【夏の日のこと】
じりじりとてりつける太陽。
どこまでも広がる青い空。
湿気と熱気が入り混じり、今が真夏であることを教えてくれている。
昨日はかなり泳げるようになって今日のこと。
あおいちゃんが我が家に来て一番暑かったこの日。
あおいちゃんは暑さのあまり扇風機の前でぐったりしていた。
【恵】
「あおいちゃん大丈夫?」
気を使って少し声をかけてみる。
【あおい】
『あ~つ~い~』
やっぱりダメだったみたいで、ぐにゃぐにゃに曲がった字をスケッチブックに書きなぐってぐったりとしている。
俺は色々考えた。
このまま、ただ海水浴場に連れて行くのも芸が無い。
そこで台所にあるもので涼を取れるものは無いか?
そこで出てきたのがカキ氷だった。
ちょうどいいタイミングでイチゴシロップもあるし、これしかないと思った。
茶の間でぐったりとしながらうなだれているあおいちゃんを少しの間放置して。
台所でガリガリと氷を削り始める。
気合を入れて結構大盛りになるように削っていく。
まずはしたにシロップをためておいて、そこにたくさん氷を乗せていく。
そして山盛りになったところにさらにイチゴシロップをたくさんかけてあげる。
その上に少し練乳をかけてフィニッシュ。
盛り付けを済ませると、あおいちゃんのところに持っていく。
目の前に差し出した瞬間。
あおいちゃんが頭の上に「?」を浮かべている。
【恵】
「このスプーンを使って食べてごらん」
【あおい】
『いただきます』
【恵】
「はい、ゆっくりね」
その呼びかけにしたがって、最初は少しの量をとって、イチゴシロップと練乳を混ぜて口に運ぶ。
そして一口食べて
【あおい】
『これ、冷たくてあまいよ?』
そうスケッチブックに書いて喜んでいる。
【恵】
「喜んでくれたんならうれしいよ、それじゃあ、俺の分も作ってくるから」
そう告げてから、自分の分のカキ氷を作りに台所に向かう。
あおいちゃんはイチゴ味だったから、俺はメロン味をさっきとまったく同じ手順で作っていく。
作り終わって戻ると、あおいちゃんがこめかみを押さえて悶えていた。
【恵】
「あらあら、急いで食べ過ぎちゃったんだね」
【あおい】
『あたまいたいよ』
予想通りだった。
一通り、何で痛くなるのか、カキ氷はそういう食べ物だと言うことを説明する。
その説明を受けて
【あおい】
『もっとはやく説明して欲しかった』
そんな抗議を受けたけど、俺は笑いながらやり過ごしていた。
そして少し苦しそうなあおいちゃんをみながら自分もかき氷を食べ始める。
あおいちゃんが痛みから解放されて、また、カキ氷に手をつけた瞬間。
キーンとこめかみの奥が痛くなる。
無言で頭を押さえながら少し悶える。
すこし経って目線を上げる。
【あおい】
『だいじょうぶ?恵君も痛かった?』
そんな風に心配されていた。
【恵】
「大丈夫だよ。すこし焦りすぎたから、ゆっくり食べれば大丈夫」
【あおい】
『それならよかった、一緒にゆっくりたべよう』
そんな風に励まされながら、二人でゆっくりカキ氷を食べていく。
10分ぐらいして、食べ終わる。
【あおい】
『急いで食べると、すごくあたまが痛かったけど、あの食べ物は何?』
【恵】
「カキ氷って言うんだよ、夏なんかはよく食べる食べ物だよ」
【あおい】
『カキ氷か、おいしかった、また食べたい』
【恵】
「うん、また食べたいんだったらいくらでも作るよ」
【あおい】
『ありがとう』
【恵】
「こんどはメロン味がいい?それともレモン味もあるよ?」
【あおい】
『またイチゴ味がいい』
【恵】
「あおいちゃんは本当にイチゴが好きなんだね」
【あおい】
『うん、だいすき』
そんな会話をしながら夏休みのひと時が過ぎていく。
今日分かったのはあおいちゃんはイチゴが大好きだと言うことと、かき氷は油断しながら食べると、頭が痛くなる。
それはよく分かった。
二人でテレビにい意見したり、扇風機の前に一緒に座って暑いねぇなんて愚痴を言っているうちに、あっという間に日が傾き、夕方ぐらいになっていた。
たわいも無い話をしていた。
【恵】
「そういえばあおいちゃん、泳ぎたいとか?」
【あおい】
『そんなに毎日行って恵君は疲れない?』
【恵】
「俺は大丈夫だけど、泳ぎたいなら付き合いたいなって」
【あおい】
『今からじゃおそいよ』
【恵】
「それもそっか、海だけでも見に行く?」
【あおい】
『うん、いいの?』
【恵】
「いいよ」
【あおい】
『やった、ありがとう』
そんなやりとりをしてから、あおいちゃんと俺は出かける準備をした。
といっても、あおいちゃんが海辺でも話せるようにメモ帳を持っただけだけど。
あおいちゃんが靴を履いて外に出る。
俺字は戸締りをしたからあとに続く。
いつもならあおいちゃんのほうから手をつないでくる。
でも、今日は何でか俺と距離をとって歩いていた。
何か違和感があった。
でも、無理にいつもどおりにしようとは思わなかった。
ただ何も言わず海水浴場に向かって一緒に歩いていく。
そして海水浴場に行くと何も言わず、なぜか切なそうな表情をして、水平線を見つめているあおいちゃん。
その不安な表情を見ていてできることはただひとつ。
黙って、あおいちゃんの手を握ることだけだった。
いきなり手を握った瞬間、あおいちゃんがすこし強張る。
でも、すぐに俺だと分かって、そんな驚かず、黙って手を握り返してきた。
何も言葉は交わされない空間。
ただ静かに波の音だけが二人を包んでいく。
そしてだんだん日もかなり傾き始めて、空が茜色に変わっていく。
【あおい】
『恵君は、夕焼けって好き?』
【恵】
「好きとか嫌いとかはないけれど、小さなときから眺めてる景色だから、落ち着くって言ったほうが正解かな」
【あおい】
『わたしは好き、夕焼けほどきれいな景色は無いと思ってる』
【恵】
「そうなんだ」
【あおい】
『おばあちゃんが言っていた、夕焼けはとってもきれいなものだって』
【恵】
「そうなんだ、おばあちゃんも夕焼けが好きななの?」
【あおい】
『うん、とっても』
【恵】
「そっか、夕焼けが好きな家族って言うのもなんだか珍しいね」
【あおい】
『そうかな?わたしの家族はみんなそう』
【さとし】
「そっか、家族それぞれ違うんだね」
【あおい】
『うん』
そのあと、また会話が途切れる。
何か話さなければいけない気持ちがあった。
でもその反面、それを言っちゃいけない気がしていた。
正直、あおいちゃんの事を好きなんだなと、そう思う。
泳ぎを教えてくれたとき、ケーキを食べているとき、アイスを食べているとき。
全部の瞬間に、なぜかあおいちゃんにだけはやさしくしようとか、あおいちゃんに喜んでもらいたい。
そんなことばかり考えていたのはなぜか?
その答えが今になると鮮明に浮かび上がってきたような気分だった。
泳ぎを習い始めたころから、手をつないで一緒に歩くのは習慣になっていた。
それが自然なことだったし、話せないあおいちゃんを見失わずにとどめておくには最適な方法だった。
あおいちゃんはそのときにどんなことを考えたり、感じているのかは分からない。
それでも、俺の中ではあおいちゃんを好いているからこそ、その好意が素直に受け入れられたし、それが心地よいと思えたんだと思う。
でも、悩んでしまう。
あおいちゃんはどこか遠い国からきて、もし、お別れがきたらどうしよう?
しかも自分の告白が引き金になったら?
そう思うと言葉にできずにいた。
話せない彼女と過ごすのには彼女が言葉を知っている分
それは楽なんだけれども、手紙だけになるのかなとか思ってしまう。
【あおい】
『ところで恵君は恋人とかいないの?わたしばっかりかまってていいの?』
そんな風に感傷に浸っている俺に思いがけない質問だった。
このまま、あおいちゃんを恋人にしたいなんていえればどれだけ楽か、とか思ってしまう。
【恵】
「いないよ、それにあおいちゃん以外の女の子と仲良くした事って無いよ、みや以外は」
【あおい】
『そうなんだ』
すこし悲しそうな顔をしながらあおいは言葉を続ける。
【あおい】
『彼女とか欲しいと思ったことは?』
【恵】
「それはあるよ、男の子だもの」
【あおい】
『だよね、どんな娘が好きなの?』
【恵】
「そうだなぁ、髪が長くて」
【あおい】
『うん』
【恵】
「後はできれば俺より身長が低くて」
【あおい】
『うん、うん』
【恵】
「でもやっぱり一番気にするのは、一緒にいて落ち着ける人かなぁ」
【あおい】
『そうなんだ、わたしじゃ無理かな?』
【恵】
「へ?」
いきなり思ってもいないことを言われて少々パニックになる。
【あおい】
『わたし髪長いし、恵君より身長低いよ』
【恵】
「確かにそうだよね、あおいちゃんは俺が彼氏でいいの?」
そう聞きながら心臓が爆発しそうなぐらい脈打っていた。
【あおい】
『でもわたしはといても落ち着かないのかな?』
【恵】
「お、落ち着くよ」
遠まわしに、あおいちゃんのことを言っていたのだと今気がつかされる。
あおいちゃんが俺の発言に明確に答えてないのに対してさらに焦ってしまう。
【あおい】
『わたしはできれば、恵君ともっと仲良くなりたいな』
【恵】
「う、うん、俺もあおいちゃんともっと仲良くなりたいよ」
【あおい】
『そっか、嬉しい』
それから、目立った会話は無かった。
それでもすこし手をつなぐ感触が変わっていた。
手のひらだけをつなぐのではなくて、指をお互いからませてしっかりと握っていた。
いわゆる恋人つなぎというやつなのだろう。
普段とは何か違う感触にどぎまぎしてしまう。
でも、そのきっちりした感触に俺の心はすこし前に出た。
【恵】
「あおいちゃんはもしかしたらいつか遠い国に帰ってしまうのかもしれない」
【あおい】
「…………(コクコク)」
【恵】
「それでも、俺はあおいちゃんと一緒にいる間はあおいちゃんともっと仲良くしたいって思ったんだ、いいかな?」
【あおい】
「…………」
【恵】
「それとも、俺にこんなこといきなり言われて迷惑だったかな?」
【あおい】
「…………(フルフル)」
あおいちゃんの否定の意志。
俺は勇気を出して言葉を搾り出す。
【恵】
「あおいちゃんがよかったら、俺の家にいる間だけでもいい、俺と付き合ってくれないかな?俺、あおいちゃんのこと好きなんだよ」
【あおい】
「…………(コク)」
力強く一度だけ頷く。
一瞬、夢でも見ているんじゃないかと思うくらい、嬉しい出来事だった。
【恵】
「あおい……ちゃん」
気持ちを高ぶらせながら、あおいちゃんを見つめる。
その呼びかけに対してあおいちゃんは何かをメモ帳に書いている。
【あおい】
『あおいって呼んで』
【恵】
「……あおい……」
つないでる手を離して肩を抱く。
青い音しばし見詰め合う。
二人の間に流れる恋人どおしの空気。
このまま、抱き寄せて、キスしたい。
そんな欲求が体の奥からあふれ出てくる。
あおいが静かに目を閉じる。
少しずつ唇が近づこうとしていた。
徐々にあおいの息遣いを感じるくらいまでの距離に近づく。
あと少しでキスができる。
と、思った瞬間
【みや】
「恵~、あおいちゃ~ん、晩御飯だよ~」
ビーチ全域に聞こえるのではないかと言うくらいのみやの声に二人ともびっくりしてさっと離れて回りを見回す。
俺の真後ろからみやがすたすたと歩いてくる。
【みや】
「お~いたいた、ほら、晩御飯だよ」
みやに悪意が無いのは知っているのだが、妙にはがゆかった。
邪魔されたと言えば響きはものすごく悪いが、ものすごく邪魔されたと思ってしまう。
【あおい】
『ざんねん』
とあおいちゃんもメモ用紙にこっそり書いて見せていた。
すこし笑いそうになりながら
【恵】
「そうだね、晩御飯みたいだし、帰ろうか?」
【あおい】
「…………(コクコク)」
そんなやり取りをしながらまた手をつなぐ。
【みや】
「もぉ、今日は帰りが遅いから心配してたんだよ?」
など、みやの小言を聞きながらうちに帰った。
ものすごく惜しかったなと言う感情とともに、あおいと付き合い始めたことの嬉しさで胸がいっぱいだった。




