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3分読み切り短編集

守れない約束

作者: 庵アルス

 守れないとわかっていても、縋りたくなるような約束はある。 

「おおきくなったら、パパと結婚する!」

 そう言って反故にした父親泣かせの少女は、この世にどれほどいるだろうか。

 私の前で、五歳になったばかりの娘は例にもれず、あどけない顔にいっぱいの笑みを浮かべて指切りをせがんだ。

 私の妹も幼い頃、そんなことを父に言っていた覚えがある。その約束は当然守られることなく、数年前の妹の結婚式で父は「お父さんのお嫁さんになるって言ってたのに⋯⋯」と号泣していた。母が大人気ないとなだめていたっけ。

 あの時は、真に受ける方が馬鹿なんじゃないのかと呆れていたが、いざ自分の娘から言われると、なるほど、嬉しくて嬉しくてたまらない。顔が自然と笑顔になって、温かい気持ちでいっぱいになる。

「だからね、パパ」

 娘はすこし興奮気味に、袋を私に差し出した。

 袋には妻の字で「あたまががよくなるおくすり」と書かれている。

「これ飲んで頭治してね!」 

 ――――先月、身体がおかしいと思いかかった病院で、医師から脳腫瘍と診断された。手術できない場所の腫瘍で、放射線と抗がん剤での治療を進めているが、腫瘍マーカーの数値は下がらない。

 妻から娘に、パパは頭にできものができてるのよ、と説明はしてある。だが、娘はまだ知らない。

 このままだと、保って一年であることを。

「サンタさんがね、くれたんだよ! パパの頭が治るお薬くださいってお願いしたからくれたんだよ!」

「そっかぁ、パパのためにお願いしてくれたのか」

 飲んで飲んで、と急かす娘。私は努めて笑顔を保ち、袋を空けて中身を飲み込んだ。粉砂糖だ。ひたすら甘い粉を、水で一気に流し込む。

「治った? 治った?」

「⋯⋯うん、治ったよ、ありがとうな」

「やったー! ママー!」

 妻の元へ飛び跳ねていく娘。彼女に見つからないように、私は病院から処方されている薬を飲み込んだ。

 痛み止めの頓服。最近は手放せなくなっている。 

 ごめんな。

 約束を破っちゃうのは、パパの方なんだよ。

2020/10/07

ご自愛くださいますよう⋯⋯。

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