大いなる存在
ここは学校の教室。学生服でイケメン男と向かい合って見つめあうのは私、カエデ。
「このままサボっちゃう? 学校」
教室には二人だけで、今にもキスをしそうな雰囲気が漂っている。イケメン男が突然咳き込むと、心配そうにイケメン男の背中をさする私・カエデはいつの間にか白衣を着ている。ドビュッシーのアラベスクが遠くの方から聞こえてくる。
ここは病院の病室。室内にはアラベスクが流れて、窓際にはゴムに木の葉が揺らめいている。白衣を着た私・カエデは、ベッドに横たわる老人の背中を優しくさすっている。
「安心してください。私と一緒にいれば大丈夫ですから」
突然、音楽の旋律が乱れて、不協和音が重なった。唐突に起き上がった老人が、私、カエデの手を払いのけると、廊下に飛び出した。そして、廊下をフラフラと徘徊する老人はいつの間にか全身血だらけでボロボロの布切れを羽織る私、カエデの姿に変わっていく。
ここは荒野。血生臭い。逃げ惑う老若男女が全て、美味そう。私は逃げる男Aを取り押えて肩に齧りつく。肉片を口からこぼしながら私、カエデは空に向かって吠えた。
「はい、カット!」
その声を聞くや否や私はその場に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか?」
と、カエデに喰われていた男が私に声をかける。撮影現場には照明、カメラを抱えるカメラマン、その他の現場スタッフがまた次のカットに備えての準備を始める。逃げていた老若男女も戻って来て、私を心配そうな目で見ていた。
カエデの元にマネージャーの沼田がペットボトルの水を持ってきてくれた。
「無理しないで」
「大丈夫です」
カエデが立ち上がると、若い男女がサインを求めに来た。
「(止めに入って)撮影中ですので」
と沼田が止めに入った。
満月に黒い雲が薄っすらとかかってくる。
カエデの部屋には月明かりが不穏に差し込んでいる。ベッドに横たわったカエデはなんだか眠れず一点を見つめている。
深夜の地下通路。人気はなく、淀んだ空気がたちこめる。ロッカーの前に立ち止まる沼田と上司の八木。八木は携帯のメモを見ながら、あるロッカーの前に立ち止まり暗証番号を入力すると解錠音がカチッと鳴る。沼田と八木は目を合わせる。八木が恐る恐るロッカーを開くが、中は空っぽだ。そこへ聞こえてくる鈴の音。驚いてその音が鳴った方向を見る沼田と八木。暗がりから歩いてくるのは無精ひげを生やし、紫色の無国籍の民族衣装を羽織っている大森だ。耳には大きな鈴の形をした金色のイヤリングがついている。
「冗談ですよ。ちゃんと支払います。ただ、物が先ですよ。(両手で天を仰ぐように)とおっしゃいます。人の心は分かりません。いや、私には分かりますがね。とおっしゃいます」
八木、沼田を肘でつつく。
「あ、申し遅れました。カエデを担当しています。Tライトの沼田です」
「(微笑んで)沼田さん、勘違いしないで下さいね。私があなた方に交渉することは大いなる存在、デクランタシーのご意思でありますから」
と豪語する大森に呆然とする沼田。
「ただ一つ、裏切りだけはなりませんよ。私は一度怒ると止まらない性分なのでございます。とおっしゃっいます」
深夜、カウンターで酒を飲む沼田と八木は向かいにカクテルをつくっているバーテンダーと話をしている。
「二億!?」
と沼田が声を荒げた。
「声がでかいよ」
八木は沼田の背中を叩く。
バーテンダーが「楽しい話ですか?」と怪しい笑みを浮かべている。
「まあ、そうです。とても、神秘的で」
沼田は誤魔化す。バーテンダーは沼田と八木の間にカクテルを置く。
「会社には一億ってことにして、残りは俺とお前だ」
八木にグッと腕で引き寄せられた沼田は動揺して手に持っていたカクテルを一気に飲む。
「……やばい人ですね」
「どの時代だって神様はイかれてるもんだ」
「……八木さんも」
「あ、俺な。まあでも考えてみろ、人間は追い詰められると何かにすがりたくなる。大赤字を抱えた社長だ。俺はちゃんと人間をやっている。カエデもおんなじだ」
沼田は何も言えなくなった。
居酒屋から酔っぱらった沼田を支えながら出てくる八木の前をサイレンを鳴らしたパトカーが横切る。沼田はサイレンに呼応するように遠吠えをあげる。笑って沼田の頭を小突くのは八木。
ここはキャバクラの店内。男女が交互に座っているテーブルで、スーツ姿の中年男性3人、女は派手な水着姿の若い女性3人が盛り上がっている。女性の一人であるカエデは水色の水着姿だ。隣の太った中年男性のお酒をつぐカエデに太った中年男性が当然抱きつく。
悲鳴をあげたカエデの目から涙が零れ落ちた。
「カットカット」
監督が駆け寄ってくる。
「カエデ、やりすぎ。別に泣かなくても良いんだ」
「すいません(涙が止まらない)」
隅の方でタバコを吸っている沼田はその光景から目を逸らす。
衣装室でピンク色のブラジャーのホックをつけるカエデの元にやってくる沼田。
「じゃあ、いこうか」
「上は?」
「お前、台本頭入ってんのか?」
「……どうして」
「(カエデの腕を掴んで)早く」
咄嗟にカエデはその手を払いのける。
「仕事」
「行きたくない」
「お前はもう落ち目なんだよ。何でもやっていかないと」
カエデは唖然とする。
「何だよ。知らねえのか。ロマンポルノの常識をよ。仕事あるうちが花だよ。(フミコに迫って)そのうち水着も売れなくなる。身体も売っていかねえとな」
カエデ、思わず沼田をビンタするが、沼田は一向に動じずカエデの目を見ている。
新幹線の中で呆然とカエデは振動に揺られて乗っている。足元には大きなキャリーケースが一つ立てかかっている。
豪華な庭園が広がり、小鳥がさえずり、静かな鈴の音が鳴っている。カエデの実家の和室でカエデと向き合うのは父・武義。
俯くカエデに、優しく微笑む武義。武義の耳には小さな鈴の形をした金色のイヤリングがついている。
「ごめん、パパ」
「苦しかったね。純朴な魂の持ち主のあなたにとっては生きづらい世の中だったね」
トイレの流れる音と老人が咳き込むような声がする。
「(怪訝な表情になって)誰かいるの?」
微笑む武義。開く襖。大森だ。
「(ベルトを締めながら微笑んで)あなたがここに来ることは必然でした。(痰が絡んだ咳をながら)と、おっしゃっておられますよ」
テーブルの上にはピンク色の液体が入ったグラスが置かれている。テーブルを挟んで向き合うカエデと大森。
「どうぞお飲みください」
おそるおそるグラスに手を伸ばすカエデ。微笑んで頷く大森。液体に口をつけるカエデは、眉間にしわを寄せる。
「甘いでしょう。その甘さに全身を任せるように目を閉じてください」
ゆっくりカエデは目を閉じる。
「風の音が聞こえてきます。川のせせらぎが聞こえてきます。手が熱くなってきましたね。その手をそっとあなたの胸に当ててください。あなたの声が聞こえてきます」
大森のいう通りに目を閉じたまま胸に手をあてるカエデ。
「自分を傷つけるような役はもうしたくない。人を愛し、癒すための女優になりたい。ずっとそう願ってる」
涙を流すカエデ。
「一緒に来なさい。とおっしゃっておられますよ」
カメラのファインダーの中の映像に紫色の垂れ幕から登場する煌びやかな恰好をしたカエデの姿が映っている。カエデは笑顔で手を振りながら階段を降りてくる。
「日本代表する女優カエデさんのご入会でーす!」
と司会者が声高高に言う。宗教団体員達の拍手喝采が起こる。カエデの前には全身黒色の格好で、背中にはどくろマークの入った悪役の女が立っている。『救済!救済!』と響くコール。カエデは悪役を優しく抱きしめる。
「大いなる存在、デクランタシーのご意思によりあなたを癒し浄化します」
拍手喝采。
「(抱きしめられながら小声で)あなたを助けにきました。ここにいる全員、偽物ですよ。気づきませんか? あなた事務所に売り飛ばされたんです」
カエデはそのまま悪役の女の頭を撫でる。と突然、悪役の女をなぎ倒す。訪れる沈黙。
そのまま殴りつけ始めるカエデ。周りからは悲鳴、動揺の声。カエデの顔は無表情のまま。
止めにくる監督に頭突きをする。何かにとりつかれたように人に襲い掛かる。かわされ転倒
するカエデ。唖然とする大森がカメラに映る。大森を睨むカエデ。大森はカメラの方(画面)
に向かって必死に逃げてきて、そのままフレームアウトしていく。無表情で追いかけてくる
カエデはカメラ目線になって立ち止まる。
「(つぶやくように)怒りが止まんねえ」
カメラに迫ってきて世界が暗転する。
(了)




