だいじゅうにわ!
カツラを被った老境の男が言う。
「君たちは表面だけを取り繕っていれば大丈夫などと、タカを括っているのだろう!? そんな事だから駄目なのだ!」
対する新入社員五名は、思った。
【お前が言うな】
彼ら五人の視線はいずれもカツラ男の頭部に集中しているが、当の男は激昂しているせいか気付かない。
それどころか、彼の怒りは自動的に増していく始末だった。ついでに言うと、カツラもさらにズレた。
「まだ一年目の者に、役職者を怒らせる事の重大さは理解出来ないだろうから、先に言っておこう! 私はこの会社の総務部長だ。そしてその私から見れば、君達など吹けば飛ぶような存在なのだ!」
「吹けば飛ぶような......」
おうむ返しに呟く男性新入社員ーー妻木 主税の視線は、総務部長の頭部に釘付けだ! 何せ彼のカツラは何かの拍子にずり落ちそうなくらいなのだから。
それはまさに、風前の灯。もしくは吹けば飛びそうなくらいである。が、皮肉な事に本人はその自覚がない。カツラもズレたまま、居丈高に語るのだ。
「今になって君達はことの重大さに気付いたようで何よりだ。まったく、人の目を簡単に欺けるとか思うからこんな目に遭うのだぞ!」
「人を......」
「欺く......」
そのまんまお前のことじゃないか、と場にいた誰もが思ったのは何ら不自然な話ではないだろう。
実際、神妙な表情の中に笑いを押し込めていた神事 果は、今にも失笑してしまいそうで大変な状況に追い込まれていた。
「そ、総務部長、お言葉ですが今はそれくらいで......」
「神事くん、それでは甘いのだよ! 社長が話している最中に笑う事がどれだけ失礼なことか、しっかりとここで教えてやらなければならない!」
【だからお前のカツラがズレてるせいだってば】
今も怒りが収まらない様子でいる総務部長に、図らずも誰もが同じツッコミを内心で入れていた。
が、相変わらず彼は自身のカツラのズレに気づいた気配がない。
「妻木くん、と言ったか? 君は何故さっき笑っていた?」
「わ、笑ってなんていません!」
「すぐバレる下手な嘘をつくな! 見苦しいぞ!」
「.....っ」
「何がおかしい!?」
「いや、その」
ずい、と詰め寄ってくる総務部長に、妻木は精一杯笑いを堪えながら顔を逸らす。
他の新入社員四名も似たようなもので、誰一人として総務部長の方に顔を向けようとしていなかった。
「何なんだ!? 少しは私の方を見たらどうだ!」
「それは、ちょっと......ご勘弁を」
入社式、総務部長、怒髪衝天の空気、そしてカツラ。
絶対に笑ってはいけない新入社員五名は、笑かしの権化となっている総務部長から必死に目を逸らしていた。
しかし、それが余計に総務部長の火に油を注ぐ。
「どこまでも人を馬鹿にして......何がそんなに後ろ暗いのだ!?」
「いや、別に僕らは何も後ろ暗くないというか」
彼らはフサフサである。総務部長と違って。
むしろカツラをつけている総務部長の方が後ろ暗い筈なのである!!
なのだが、カツラの事を看破されているとは思っていないらしい総務部長は、さらに妻木を詰問していた。
「歯切れの悪い答え方だな。妻木くん、何がそんなに答えづらい?」
「いやーまあ、それは、そのー、人によりけりと言いますか」
「まだくだらない言い訳を並べ立てるか! いい加減にしろ! いつまでそんな曖昧な態度を取り続けるつもりだ!?」
言葉に窮する妻木に、苛立ちを爆発させる総務部長。声を荒げた振動で、ズレていたカツラはプルプルと震え、落ちるか否かーー非常に曖昧なところで停止する。
その事を確認して、一同はホッと溜息を吐いていた。
【こりゃ、気付かれない内に何とかすべきだな】
【でもどうやって? 「社会の窓」以上に指摘するの憚られる案件だぞこれ】
【ま、やってみるしかないっしょ】
横にいた同期新入社員の神野 葛とアイコンタクトを交わした妻木 主税は、不敵に笑っていたのだった。




