いや今さっきですよ……。婚約を終わりにしたいって言ったじゃないですか」
「それはいったけど……でも、わかるだろう!?」
「わかるわけないじゃないですか……」
あれで分かったらとっくに二人は100回くらい結婚してるはずだ。
そもそも、殿下が結婚できないのには3つ理由がある。
「まず、王太子殿下は小さいころからお姉様のことが気になっていた為、くだらないちょっかいをかけたり結果的に嫌がらせになるようなことをしていたんですよね?」
1つめは姉に対し、素直にド直球に物事を行えないこと。要するにツンデレさんなのだ。
「更に、お姉様と上手におしゃべりできないから私がいるときは私をわざわざ呼びつけて私とばかりお話になっていましたよね?」
2つめは婚約者の姉と会うだけなのにいつも私をダシに使っていたこと。だいたい8割弱わたしを引き合いに出していたのではないだろうか。あとは視察に寄ったついでとか、いろいろ言い訳じみた理由を並べていた。要するにヘタレなため、なおさらツンデレが姉に伝わらない。
そして3つめが特に問題だ。
「あまりにも殿下が姉をないがしろにして私を大切にしているような態度をとっているせいで、今や私と殿下が運命の恋人とか、真実の愛だとか思ってる始末なんですよ」
姉は思い込みが激しいのだ。そのため、ツンデレでヘタレな王太子の態度を見て王太子は私が好きなのだと思い込んでいる。そして、彼を“ときフォ”の攻略対象の一人だと確信してしまった。
姉がこのような勘違いをしているのに訂正できないのには理由がある。
姉が私を助けに来てくれた日、私と姉は一つだけ約束を交わした。それは絶対にこの世界の今後のネタバレをしない、というものだった。
この世界には魔法はない、けれど、おまじないや占星術があてになるものとして存在している。幼かった私は姉の強い希望で、姉がプレイできなかったゲームの世界をネタバレなしで生活できる日々を絶対に守ると約束する。というおまじないを交わしてしまった。
ゲームの場合、ヒロインはタロットを使って学力や運動、魅力などのステータスが上がりやすい行動を占ったり、小さなおまじないの力で攻略対象の背中を押したりして交流を深めるゲームだったのできっとこの世界ではそういうことになっているのだろう。
おまじないは破ろうと本気で強く思えば破れるのだけれど、潜在的に破らないようにしようと心が働いてしまうおまじない。命に別状はないけれど、針を千本飲む覚悟を心からしなくてはこのおまじないは破れない。
そして私は無意識化のネタバレもしないまま姉と今日まで過ごしてきたのだ。
結果、姉はこの王太子殿下も私の攻略対象の一人だと思うだけにとどまらず、自分のことをサポートキャラではなく妹の恋路を邪魔する悪役令嬢だと思いこんでいる。そして邪魔しないように努めている。
だが、王太子殿下は確かに見目麗しいが攻略対象ではない。そもそも“ときフォ”の世界に殿下のような先輩キャラに攻略対象はいない。攻略できるのは3年間を共に過ごせる同級生と後輩と先生だけだ。
「こんなことを言うのは非常に情けないことではあるが……アイカ嬢。君が誰かと結婚してくれればその妄想だけは何とかなるんじゃないかな……」
「殿下……これは出来れば言いたくありませんでしたが……ここにいるライディース様とレフトール様が私の婚約者になろうとしてどうなったか……ご存じでしょう?」
例えば、今殿下の両隣ではなく、私に威圧感を与えないために私の両隣に立ってくれている側近の彼ら2人は、実は攻略対象だったりする。
けれど、私は残念ながらこの世界にそっくりの乙女ゲームを知っているせいで、ゲームと全く同じセリフを言われるたびにどうしても現実の男として見られず、ゲームをしている時のような胸きゅんを感じることができなかった。
私はゲームをプレイしてるとき、あくまでもヒロインと攻略対象の恋愛関係にドキドキして嵌ってたんだな……と、空を仰ぎながら黄昏たのはいつだったか。
まあそのせいで王太子様がライディース様を連れて「メーベル、残念だが君の妹は私ではなく彼のことが好きなようだ。これはやはり、君と婚約を続けるしかないな……」と、殿下語で俺は妹じゃなくて君と結婚したいんだといった時、姉はサポートキャラに転生したことで手にしたであろう能力『好感度占い』を使って見事私が彼に恋してないことを看破し、更には彼に対し、妹が欲しければ私を倒してみなさいといってボッコボコにしてしまった。
レフトール様は後日「間違えてしまっていたようだ、彼こそが彼女の愛する……」まで殿下が言った後同じようにボコされた。
姉は私を早く引き取ったことで再び誘拐されないように鍛錬を積んでいたらしい。
それから私は攻略対象たちのためにちゃんと好きにならない限り姉にこの人と結婚しますとは言わないことにした。
「その……ライディース、レフトール、その節は本当にすみませんでした」
苦い過去を掘り起こされ、渋い顔で殿下を見下す二人に、殿下はしゅんとして謝罪した。
姉はカプ厨。かっこいいものとかわいいものが傍にいれば何でもカップルにしてしまう。姉の中ではライディース様とレフトール様が相思相愛。他にも色々と勘違いカップルをその脳内で生み出してしまっている。
実際、姉のおかげで相思相愛になったカップルも多数いたことから姉のこの欠点は、姉の思い込みの激しさに拍車をかけてしまっているのだ。
カプ厨は公式で絡みがないキャラでもカップルにしちゃうもんね……うん、まあ、大好きなお姉ちゃんの趣味だから私はナニモイワナイヨ……。
「とにかく、私を何とかする前にいい加減自分を何とかしてください!」
「う、ぐ……それは、だからぁ……ちゃんと君の言うとおり今日は頭を下げてお願いしたじゃないか!」
「誰が婚約を終わりにしようと懇願しろって言いましたか!!! 私は跪いて花束を渡しながら結婚を迫れって言ったんですよ!!!」
「花をささげて告白とか……恥ずかしいじゃないか」
もじもじするなヘタレ王太子!!! 土下座で伝わらない告白するほうがよっぽど恥ずかしいと思ってください!!!
――と、いかんいかん、さすがにこんなこと口に出したら殿下泣いちゃう。
私は本音を抑え、かといってマイルドに伝えられる自信もなかったので完全に言葉を飲み込んだ。
「申し訳ありませんが諸事情あって私からお姉様に、殿下は私ではなくお姉様が好きで好きで大好きで夜も眠れない日々を過ごしてるので結婚してあげてください。とは言えなません……」
王太子とお姉様が結婚をするのがゲーム的に正しい流れなのを姉に言うのも、ネタバレになっちゃうからね。それに、本当に私がそういって万が一誤解が解けたら殿下、顔を真っ赤にしてお姉様から逃げちゃうかもしれない……。
「――とにかく、本日の婚約終わらせよう発言による誤解は帰ってすぐに私が何とかしておきますので、次こそはちゃんとしてくださいね?」
「はい、いつも申し訳ありません」
すっかり凹みきって敬語になってしまった王太子をしり目に、私は公爵家に帰って姉が父と婚約の無効化の話を進めないように動き回る。そしてそれらが終わればいつも通り、二人が一日でも早く結ばれ平穏な日を迎えられることを祈りながら眠りにつくのであった。
乙女ゲームのエンディングを迎える日に、自分も未だ独り身であることから必死で目をそらしながら……。
初投稿です。
まずは最後までお読みいただきありがとうございました。
続きが読みたい。面白かったともし少しでも思っていただけましたら、
大変お手数でございますがいいねと☆ポイントください。今後の活動の励みになります!