05.魔王竜 VS 大賢者
空に太陽が昇り迫る頃だ。
光輝く日輪の中に潜める1つの影。
巨大な翼を掲げ、空を優雅に飛行中。
それは鳥でなく、竜である。かつ、成竜である。
これから戦場に向かうため、私の娘は置いてきた。
久しぶりの戦いだけど、気分は上がらない。守るべき娘ができたから。
伝書的な鳩が持ってきた封筒の封は、緊急性を示す竜の血で施されていた。
通常の封筒は、粘り気の強い唾液で施す。竜間の暗黙のルールだ。
手紙の内容。これが厄介なことになった。
母竜討伐パーティーが組まれたこと、メンバーは二人、勇者と大賢者。
人間に我が子の存在が露見するのは回避したい。この地域の冒険者とやらは武器や防具、秘薬の素材に敏感だ。素材集めに飢えておる。
もし、幼竜の誕生を知られれば、冒険者たちは、血眼になって娘を狩りに出るだろう。
力の追及、一攫千金。最悪なパターンは娘をスピリット化されることだ。
スピリット化した生き物は意志を失い、主人が自由に使役できる。半永久的に。
輪廻の輪から外れ、死ぬことすら許されない。時にはその魂が武具の姿を得る。
そして、竜がスピリット化された末路。それは戦場に駆り出されること。
主人が竜にまたがり、竜騎士と呼ばれ、戦場を駆け巡り、戦禍を残す。
そうして主人が息を引き取れば、次の主人にスピリットが譲渡される。
スピリットはいっそ死んだほうが楽だ。
相手をスピリットにする魔法は非常に困難なため、手順を踏む必要がある。
まずは捕縛。次に奴隷化。最後にスピリット化。
奴隷とは、自己の権利が認められない者のことだ。
逆に奴隷は、主人の主張を認めなければならない。主人は奴隷に対して最大3つの命令ができるのだ。
主人に危害を加えるな、とか。自害するな、とか。死ぬまで働け、とか
願えば叶う。それこそ魔法のように。
スピリット化は難しいものの、一度スピリットにしてしまえば目立つ欠点はない。
比べて、奴隷には穴がある。主人が死ぬと奴隷化が解除されるのだ。
奴隷化の魔法は習得難易度が高いため、命令可能数は1か2が一般的だ。
3つのお願いができる人材は極わずか。大賢者レベルでやっとだからだ。
主人の中には奴隷に何を命令するか悩むものが多い。
下手したら奴隷に殺されるからだ。
娘は命をかけても守る。
手紙によると、勇者と大賢者は別行動を取っているらしい。
勇者は、東の森浅くで聖剣を抜きに、
大賢者は、東の森深くに素材採集へ。
聖剣抜きの阻止は間に合いそうにない。
今回は大賢者がターゲットだ。戦力を少しでも、いや大胆に削りたい。
大賢者は戦いに備えて、回復薬の素材を摘みに行ってるんだろう。
まっさきに命を摘んでくれるわ。
頂点に達した太陽が落ち始めたころ、ついに森深くでターゲットが見つかった。
私は上空から接近し、4足で地面へ着地した。
大賢者は私に背を向けて草を摘んでいる。
姿勢はしゃがんだまま、手を止めることなくこう言った。
「こんにちは、魔王竜さん。今日は何用で?」
私は言い返した。
「まずは目を合わせて話すのが、礼儀というものでしょう?」
草木が風に揺れる。