魔法の神髄の初級編の読解
朝6時半、流通部門の朝の会である。いつものように汲広が話す。
「新しい能力を授かって以来、ミスが無くなりました。喜ばしいことです。そろそろこの詰め所で遠隔で開くことを許可しようと思います」
能力を授かる前、たまに使っていた遠隔での掃き出し窓の能力の使用。
能力を授かってからはミスがあるといけないので一旦禁止としていた。
それを解禁しようというのである。
「それと、スキカさんが利便性を考え、僕とアントネラに初級編とはいえ、魔法の知識を授けて下さいました。いわゆる神代魔法というヤツらしいです。まだ勉強中の身ではありますが、それにより、魔法や能力のアレンジやら新たに創造することができる予定です。つきましては今後、魔法や能力に関して問題点等がありましたら僕はアントネラに相談してみて下さい。ひょっとしたら解決できるかもです」
「「「「おぉー」」」」
「何故、僕とアントネラが選ばれたのかは謎です。そこにツッコミを入れられても答えは持ち合わせておりませんのであしからず」
初級とは言え、神代魔法の知識を与えられたというのは中々にインパクトがあったようだ。その熱気も冷めやらぬうちに、今日のお仕事が始まるのであった。
遠隔掃き出し窓の能力は解禁した。
さすがに朝のラッシュ時に遠隔を使う猛者は居なかったが、練習を兼ねて、合間合間の制御には取り入れる者がちらほら。電話もかかってきた様子も無いことから失敗はしていないのだろう。
今回の能力は中々に強力で優秀である。
そうした遠隔で操作している人間を見て、汲広はこっそり術式を眺める練習をしてみる。
神代魔法は初級編であれど、自分や他人の使った魔法や能力の術式が見えるようになるのである。
それも数段階、見え方を変えて。
この段階というのは、抽象化する度合いのことである。
一番細かくすると、魔道言語、魔法が、魔法として機能する実際に動く術式が見えるのだが、細かすぎて、かなりの行数読み込まないと何をしたいのかがもう一つ分からない。
逆に、抽象化に目一杯振り切ると、魔法名のみ脳に浮かぶ。
これはこれで場面によっては有効だが、魔法の勉強にはならない。
適度な分解能で術式を見る。その適度さを学ぶのもこれからの課題であろう。
仕事も終わり、食事、風呂を済ませれば、知識を授けてもらってからは、寝る前までは、それを紐解き、自身の血肉にする作業である。
と、その前に、この知識を授かったと一度報告を入れておこう。
(もしもしアカツキ伯爵、今大丈夫ですか?)
(大丈夫だが何だ?)
(スキカが神代魔法の初級編を僕とアントネラに教えてくれたので、簡単な魔法のアレンジやら創造やらができる予定です。困ったときは連絡下さい)
(神代魔法って… 羨ましいな。お前等だけずるいぞ!)
(知識をもらっても、それを使えるようになるにはそれを紐解く時間が要る。そちらにはその時間が無いというスキカさんの判断じゃないんですか?知らないけど。それと、一番必要だと思ったのが我々だったんじゃないですか?知らないけど。そちらも時間に余裕が出てくれば、知識をもらえると思いますよ)
(こちらも一時を思えばかなり時間に余裕ができたと思っていたのだがなぁ。これでもまだオーバーワークなのか… 自分が如何にブラックな働き方をしていて、それに気付いていなかったみたいな話しだなぁ。分かった。何かあればお前達に頼ろう。頼りにするよ)
(頼って下さい。で、処理できなかったらスキカさんに丸投げ!では、それで宜しくお願いします)
(お前、語調が変だな。まぁいいわ。それじゃぁ、また今度。気が向いたら)
(バイナラ)
(バイバイ)
憂いも晴れたところで、本題の知識を紐解く作業に入る汲広であった。
しかし、二人は気付いていなかった。
魂は、この場合、知識はミラーリングされている。
汲広の知識は当然アカツキ伯爵にも反映されている。
あとは本人が気付くかどうかだ。
このことに両者が気付くのは数ヶ月後になるのは本題からそれるのでまた今度、機会があれば。
魔法と能力の違いは魔力の出所の違い。
マナとは自分が持っている魔力で、オドが周囲、空気中だとか草木、植物、建物等ありとあらゆるものが持っている魔力で、魔法が、マナを使った魔法で、能力と呼んでいる、我々だけが使っているのが、オドを使った魔法か…。
結局、能力も魔法のうちなんだな。これは勉強になった。
と、いうことは、魔力の取り込み口さえ変えれば、魔法にも能力にもできるって訳か。
汲広の読解は、夜な夜な続くのであった。
お読み下さりありがとうございます。
地球や日本、リアルな世界とこの話での世界観は同一ではありません。また、ぷい16が理想とする世界観でもありません。フィクションとして楽しんで頂ければ幸いです。





