だいじゅうごわ!
時は数分遡る。
「おい志原、まだかよ? 漏れそうなんだけど」
「ごめんよ。ちょっとおっきいのが止まらなくて......」
「汚ねえなオイ。そこまで話せとはいってねえ」
レンガイ株式会社本社ビル5階。入社式の執り行われているそのフロアは、男女兼用のトイレが一つだけ設置されている。
そしてそのトイレを、新入社員五名は順々に利用していたのであった。
「で、後どれくらいで出て来られるんだ志原?」
「うーん、今ちょっと拭いてるから待って」
「だから実況すな! 汚いんだよ!」
そわそわとしながら若干の必死さを滲ませた妻木 主税は、トイレのドアの向こうにいる同期の志原に苛立ちを募らせる。
妻木にして見れば、待ちに待ったトイレである。ここでいつまでもお預けをくらうのは本意で無かった。というか、限界が刻一刻と近づいていたのだ。
「早くしろって志原ぁ!?」
「まだ拭いてるんだって」
「いつまでケツ拭いてんだお前は!?」
「ごめんねー。ウォシュレット苦手なんだよ、僕」
「そんな事は聞いてない!!」
血走った目の妻木は片手を尻に、もう片手でドアを叩く。もはや一刻の猶予もないと言わんばかりに、何度もドアを叩くのだ。
しかし、ドアの向こうで用を足している志原の声は相変わらず呑気なものだった。
「やっぱ拭き残しとかあると嫌じゃん? 念入りにやりたくなるよねー」
「早く出てくれ頼むから!!」
もはや、妻木に他の階のトイレを案内して貰おうという考えは欠片もなかった。余裕が無さすぎて、とにかく今目の前にあるトイレに飛び込むことばかりしか頭に浮かんでいないのである。
もっとも、間に合わなければ彼の社会的死を意味するのだから無理もない話だが。
「なあ妻木、お前はやっぱ他の階のトイレにした方が.....」
「無理だぜそりゃ。今から移動するには距離がありすぎる! しかも下手に動くと余計危険だ!」
「何でそんな状態になるまで我慢しちゃったんだ?」
至極当然で冷静なツッコミが神野 葛の口から繰り出される。
他の新入社員も似たようなことを思ったのか、今もドアに縋り付く妻木の背中に呆れた視線を向けていたのだった。
「頼む、頼むから出て来い志原ぁ! 俺を助けると思って!」
「わ、分かったよ。もう出るから」
狂ったようにドアでビートを奏でる妻木の熱気に根負けする形で、志原もやっと動き出す。
ドアの向こう側で、水を流す音が聞こえた......と思った直後。
「......あれ?」
「ん、どうした志原?」
そこはかとなく嫌な予感を覚えた妻木が、ドアを叩いてビートを刻む手を止めて。
一拍置いて、ドアの隙間から水が溢れ出した。そしてそれらは、ドアの外にいた妻木たち四名の靴を濡らすのだ。
「ちょ、ちょっと!?」
「おい志原ぁ! 何やってんだお前!?」
「うわ、一瞬で水浸しだ......」
「まさとは思うけど志原の奴......」
「ごめん、詰まらせちゃったみたい」
「ふざけんなお前!?」
ここに来て降って沸いた不幸を目の前に、妻木は片手で尻を押さえたまま天井へ咆哮する。
「俺もう漏れそうなんだけど!? どうしてくれんの志原!?」
「そんなこと言われても......一応、トイレは空いたから、ね?」
「このバカちんが! 詰まったトイレで用が足せるかよ!? 後始末が面倒になるだろが!」
非常に追い詰められた状況下にあって、妻木は激昂しながらも理性を保っていた。
その有様は、とても先程パンツ一丁の醜態を晒した変態と同一人物に見えないくらいである。
「じゃあ他にどうするのさ、妻木くん?」
「いや何とかしろよ! 詰まらせたのお前だろ!? 何で詰まらせたのか知らないけどさ!」
「と、取り敢えず神事さん辺りに相談しないと!」
恐る恐る、といった調子で開けられたトイレのドアを思い切り開きながら、妻木は怒鳴り散らす。彼の肛門の状態を考えれば、無理からぬ荒ぶりようである。
そして、そんな修羅場を迎えているところに、別フロアのトイレで用を足し終えた神事 果が戻ってきて。
「あ、神事さん! ちょうどいいところに!」
「なんですか?」
救世主の登場に、妻木をはじめとした新入社員は彼を手招きして呼び寄せる。
そして、現場に駆けつけた神事はと言えばーー。
「何でじゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
止めどなく溢れるトイレの水を眺めて、神事 果は絶叫するのだった。




