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だいにじゅういちわ!

「なあ、ホントに椅子壊しちゃダメなのかよ?」

「だからダメだって言ってるでしょ!? 椅子が壊れるなら僕も死ぬ! この椅子との出会いは運命なんだから!」

「分かってはいたけど目が逝ってやがる......」


 ガンギマリの顔で強弁する志原(しはら) 礼太(れいた)に、妻木(むき) 主税(ちから)は何度目ともしれない溜息を吐く。


「こーなると、どうやって抜き出しますか神事(じんじ)さん?」

「どうにもならなくなったら消防とか呼ばないとかもしれませんが......こんな情けない理由で呼びたくないですね」

「同感です。情けないにも程がある」


 レンガイ株式会社の入社式は、進行が止まったままになっていた。しかしそれも無理はない。だってパイプ椅子が壊れて、骨組みに尻がジャストフィットしてしまった変態が爆誕したのだから。

 あまりにも面倒くさい事態に、入社式の司会進行を務める神事(じんじ) (あきら)は露骨に顔をしかめていた。


「こうなったら、油でも垂らして少しでも尻を抜きやすくしますかね」

「良いですね油! けど僕はどうせならペペロー○ョンを希望します!」

「貴方の好みは聞いてません」


 尻を壊れたパイプ椅子にはめたまま、期待に目を輝かせている志原(しはら)の要求を、神事(じんじ)はバッサリと両断する。外面は基本的に柔和である神事をして、彼に対する苛立ちは限界を超えるものだったのだ。

 しかし、志原は全くへこたれない。


「どーせならローションが好ましいんですけどねえ。やっぱ興奮するじゃないですか」

「いやローションごときで興奮されても」


 人の怒りを全く受け止める気がないとしか言えない呑気さを発揮する志原に、妻木は呆れ返った表情を隠そうともしない。

 が、その表情すらも志原にしてみれば逆効果で。


「そのゴミを見るような視線......イイね! グッとくるよ。できれば女の子の方が嬉しいけど。ってな訳で(はぎはら)さん、僕を蔑んだ目で見てくれ、さあ!」

「............」


 唐突に水を向けられた新入社員の(はぎはら) 黎姫(れいき)は、散々当惑した挙句に盛大に引き攣った顔を作っていた。

 そしてそれを目にした志原はと言えば、呼吸を荒ぶらせて大興奮していたのだった。


「ああ、堪らないね! 素晴らしい視線だ! 協力ありがとう!」

「協力っつーか、頼まれなくても自然とゴミを見る目になってるけどな」


 それは、至極当然の反応であった。

 しかし、この場にいる誰もからとんでもない変態を見る目を一身に向けられて、当の本人は非常に幸せそうな顔をしていた。この男、実に化け物である。


「神事さん、早くローション持ってきてくれません? もう今から興奮が止まらないですよ」

「......コンビニで油買ってきますね」

「もう灯油の方が良くないですか?」

「確かに」

「燃やした方が世のためかもしれないね」


 仏頂面で油を買おうとする神事(じんじ)の一方で、妻木(むき)を始めとした新入社員の面々は同期の変態を焼殺する算段をつけ始めていた。

 しかしその新入社員の中で唯一、馬路(まじ) 基樹(もとき)だけはまだ的外れなことを宣っていたのであった。


「それはそうとして......冗談抜きで志原くんは尻が抜けないの? まだ気合が足りないのかもしれないよ?」

「いや、だからもう抜けないんだってば。だからこんな事態になってるんでしょうが」

「俺はそう思わないけどなあ。創意工夫すればこれくらいは......」

「ちょ、おい馬路? お前何する気だ?」


 妻木の制止も聞かずおもむろに志原のパイプ椅子に手を伸ばした馬路は、そのまま椅子を強引に引っ張り始める。


馬路(まじ)くん? 急に何をする気で......?」

「いいから、志原くんは尻をそこから抜くことだけ考えてれば良いよ。ほら、いくよー」

「え?」


 出し抜けに、志原ごとパイプ椅子を持ち上げる馬路。彼の大柄な体格なら、それは驚きこそすれ不自然ではない芸当だろう。

 だが、今は馬路の力の強さに感想を抱いている場合ではなかった。


「ちょ、馬路くん!? 危ないから志原くんを下ろしてあげて! 今は曲芸の時間じゃないんだから!」

「大丈夫ですって。椅子にハマった志原くんを引き抜くために必要なんです」

「そのためにどうして志原くんを椅子ごと持ち上げる必要が......?」


 とんでもない異常事態に、神事(じんじ) (あきら)馬路(まじ)を強く制止する、が。


「大丈夫、大丈夫ですから」

「どう考えても大丈夫な気がしないんだけど!?」

「良いから、見ててくださいって。見事に志原くんをパイプ椅子から引き抜いて見せますから」


 どれだけ神事が強く諌めても、馬路は話を聞く気配を見せない。それどころか良い笑顔を浮かべている始末である。

 とんでもない波乱が起きそうな予感が、悪寒となって神事(じんじ)の背中を撫でていた。

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