あなたの一番大切なもの
SSバトル企画 参加作品です。
投票募集期間期間 :2009年 4月22日〜4月29日
企画の説明:
・読者参加型の企画です。参加作者は3000字以下のSSを書き、それに対して読者は投票をします。
・参加作者は六名。一対一の対戦カードが三試合、すべてタイマンとなります。参加読者の投票権は一組に対して一票。つまりひとりにつき全三票です。
・得点の計算は一票につき+2点。評価欄に書きこまれた時点で+1点。
つまり票を入れると、その時点で書き込んだ(1点)+一票(2点)で計3点となります。
また票を入れるほどじゃないけど気に入った、という作品があれば評価欄に書き込みを残してもらえれば点数に繋がる仕組みです。
・また、強制ではありませんが投票してくださる読者の方には、出来る限り点数(☆)を入れない感想の形で書き込みをしていただけるとありがたいです。
読み手を多く募集する企画として、ランキングに悪影響を与えてはならないだろう、とのご指摘がありましたので、このようなルールを追加しました。
・投票基準は「SSとしてどちらの方が個人的に面白かった(好みだった)か」です。
◎投票は客観意見(批評等の観点)ではなく、主観意見(『自分にとってどれが一番良かった』)でお願いいたします。
・投票期間は作品発表から一週間です。
投票期間が終了しましたら、サイトで個人戦の勝者と全体の得票差による順位も発表したいと思っています。
・投票の形式上、事前の企画参加等の意思表示は必要ありません。
この小説の対戦相手は「ガルド」の『ママレード・キャンディ』です。
作品検索は「SSバトル企画」「ノンジャンル」からどうぞ。
*
「部活! 今はその他には何も考えられないです。あたし中学のときは合唱部だったんですけど、うちの学校って合唱部ないじゃないですか。だから最初は渋々って感じで今のソフト部に入ったんですけど――これがもう楽しくて楽しくて! あたしって熱血だったんだなーって思いましたね。っていうか部活遅れちゃうんでもう行っていいですか? それじゃ!」(一年・女子)
「友達かな。勉強はあんまり好きじゃないけど、友達がいるから学校は好きだよ。……もうすぐ卒業かぁ。みんなと離れ離れになるの、今はまだぜんぜん想像できないや。君も友達は大切にするんだよ。三年なんてあっという間に過ぎていくんだから。……ふふ、そんなに心配することはなさそうだね。友達多そうだもの、君」(三年・女子)
「金。んだよ、そんな目で見んなよ。金がなきゃ上には立てねえ。あんたには夢がないのか? 俺にはあるぜ。大学出たらよ、企業するんだ。そんで今の日本を変えてやる。年なんて関係ねえよ。出来るか出来ないか、それだけだ。俺は俺の足で未来を切り開く。文句あるか?」(三年・男子)
「大切なものって言ったら……へへ、もちろん彼女だよ。なんだよ、まだ聞きたいのか? しょうがねえなあ。つい一ヶ月前のことなんだけどな? 沙織っていうすっげえ可愛い子がいてさ、同じクラスに。まあ俺、その子に惚れてたわけよ。いや、ほんと話すと長いよ? ああでも、ここまで喋っちまったら最後まで言わなきゃあんたも気が晴れないよな? それでな(紙面の都合により中略、並びに後略)」(二年・男子)
*
夕映えに染まる、放課後の部室内。
録音したインタビューの結果を流し終え、無表情のまま黙考している先輩の顔を恐る恐る見上げつつ、俺は思い切って感想を聞いてみることにした。
「どうですかね、こんなんで」
「死ね」
鉄面皮を崩さぬまま、先輩はわずか一言にして俺の心を切り裂いてみせた。
「そんなもん、わざわざ聞いて回るほどのことでもないだろうが。特に最後の、なんだアレは。惚気なら当人同士でやれ。録音時間ギリギリまで喋らせてるんじゃねえよおまえも。この役立たず」
失意の底に叩き落された俺を、まだ足りんとばかりに打ちのめす先輩。俺は返す言葉もなく、ただただ項垂れることしか出来ずにいた。
「全部ボツ。さっさと新しいネタ探しに走ってこい」
「いや、でも先輩。もうほとんどの生徒は帰っちゃってますし、残ってる人も部活中でしょうし」
「それがあたしの命令とどう関係があるんだ?」
「…………いや、あると、思うんですけど……」
「ちっ、本当に使えねえ奴だな、おまえは。その耳と口はお飾りか? だったら千切っちまっても問題ねえよなあ」
ゆらり、と殺意をひらめかせて席を立ち上がる先輩に、たまらず一歩後ずさる。先輩は決して冗談を言わない。
「と、ところで先輩!」
「んだよ」
己の身を守るため、俺は必死に弁論を試みる。
「後学のために聞いておきたいんですが、その、先輩が求めるような回答って……その、どんな感じ、でしょうかね?」
「あぁ?」
「すいません。ほんとすいません」
ぎらりと光る先輩の目に、後輩を想う優しさなどというものは微塵もない。どうにか先輩の機嫌を取り戻そうと、俺はただただ平謝りするばかりだった。そんな俺を見下ろしながら、先輩はくくっと笑い声を漏らす。
いくら滑稽なピエロになろうとも、先輩が笑ってくれているならそれでいいか――ナチュラルにそんなことを考えてしまう俺はどう考えても調教済。
「っんとにつまんねー奴だなぁ、おまえは。んなもん、決まってるじゃねーか」
「え……?」
すると思いのほか、先輩は上機嫌そうに俺の問いかけに答えてくれた。
「あたしの名前を挙げる奴を探してるんだ」
「……はい?」
「聞こえなかったか? おまえの耳はマジで飾りか?」
「いえ、その……理由とか、聞いてもいいっすかね?」
「あたしの一番大切なものがあたしだからだ」
なぜだかとても満足そうに、先輩はわけのわからないことを言ってのけた。ぽかんと開いた口を、先輩に気取られるより先に慌てて閉じる。
「他に説明が必要か?」
「……いえ。先輩の仰られること、よーくわかりました」
「そうか。ならいい」
本気で意味わかんねえな、この女……。
そんなことを考えていると――先輩は。
「事のついでに聞いてやる。おまえの一番大切なものは何だ?」
「……」
予期せぬ言葉を受けて、思わず返事に詰まる。
「役立たずのおまえにも大切なものくらいはあるだろ。わかったら早く言ってみろ」
慌てて返事を考える。口を滑らせないよう、その一瞬で頭をフルに回転させながら。
「――鏡、です」
「鏡だぁ?」
先輩は胡乱な眼差しで、俺の眼球を穴が空くほど睨んできた。息がかかるほどの至近距離で。
「俺、小さい頃はばあちゃんっ子で。そのばあちゃんが俺に残してくれた形見が、鏡なんですよ。男のくせに女々しいとか思うかもしれませんけど」
「男のくせに女々しい奴だな」
「釘刺したのに!?」
度重なる罵詈雑言に、俺の心はもはやボロボロだった。
俺は荷物をまとめ、踵を返してすごすごと部室を後にする。
「どこに行く」
「インタビューの続きっすよ……」
力なく答えた俺に、ふんと鼻を鳴らす先輩。物憂げな視線を夕焼け空に移すと、それからもう先輩がこちらを振り返ることはなかった。こうして黙って窓辺に佇んでいれば、最高に絵になる人なのに。
「……それじゃ、失礼します」
「結果が出るまで戻ってくるんじゃねーぞ」
「わかってますよ……」
それでもやっぱり、先輩はどこまでも先輩で。
どうしてこんな理不尽な扱いに甘んじているのだろうとつくづく思う。けれど俺は先輩には逆らえないのだ。理由は――さっき先輩に吐いた、たったひとつの嘘が、そう。
ばあちゃんの形見なんて嘘っぱちだった。ばあちゃん今も生きてるしね。
嘘を吐くのはよくないことだ――でも、本当のことなんて言えるわけがない。伝わらなくてもいい。だからこそ俺は、今日もこうして報道部としての使命を全うする。
明日も明後日もまた明くる日も、俺は先輩のために走り続けるのだ。
*
さんざっぱら走り回ってから部室に戻ると、そこにもう先輩の姿は無かった。待つのにも飽きて帰ってしまったのだろう。
代わりに先輩の机に置いてあったのは、一枚のメモ書き。
見かけ通りの綺麗な文字で綴られたその内容に目を通す――読み終えて、俺の時間は即座に凍りついた。
顔中に血液が集まっていくのがわかる。震える手からひらりと落ちていくメモ。
中空を舞い、やがて床に横たわったその紙には、こんな内容が書かれていた。
「ほんとにつまんねえ奴だな、てめえは。
それで思わせぶりなことを言ったつもりかよ?
ばあちゃんの形見なんて存在しねーんだろ、本当はよ。
あたしの一番大切なものが『あたし』だから、おまえは『鏡』なんだろ?
言いたいことがあるならハッキリ言いやがれ。
おまえの考えてることくらいあたしにゃ全部お見通しなんだよ、アホが」
……明日から、どんな顔をして先輩に会えばいいのだろうか。
穴があったら入りたい気分だった。