そして足掻きは報われる
開いていただきありがとうございます。
今回も突発的に思い浮かんだ話となります。
これまでのファンタジー世界の作品とは雰囲気の違うものになりました。
お楽しみいただければ幸いです。
評価・感想お待ちしています。
「泣け。俺にはお前の涙が必要なんだ。」
少年は右手に握った剣を、ゆっくりと少女に向けた。
少年は金を必要としていた。
商売に失敗し、莫大な借金を抱えた親に捨てられたのだ。絵描きとなる夢を諦め、両親のために働き口を探そうとした矢先での出来事だった。
少年は怒り、絶望した。死への恐怖がなければ、これまでの生の中で死が縁遠いものでなければ、とうの昔に自ら命を絶っていただろう。
少年は両親に復讐することを誓い、数年を生き延びた。
現状は、決して良いものではない。数日後の命すら知れないのだ。
それを脱するためには、金を得るしかない。それが彼の出した答えだった。
少なくとも、この廃都市を抜け出せる程度は稼がなくてはいけない。
だが、廃れた街が生み出せる額など、微々たるものなのだ。
そんな折に、一つの噂を耳にしたのだ。
曰く、「白亜の髪をした亜人の涙は宝石になる。」と。
馬鹿らしい。どこの誰とも知らぬ輩が考えた与太話に過ぎない。
それが、彼の偽らざる感想だった。
しかし、少し前に入ってきた情報によって、彼は動くことを決意した。
それは、「数日後に白亜の亜人が馬車に乗って都市に来る。」というものだった。
話の出処は名目上の都市の管理者たる、有名な企業だ。
話は、信じるに値するものだった。
少年は古い剣をゴミ山から拾い武装すると、茂みの裏で馬車を待ち伏せた。
しかし、馬車には護衛が就いていたのが見えたため、襲撃を断念した。
状況が変わったのは、そのすぐ後のことだ。
都市の住民の中でも荒くれ者で知られる一派が、護衛に襲いかかったのだ。
結果として、護衛は全員が地に倒れ伏した。圧倒的とも言える物量差の前に屈することとなったのだ。
馬車の中にいた従者も引きずり出された。
そのまますぐにでも捕らわれるかと思われた少女だったが、襲撃者の仲間割れによって一時的に難を逃れることになった。
男たちは、宝石の取り分を巡って喧嘩を始めたのだ。
腕に自信のない者は逃げ、自信のある者は殴り合いに加わった。
最後に残った一人が雄叫びを上げた後、膝をついたのを見た彼は、茂みから飛び出し、剣を頭めがけて振るったのだ。
古い剣は、刃物としては到底意味を為さないなまくらとなっていた。
しかし、奇襲に使う鈍器としては、十分な効果を発揮した。
男は地面に倒れ、頭を手で押さえ呻いた。少年の攻撃は、男が気絶するまで続いたのだった。
男を倒した少年は、握力の弱くなった右手で剣を握り直すと、構えをとりつつ馬車に乗り込んだ。
馬車には、聞いた通りの白亜の髪の亜人がいた。
額から生える角は短く、耳は尖り、整った顔立ちはそれを宝石とすれば、普通の人間など路傍の石同然であった。
「......!」
少年はその芸術とも言える美しさに息を呑んだが、一呼吸おき、剣を少女に向けると口を開いた。
「泣け。俺にはお前の涙が必要なんだ。」
「......何故?」
「この狂った都市を抜け出すのに、金が要るんだ。お前の涙は宝石になるんだろ?それを売れば、俺はここを出られる。」
「......ごめんなさい。私にそんな力はないの。ここに来たのは、ある人を迎えるためなの。だから......どうか、見逃して......。」
少女は涙を流して命乞いをした。
少年は何も言わず、少女の頬を伝う涙を指で拭った。
「......ただの涙か。......そうか。ははは、そうだよな......。涙が宝石になんて、そんなこと、あるわけないもんな。」
少年もまた、涙を流した。
「......貴方は何故、都市を出たいの......?」
「......親に、復讐したいんだ。事業に失敗したからって、何も言わずに、俺をここに捨てたんだよ......!」
「......そう。貴方の、名前は......?」
「トウカだよ。......トウカ・アルバート。」
「......そう。やっぱり、貴方が......。聞いて、トウカ。私は貴方を迎えに来た。」
「......はぁ?どういうことだよ......。」
少女はトウカの目をしっかりと見据えると、話し始めた。
「......トウカのご両親は、やり手の商人だった。......トウカがここに来る1年くらい前に、仕事に失敗した二人は借金をしたの。貴方の夢を応援するために。......でも、その借金をした相手は、悪質な金貸しだった。......結局、金貸しから厳しく取り立てられて......。それでも返し切れなくて、最後は金貸しに攫われた、って......。」
少女の話を聞いたトウカは、激昂した。
「そんなこと......そんなこと!あるはずないだろ!そもそも、なんでお前がそんなことを知ってるんだよ!」
「......私のお父さんは、商人なの。昔困っているところを、アルバートさんに助けてもらったんだって。......少し前、お父さんのところに古い手紙が届いたの。『息子が置き去りになってるから、助けてくれ。』って。......それでお父さんは、貴方の行方を追ったの。私が夢で見たことで、貴方は生きてるって確信した。それでお父さんのお願いして、私はここに来たの。......会えて良かった......。」
涙を流して笑う少女に、トウカは何も言えなかった。先程までとは違う涙が、頬を伝う。
「......おかしいとは思ってたんだ。父さんも、母さんも、俺を愛してくれてた。何で捨てられたんだろうって、ずっと考えてた。でも、分からなかった。......ありがとう。おかげで、やっと分かったよ。」
「......うん......。」
「そういえば、俺を迎えにって言ってたけど、帰りはどうするんだ......?護衛の人、皆、殺されちゃったんじゃ......。」
「......大丈夫。もう、見えてるから。」
「......?」
トウカがどういう意味か聞こうとしたその瞬間、馬車の扉が勢いよく開けられた。
扉の先には、先程殴り合いに勝利した男がいた。
トウカはとっさに傍に置いた剣を構えるが、男は剣の腹を手で押し退けると、そのままトウカにもう片腕を伸ばし、襟首を掴んだ。
「クソガキぃ!よくもやってくれたなぁ!てめぇのおかげで頭が痛くてたまらねぇんだよ!」
男はトウカを壁に押しつけ、首を絞めたそのときだった。
男は背後から髪を掴まれ、馬車の外に引きずり出された。
尚も抵抗しようとした男だったが、首元に剣を突きつけられたことで慌てて両手を上げ、降参を示した。
「......トウカ、大丈夫......?」
心配そうに見つめる少女に、トウカは咳こみながらも頷く。
そんなとき、扉越しに二人に声がかかった。
「お嬢様?大丈夫ですかな?」
声の主は、燕尾服に身を包んだ高年の男性だった。
「......私たちは大丈夫。でも、護衛の人たちが......。」
「......安かった傭兵です。致仕方ないでしょう。それより、あれほど先に出るのはお止め下さいと言ったはずですよ。」
「......見えたから、大丈夫だと思って......。」
「万が一にでも、予知が外れたら困るのです。危険な行動はお止め下さい。......その方がトウカ殿ですかな?」
「......俺の事を?一体どういう......?」
「そうですな。詳しい話はこちらの馬車にて行いましょう。」
二人は男性に案内されるがままに、豪華な馬車に乗り込んだ。
「では、改めてお話を......。......お嬢様、私が説明した方がよろしいですかな?」
少女は首を横に振った。
「承知しました。ならば、私は補足に徹しましょう。」
「......うん。」
少女は頷くと、トウカに向き直った。
「......そういえば、名乗り忘れてた。私はメイ・リムレス。......メイでいい。トウカ。私は、不思議な力を持ってる。考え事をしながら眠ると、夢でそれに関することを見るの。今回は、送られてきた手紙が気になってたから、貴方の夢を見たんだと思う。それで私は、生きてることを確信した。危ない地域だけど、無事に来られることと、貴方と会えることまで分かった。......剣を向けられるのは、想定外だった。けど、あの男なら脅されるだけじゃ済まなかった。......改めて、ありがとう。」
「こちらこそ、ありがとう。メイがいなかったら、俺はまだここを抜け出せなかった。父さんと母さんがいなくなった理由も知れたし......本当に、ありがとう。」
「......うん。」
「でも、どうしてメイは早く来たんだ?この執事さん?と一緒に来るはずだったんじゃ?」
「......早く、会いたかったから。......夢の中のトウカ、すごく格好良かった。」
「へ?」
トウカはメイを怪訝そうに見る。しかし、メイが顔を赤くするのを見て、偽りでないことを悟った。
「あー、えーと、つまり、メイは俺と仲良くなりたかった、ってことで合ってる?」
「......うん。」
「そ、そうか。俺もメイみたいな可愛い子と仲良くなれるのは嬉しいよ。
「......可愛い......。」
メイはトウカから顔を逸らし、両手で覆った。
「え、なんで?」
「......顔見られるの、恥ずかしい。」
「えぇ!?」
「トウカ殿、お嬢様は照れ屋なのです。大目に見てくだされ。」
「はぁ......。」
「お嬢様、そろそろ帰りましょう。無事にトウカ殿と出会えたのですし、仲はゆっくりと深められればよろしいでしょう。」
「......うん。」
「トウカ殿。何か都市に残した物はございませんか?」
「いえ、特には......。」
「では、馬車を出します。よろしいですな?」
トウカは頷く。メイもトウカが頷いたのを確認し頷く。
老執事は御者に合図を送った。
走り出した馬車は夕日を背に受けながら、帰途についたのだった。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。
今作は、少しダークなものになりました。
私の作品は、(一昔前の)現代が舞台のものは重く暗いもので、反対に異世界が舞台のものは軽く明るいのですが、今回はその定石を打ち壊すかたちとなり、新たな扉が開けたような気がしています。
多少の反響があり気分が乗れば、後日談という形でまたこの世界観での話を書こうと思っています。
末筆になりますが、お読み下さり、本当にありがとうございました。