【海水浴】
すべての準備が終わって、荷物を抱えて家から出たのは朝十時ごろ。
俺はビーチパラソルやクーラーボックスを抱えて歩いていた。
みやはお弁当と敷物を持っている。
あおいちゃんはは身軽に着替えだけを持って、いざ、三人でビーチに出かけていく。
朝早く家からビーチを見たときには気がつかなかったけれど、たくさんの人たちがビーチに集まっていた。
おそらく塀で隠れて見えなかったんだと思うけど、かなりの人が集まっていた。
普通だったら、我が家の向かいの通りにある大きな駐車場に車をとめて、このビーチに来るのが普通なんだろうけど、俺たちは違った。
それはそうだ。
家の目の前がビーチなのだから、荷物だけまとめて歩いてくればすぐにつく。
それにしても、色々な人たちが集まっている。
奇抜なファッションをしている人や、日焼け目的で砂浜に寝そべっている人。
家族連れや、手をつないで水辺ではしゃいでいるカップル。
どう考えてもこの田舎町に住んでいる人数よりも多い人数がこのビーチに集まっていた。
テレビで宣伝しているから人が集まると言うのもあると思う。
でも、それ以上にここのビーチには人が集まる理由があると思う。
何故なら、地方中枢都市から近いと言うところが大きいと思う。
地方中枢都市までは電車で約1時間。
さらにはそこの駅から歩いて10分程度でこのビーチにたどり着けるのも大きな魅力だと思う。
なんてこのビーチになんで人が集まるのか観察しながら空いているスポットを探す。
そして、なかなか海に近い位置であいているところを発見すると、そこにビーチパラソルをさしこむ。
【恵】
「よいしょ」
少し気合を入れて掛け声を出しながら差し込んで、徐々にパラソルを広げる。
太陽の光をさえぎってパラソルが影を作る。
そこの影にみやが敷物をしいていく。
【みや】
「なかなか海に近い場所が取れたわね、お疲れさま」
そんな風に俺をねぎらいながら、みやはクーラーボックスから冷えているお茶のパックを取り出して、渡してきた。
【恵】
「うん、ありがと」
【みや】
「それじゃあ、あたしとあおいちゃんは着替えてくるけど、恵はその間ここで待っててもらえる?そのあと着替えてもらって」
【恵】
「大丈夫だよ、俺はすでにもう水着をきて出てきてるし」
【みや】
「男子はそれができるから便利よね、それじゃあ、あおいちゃんと着替えてくるから、戻ってくるまでお願いね」
【恵】
「おう、まかせとけ」
威勢良く返事をしながらみやにもらったお茶を吸いながら、敷物に腰を下ろして、着替えに行く二人を見送る。
ぎらぎらと照りつけ始めている真夏の太陽と、その太陽を反射してキラキラと光っている白い砂浜。
海から吹き込んでくる暑くてさわやかな乾いた風。
一瞬、なつのじめじめした暑さを忘れそうなくらいすがすがしい光景。
大きく広がる海を見ながら、今日だったら泳げるかもしれない。
そんな気持ちになっていた。
周りを見回せば、どの人たちも楽しそうに夏を楽しんでいる。
俺だって負けていられない。
そんな気分になって、上に来ていたTシャツを脱いで、持ってきていた着替え入れにいれる。
裸になってみて気がつくのは、俺はやっぱりキャシャだなということ。
波打ち際でなにやらポーズを決めているムキムキのお兄ちゃんたちに比べれば。
おそらく腕の太さは半分もないし、あんなに立派に腹筋も割れていない。
なんだかそういうことを考えると少しなんだか寂しい感じもするのだが。
今ここで気にする必要は無いと思った。
今日はとことん楽しもう。
そう自然に思えた。
女の子なら、日焼けオイルを塗らなければいけないとか色々思うのだろうけど、そんんなことも気にせずに、真夏の紫外線を体中に浴びて、なんだかとってもすがすがしい気分になる。
そんな風に夏を満喫していると。
【みや】
「やっぱり恵、夏なのに日焼けもしないで白い肌ねぇ」
そんな声が後ろから聞こえる。
振り返れば、みやが準備を整えてそこにいた。
【恵】
「仕方ないだろ、今年は今日はじめて海にきたんだから」
そう言い返しながら振り返る。
そこには普段のみやとは違うみやがいた。
思わず見とれてしまっている俺がそこにいた。
スポーティーなツーピースの水着。
普段は肩の辺りまでのばしっぱなしの髪は後ろで束ねられ。
普段のみやからは想像もできないくらい、夏仕様のみやがいた。
【みや】
「なによ、何姉に欲情してるのよ」
【恵】
「してねぇよ、髪結んでるとか珍しいなと思って」
【みや】
「なるほど、うなじにイチコロってやつね」
【恵】
「ちげーよ」
【みや】
「隠すな隠すな、それが健康な男子と言うものだ」
【恵】
「かくしてねーよ、それに姉の水着に欲情するとかありえん」
【みや】
「もぉ、つれないわね、こういうときくらいきれいだよ、お姉ちゃんとか言いなさいよ」
【恵】
「普段お姉ちゃんなんてよばねぇよ、でも、似合ってるぞ」
【みや】
「今されほめても何もでないんだから」
【恵】
「もっと前にほめてたら何か出たのか?」
【みや】
「お茶パック?」
【恵】
「またお茶かよ」
【みや】
「今度はウーロン茶だったのに」
【恵】
「それは残念だったな」
【みや】
「なによ、その投げやりな言い方は」
【恵】
「それは非常に残念、とても惜しいことをしてしまいましたわねお姉さま」
【みや】
「お姉さまとか呼ばないでよ気持ち悪い」
【恵】
「あぁ~ん、ひどぅ~い」
【みや】
「はははは、何で壊れてるのよ、夏の暑さにやられるには、まだまだ早いわよ」
二人そろって壊れていた。
おそらく、これからみんなで遊べると言うのが楽しかったんだと思う。
そんな、よく分からないお茶をめぐるやり取りをしていると。
トントン、トントン。
不意に肩をたたかれる。
振り返るとそこには。
あおいちゃんが立っていた。
【あおい】
『おまたせ』
【恵】
「大丈夫だよ、ぜんぜん待って……」
何かを言いかけた瞬間。
俺の思考は停止していた。
たいてい、ものすごく怖いものをみたときとか、あるいはきれい過ぎる絵を見たときなどに起こる現象なのだが。
その現象が今まぎれも無く目の前で起こっていた。
【みや】
「あおいちゃん、歪みねぇなぁ~」
みやの声で、何とかわれに戻って話を再開する。
【恵】
「大丈夫だよそんなに待ってないから」
【あおい】
『おかしくない?にあってる?』
【恵】
「だいじょうぶ、似合ってるよ」
【みや】
「思ったとおり、よく似合ってるじゃない」
そんな会話をしながら、ついつい、水着姿のあおいちゃんを凝視してしまう。
ビキニタイプに間違いは無いのだが、ものすごく過激さを感じる。
レースなどはあしらわれてないが、シンプルな黒い水着。
胸の中心にはリボンが結ばれ、ブラジャーの各パーツ。
ショーツの腰まわりはそれぞれ細い紐で結ばれているだけ。
なんだかついついその結び目ををじっくりみてしまう。
【あおい】
『よかった、それに着やすかったよ、みやちゃんありがとう』
【みや】
「それはよかった、あおいちゃんはよく似合うね、そういうの、あたしはとっても着れないな」
【恵】
「俺も、似合ってると思うよ」
【あおい】
『ありがと』
これで三人がそろう。
青いがパラソルの下に入って三人で少しゆったりとした時間を過ごす。
【あおい】
『それで、みやちゃんが持ってきた遊ぶ道具って何?』
との一言に、みやが持ってきたバッグをガサゴソをとあさり始める。
あさり始めて数分してからなんだかしおれたビニールが出てくる。
【みや】
「これ、はい、恵、お願い」
そのしおれたビニールが手渡される。
何なのかが分からなくてしばらく見つめて気がついた。
【恵】
「ボール?」
【みや】
「正解、ちゃんと膨らましてよ」
【恵】
「うん、やってみる」
みやに促されるまま、息を吹き込む。
最初は感簡単に膨らむもんだと思っていたのだが、予想よりもずっと大きいボール。
だんだん苦しくなってくる。
そんなもがいている俺をよそに、みやとあおいはなにやら話している。
【みや】
「あおいちゃんは、泳ぐの得意?」
【あおい】
『得意なほうだと思うよ』
【みや】
「あたしもそれなりに泳げるよ、日焼け止めとか使う?」
【あおい】
『ひやけ止め?』
【みや】
「そう、これを使うときれいに日焼けするよ、それにひりひりしないし」
【あおい】
『使ってみようかな』
【みや】
「それじゃあ、塗ってあげるね」
そんな会話を見ながら、必死に膨らませ続ける。
やっと半分膨らんだかなと言うところ。
ようやくボールに張りが出てきた感じだった。
オイルを塗られているあおいちゃんを見たいななんてそんな欲求もあったけれど、いまはそんなことを言ってもいられない。
まだまだ使えるまでは時間がかかりそうだったので必死に膨らませていく。
もう少し、もう少し。
そう自分に言い聞かせながら。
ボールに息を吹き込み続ける。
【みや】
「あ、ごめん、冷たかったかなぁ」
とか
【みや】
「ちょっと我慢してね、これ塗ればひりひりしないから」
とか
【みや】
「くすぐったいかもしれないけど、我慢してね、うん、もう少しだから」
なんて声が聞こえる。
なんだかとっても楽しそうである。
その声を聞きながら、何でかどんどん力が入っていき。
二人でキャッキャ騒いでいるのが終わろうとしていたころ、何とか、ボールを膨らますのが終わる。
栓をして、ボールを仕上げると、ちょうどあおいちゃんがみやにオイルを塗っている。
見逃したかなとか少し残念な気持ちになったが、まぁ、それはそれで仕方ないかなとか思いつつ、膨らませ終わったボールをスタンバイされる。
あおいちゃんにオイルを塗られながら
【みや】
「うああぁっ、思ったよりも冷たいかも」
とか
【みや】
「そんなにくすぐらないでよ」
とか
【みや】
「あおいちゃん、そこはちょっとくすぐったいよぉ」
などとはしゃいでいるみや。
オイルを塗るためにみやの背中があらわになったりしたけれど、なんだかその感動は無かったようなきがした。
姉に対してセクシーと思えない反面、みやのスタイルがあんまりよくないのも原因かもしれない。
そんなことを心の中で考えていた。
さすがに、口に出してそういうことを言ってしまうと、ものすごくみやに怒られそうな気がしたのであえて黙っていることにした。
オイルの塗りあいっこが終わって、みやがしたくしている間に、俺とあおいちゃんは二人で先に海に入っていることになった。
それでも、自分で踏み出す勇気が無くて少しおどおどしていると、不意にあおいちゃんに手をつかまれる。
いきなり手を握られて少しドキッとしたが、あおいちゃんがそれを気にしている様子も無い。
ただにっこり笑って俺の海へと引っ張っていく。
俺はそれに抗うことも無く、あおいちゃんについていく。
あおいちゃんに引っ張られるがまま、海の中に連れて行かれる。
一瞬肌に伝わってきた冷たさに体がびくっ萎縮した。
それでも、足首くらいまで海水に浸かったときには、慣れ始めていた。
太ももくらいまで水に浸かった時点で足を止める。
あおいちゃんが物思いにふけっている。
視線の先には水平線。
その奥に立ち上っていいる入道雲。
夏にしか見れない景色に二人で見とれていた。
海に入るとスケッチブックが使えないあおいちゃんは無言になる。
でも気まずさは無かった。
にっこりと微笑んでいるその様子を見ながら、本当にあおいちゃんは海が好きなんだなと、そう感じとる。
二人地で並んでぼんやりと海を眺めている。
その風景は、自分が抱えるトラウマとは大きく違うものだった。
あおいちゃんと、こうして手をつないで立っているだけなのに。
今までとは違う安心感が俺を包んでいた。
今は広いところに取り残されていると言うよりは。
二人でこの大きな海に身をまかせている。
そんなおだやかな気分だった。
そんな雄大な気分になっているさなか、バシャッと水音がしたと思った次の瞬間。
冷たい海水が俺の背中にかかる。
【恵】
「つめたっ」
あまりの冷たさに、言葉にならない言葉を吐き出していた。
いきなり水をかけられてびっくりしている俺を見ながら。
みやはげらげら笑っていた。
【みや】
「何ぼんやりしてるのよ、思わず笑っちゃったじゃない」
【恵】
「いきなり、水をかけられればビビるって」
そういいながら、みやに水をかけ返す。
【みや】
「ひゃっ、つめたーい、なにするのよー」
みやも驚いている。
【あおい】
「…………(ニコニコ)」
そんな水をかけ合ってじゃれている姉弟を見ながらあおいちゃんはニコニコしていた。
しばらく水の掛け合いをして、それなりに決着がつき始めたころ、みやから提案がある。
【みや】
「せっかくボール持ってきたんだし、ボール遊びもしましょう」
その提案にしたがって三人でボール遊びを始める。
俺からみやへみやからあおいちゃんへ。
最初は順番よく、三角形を描いてボールが右にとび、左にとび。
ただのボール遊びだった。
でもそれは次第に、ボールの取り合いへと変化していく。
【みや】
「これはどう?恵?」
そう問いかけながら強めに打ってくるみや。
さすがは中学のときはバレーボールをやっていただけは無い、かなり強くて速いボールが飛んでくる。
【恵】
「ちょっ、あぶなっ」
ぎこちなく打ち返す。
それがまたみやの手元に飛んでいって、さらに強くなってくるのの繰り返し。
最初は遊びでやっていたのだが、そのうち、姉弟でマジになっていく。
みやの打ち方もそのうち激しさを増して行ったし。
俺自身も大人気なくただ正確にみやに打ち返すことを追求。
そして、動き回りながらボールを追いかけていた。
そして気がついたときには遅かった。
俺は足のつかないところまで来てしまっていた。
ボールを追いかけて全身が海に沈んだ瞬間。
パニックを起こしていた。
呼吸とか、そういうことは頭のどこかに行ってしまって、ただ海の中に一人だけ取り残されたと言う不安が俺の冷静さを奪っていく。
空気を求めて、ばたばたともがいていると、すぐに誰かの手が俺の手をつかむ。
海中で唯一の便りであるその手をつかんで引っ張る。
その主は、俺を引っ張りあげると、パニックを抑えるように俺のことを優しく抱きしめてくれた。
落ち着いた俺はその人に体をゆだねて、力を抜く。
引き上げられてすぐ、俺の呼吸はもとに戻り、引き上げてくれた人はすぐに俺のことを確認していた。
その心配そうな顔をが俺をのぞきこむ。
あおいの心配そうな顔を見ながら、俺は徐々に正気を取り戻しつつあった。
【恵】
「あお……い………ちゃん」
正気に戻った俺を見てあおいちゃんが微笑む。
約束どおり、パニックになりつつあった俺を守ってくれた。
そんな安堵感から、すぐに正気に戻っていく。
【みや】
「恵、大丈夫、あいちゃんありがとう、いきなり沈んだから少し焦ったよ」
【恵】
「大丈夫、水とかは飲んでないから、おぼれるかと思ったけど」
【みや】
「もぉ、大げさなんだから、少し足がつかなくなったからっておぼれやしないわよ」
【恵】
「それもそうか、あおいちゃんありがとう、冷静になれたよ」
【あおい】
「…………(ニコニコ)」
【みや】
「さて、そろそろ日も高くなってきたし、お昼にしましょう」
みやのその提案により、みんなでお昼ご飯を食べることに。
あおいちゃんは俺がまたパニックを起こさないように。手をつないだまま、パラソルがあるところまで連れて行ってくれた。
落ち着いて腰を下ろしてみやがたくさん持ってきていたお茶のパックに手をつける。
塩の味がする口の中に味が薄いお茶の味が広がり、徐々に落ち着きを取り戻していく。
その隣でお弁当を広げ始めるみや。
【みや】
「本当はお家に帰ってご飯作ってもいいんだけど、やっぱり海辺で食べたほうがおいしいと思って」
少し上機嫌な感じでランチバックに入っているおにぎりやおかずを徐々に出していく。
その広げられたお昼ご飯を目の前に、三人そろって
【恵&みや】
「いただきます」
【あおい】
『いただきます』
挨拶を済ませてから、手をつける。
おにぎりを口にほおばりながら、冷静さを取り戻す。
あおいちゃんもお昼を口に運びながら、クーラーボックスの近くにあったスケッチブックを使って、会話をい再開し始める。
【あおい】
『本当に深いところは苦手なんだね』
【恵】
「うん、苦手と言うよりパニックになるんだ、海に飲まれたような感覚になっちゃって」
【あおい】
『もっと冷静に見れれば大丈夫なのかもね』
【恵】
「でも、足がつかなくなると怖いんだ、おぼれてもいないのに」
【あおい】
『??? 何が怖いの?』
【恵】
「なんていうんだろうね、海に入ってること事態が怖いって言うか、そんな感触」
【あおい】
『それじゃあ、だんだんなれて行くしかないね、午後からも泳ぐ練習をしよう』
【恵】
「うん、あおいちゃんがよければ、よろしく頼むよ」
【あおい】
『わたしはだいじょうぶ、よろしくね』
【恵】
「うん、よろしく頼むよ」
そんな約束をしながら、三人でのんびりお昼を食べていく。
周りから、お昼どきでわいわい騒いでいる家族連れなんかの声が聞こえる。
午後からも、泳ぎの練習がある。
それはたった今決まったことだった。
【みや】
「何?あおいちゃんたちは午後からも海で泳ぐの?」
【あおい】
『うん』
【みや】
「そっか、あたしはせっかく来た海なんだし、午後からは日焼けでもしようかなって、そう思ってる」
【あおい】
『それも楽しそう、あたしは恵君と泳ぎの練習をがんばる』
【みや】
「うん、がんばって、あたしは少し午後からゆっくりするわ」
みやとあおいちゃんが話を続けている。
その様子を見ながら、今日の午後はなんて和やかな雰囲気だろう。
そう思ってしまう。
そういえば、今まで俺が海に来なかったのもあったけど、みやがこんな風にゆっくりしているのははじめてみるかもしれない。
普段だったら、休みの日の午後と言っても、ずっと勉強ばかりしているみやしか印象が無かった。
そんなのも理由のひとつかもしれない。
今日はみんな楽しんでいるなと一人で感じながらそのランチタイムをぼんやりと眺めていた。
みやとあおいちゃんが話しているさなか、珍しいお客さんが海からやってくる。
ちょっと赤い色をしていて、6本の足で横に動き回る海の生き物。
カニが自分たちの近くまで歩いてくる。
ゆっくりと歩いているカニを捕まえて、あおいちゃんは自分の肩にのせたりなんかしてカニと戯れている。
いきなりあおいの肩の上にのせられて、最初はびっくりしていたカニだったが、次第にあおいの乗り心地にも慣れ、あおいちゃんの上を歩き始める。
最初、肩にのっていたのがぐるりと後ろに回りこみ、今度は逆の右側の方に歩いていく。
それを落とすまいとあおいちゃんもバランスを取っている。
カニと戯れているあおいちゃんを見つつ、本当にこの娘は海が好きなんだなと思いながらみてしまう。
カニは、そのあと、肩から鎖骨の橋を渡り、あおいちゃんの山脈へと足を踏み入れる。
なんと言う大胆なカニなんだろう。
うらやましすぎる。
カニはそのまま山脈をわたり、谷間を通って反対側の山脈へ。
あおいちゃんはそんなカニを見ながらご満悦だった。
胸の上を歩き回っているカニをおい払うことも無く、胸の上を行ったりきたりしているカニの頭をなででは、ニコニコしていた。
【恵】
「ふおおぉぉぉっ、カニになりたい!!」
そんなうらやましすぎるカニの状況を見つつ。
俺は思わず叫んでいた。
思わず叫んだ瞬間、みやはニヤニヤしながら俺を見ていたし。
あおいちゃんは気にすることなく、カニと戯れていた。
あおいちゃんは純粋にカニと戯れているのに、自分は何でこんなよこしまなことしか考えられないんだと、少し自己嫌悪しつつ、見ているしかできなかった。
カニと少しの時間戯れて遊んでいたあおいちゃんはやがてカニと別れ、お昼ご飯を再開する。
俺も少し落ち着いてお昼ご飯をゆっくり楽しむ。
【みや】
「さっきは完全に壊れてたね、見てて面白かったわ」
となりからちゃちゃを入れてくるみや。
【恵】
「しかたないだろ、カニがうらやましすぎたんだ」
【みや】
「まったくぅ、そんなことばっかり考えてるんじゃないわよ、すけべぇ~」
【恵】
「うるさいな~、いいじゃんか、別に」
【みや】
「それも健康な男の子の反応なのかもね、あたしもカニを胸にのせてみようかしら」
【恵】
「のるかな?」
【みや】
「なによ、バカにしないでよ、カニくらいのるわよ」
【恵】
「無理すんな」
【みや】
「このぉ、いつか見てなさいよ」
と、捨て台詞をはいて、日焼けするための日光浴に戻るみや。
あおいちゃんは残りのお昼ご飯を片付けて、俺の手を引っ張る。
【あおい】
『ごちそうさま、よし、海に行こう』
【恵】
「うん」
【あおい】
『今日は水に浮く練習からがんばろう』
【恵】
「よろしくお願いするよ」
【あおい】
「…………(コクコク)」
あおいに手を引かれ、海にもう一度入っていく。
あおいちゃんに手を引かれて、体を水に浮かせてみる。
沈んでしまわないように、あおいちゃんが俺を引っ張り続けている。
だんだん水の感触に慣れてきたところで、自分もバタ足をして、なるべく水に慣れていくようにする。
バタ足がある程度できるようになってきて、ある程度自分で前に進めるような段階になってくる。
そるとあおいちゃんは何かを思いついたらしく、俺をその場にとどまらせると、俺と少し距離をとる。
そして数メートル離れてから、手招きをした。
言葉は何も無いが、『ここまでおいで』そういわれているようだった。
俺は少し不安はあったがものの、勇気を振り絞って、手で水をかきながら、あおいちゃんの近くまで泳いでいく。
少しおぼれそうになりながら、近くまでたどりついたとき、あおいちゃんは一生懸命泳いでいる俺を抱きかかえてくれた。
そして、俺を受け止めたあとで、やさしく頭を撫でてくれた。
ちょっぴりテレくさかった。
でも、これはこれで、あおいちゃんが俺をほめてくれている証なのかなと思った。
だから突き放すとかはしなかった。
また今度はさっきよりも長く距離をとる。
それについていくように、また精一杯泳いでいく。
するとまた受け止めてくれて撫でてくれる。
それを繰り返して、時間が過ぎていく。
もっと遠くに、もっと深いところに、いざなっていくあおいちゃん。
でも、不思議と行く先にはあおいちゃんがいると言う安心感から、俺は少しも怖くなかった。
むしろ、あおいちゃんとと一緒に泳げることを楽しんでいた。
そう思う。
そして特訓は夕方ぐらいまで続いていく。
泳ぐ位置は次第に遠くに、深いところにって行く。
そしてとう
とう、もうすぐ後ろは足のつかなくなる深いところへ。
少し怖かった。
でも、勇気を出してあおいのもとへ。
あおいちゃんにつかまった瞬間。
あおいちゃんがが一瞬沈み込む。
一緒にに沈むのかな。
そんな心配を一瞬したけれど、あおいは沈まなかった。
そのまま抱き寄せられ頭を撫でられる。
あおいちゃんに引っ張りあげられ、頭を出して呼吸する。
あおいちゃんが足元を指差す。
その足を見ると、みずのなかでゆっくり動かしている。
真似しろとか、そういう意味なのかなと思って、自分も真似してみる。
すると、自然と体が浮いて、足がつかないところでも、浮いていられらた。
あおいちゃんと並びながら、海の上に顔を出す。
あおいちゃんが水平線のほうを指差すすると海の向こうには、今にも沈みかけている大きな太陽。
とってもきれいな夕日だった。
【恵】
「すごく、きれいだね」
【あおい】
「…………(コクコク)」
この夕日が見せたかったのかもしれない。
海に浸かりながらの夕日はとっても幻想的なものだった。
そして夕日が完全に沈みきってしまう前に、あおいちゃんに手を引かれ、浜辺まで戻っていった。
浜辺に戻ると、みやがすでに私服に着替えている。
【みや】
「おかえり、ずいぶん泳いだね」
【恵】
「ただいま、今日はかなり泳いだ気がするよ」
【あおい】
『恵君けっこう泳げるようになったよ』
【みや】
「そっかそっか、あおいちゃん、ありがとねぇ、それで、恵はこれから海に来れそう?」
いきなりみやに聞かれて、少し戸惑う。
よくよく考えた末に
【恵】
「あおいちゃんが一緒なら、泳げる気がする」
【みや】
「そっかぁ、少しは進歩したね、それだけでも大きな進歩だ、さて、そろそろ夜になっちゃうし、かえろっか?」
【あおい】
『うん、きがえてくる』
【みや】
「はい、いってらっしゃい」
二人であおいちゃん見送る。
そして、みやと俺の二人だけが残される。
【みや】
「ところで、恵はどうするの?ここで着替える、なら、むこう向くけど」
【恵】
「いいよ、うちに帰ってからお風呂入りながら着替えるから」
【みや】
「男子はそれができるから便利よねぇ、さすがにTシャツの中に水着は着ていけないし」
【恵】
「確かにね、男子の特権かもね」
【みや】
「しかし不思議なもんよね、あれほど海を怖がってた恵がまた泳げるようになるなんてね」
【恵】
「じぶんでもびっくりだよ」
【みや】
「なに?やっぱりあおいちゃんの前ではかっこつけたいとか?」
【恵】
「そんなんじゃないよ、なんていうんだろう、あおいちゃんに教えてもらうと安心して泳げるって言うか」
【みや】
「そうなんだ、何か特別な教え方とかあるの?」
【恵】
「なんだろう、少しずつ距離を伸ばしてるのがいいのかな」
【みや】
「ああ、あたしだったらとりあえず海に投げ込むからな」
【恵】
「みやはおおざっぱぱすぎるんだよ」
【みや】
「ははは、冗談よ、あおいちゃんの教え方が上手なのかもね」
【恵】
「それはあるだろうね、あおいちゃんと泳いでいると、怖さも感じないしね」
【みや】
「それはけっこう、家の目の前に海があるって言うのに、泳げないなんてもったいなさ過ぎるしね。」
【恵】
「それを言われればそうかもね、今度からは一人でも泳げそうな、そんな気がしたよ」
【みや】
「よかったじゃない、とりあえずは泳げるようになって」
【恵】
「うん、今日は海に来たかいがあったよ」
そんな風に雑談しながら、ビーチパラソルやクーラーボックスを片付ける。
お茶パックやお弁当から出たラップなんかも残さないように、切れに片付ける。
みやも手伝ってくれる。
二人で協力し合いながら、あっという間に片付けてしまう。
そして片付け終わって、すぐに、あおいちゃんが帰ってくる。
【あおい】
『おまたせ』
【恵】
「こっちは片付け終わったから、そっちは忘れ物は無い?」
俺にそう聞かれてきょろきょろと辺りを見回すあおいちゃん。
そして数分間自分の持ち物や、自分が出したごみなんかが残っていないかを確認して、無いことを確認する。
【あおい】
『ない、忘れ物は無いよ』
その報告を受けてから、みんな連れ立って、自宅に帰り始める。
帰りは色々話しながらきた朝とは違い、みんな少し疲れた様子だった。
三人そろって、家に入る。
まずは海水パンツから着替えるために、俺が一番最初にシャワーを使う。
体を洗い、髪を洗ったとき、塩にやられて少し髪が硬くなっているのがわかった。
今日はけっこう泳いだんだなと思いながら、全身をきれいにする。
きれいに流し終わった後、洗濯物を洗濯機に入れて、あたらいいシャツに着替えて、茶の間に戻る。
順番を待っていたあおいちゃんがシャワーを使いに行く。
それを見計らってみやが水着なんかの洗濯物を始めていた。
俺は今日一日の疲れを全身に感じながら、茶の間でくつろいでいた。
時計を確認するともう6時に近い時間だった。
本当に今日ははしゃいだなと一人で思っていた。
しばらくぼんやりしていると
【みや】
「恵、あおいちゃんが使い終わったらあたしが入るから、その間にお湯沸かしといて」
【恵】
「お湯って、やかんに?」
【みや】
「そうじゃなくて、大鍋に沸かしてちょうだい、そうめんゆでるから」
【恵】
「うん、わかった、沸かしとくよ」
そんな会話をしながら、台所に大鍋を探しに行く、探している途中で、ドライヤーを使っている音が聞こえる。
おそらくあおいちゃんが使い終わったのだろう、と言うことはすぐにみやが使うだろうから、このまま水をはって、弱火で沸かし始めればちょうどいい。
鍋になみなみと水をはって、ガスコンロに火をつける。
点火したのを確認して、中火と弱火の中間くらいに設定して、茶の間に戻っていく。
茶の間に戻ると、シャワーを使い終わって、さっぱりした表情のあおいちゃんがテレビを眺めていた。
俺もとなりに座って、一緒になって、夕方の報道番組を眺める。
しばらくぼんやり眺めていると、あおいちゃんに肩をたたかれる。
何かと思ってそっちをみる。
【あおい】
『今日は楽しかった?』
【恵】
「うん、楽しかったよ」
【あおい】
『よかった』
【あおい】
『慣れれば怖くなかったでしょ?』
【恵】
「うん、慣れたのもあったけど、あおいちゃんがいてくれたのが頼もしかったな、だから安心できたのかも」
【あおい】
『それじゃあ、わたしがいなかったらまだ怖いかもしれない?』
【恵】
「うん、そうかもしれない、でも、だいぶ慣れた感じではあるよ」
【あおい】
『よかった、もし恵君がよければ』
【あおい】
『あしたも泳ぎに行かない?』
【恵】
「いいよ、海は目の前だし、それにもっと練習もしたいしね」
【あおい】
『やった、約束ね』
【恵】
「うん、約束、水着ももう洗濯してるし、明日には乾くと思うから、朝から?お昼から?」
【あおい】
『んー昼からかな、あしたもいっぱい泳げるようにがんばろー』
【恵】
「うん、がんばってみるよ、よろしく」
【あおい】
『うん、がんばろー』
この前と同じように小指を絡ませて約束する。
この前よりもなんだか自信を持って約束できた。
そんな気がした。
【みや】
「恵~、あおいちゃ~ん、ちょっとてつだってぇ」
台所からみやの声がした。
あおいちゃんと二人で手伝いに行く。
そのあとに食器などを運んで、準備を整えて、夕飯を囲む。
今日は海に行ってよかった。
そんなすがすがしい気分で夕飯を食べ終わったあと、あおいちゃんとぼんやりテレビを眺めながら、その日の夜は更けていった。




