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王太子と側近

「殿下。新婚生活の何が不満なのですか?」


 仕事中なのにリアンがさらっとどうでもいい事を尋ねてきた。裏表がなくて付き合いやすい側近ではあるが、家族愛に重きを置いているせいか誰もが家族を愛していると勘違いしている所だけはどうにも合わない。


「私はリアンと違って相手を選んでいない」

「選ばれましたよね?」

「シェッド帝国かガレス王国かの二択を選んだと言えるのか? 私は相手の顔さえも知らずに即答を迫られたのに」


 私はわざと困った表情をリアンに向ける。父に呼び出され、結婚話が二件同時に舞い込んでいるから即答せよと言われても私に選択の余地はなかった。ガレス王国は長年戦争をしている相手であるが、今は睨み合いの状況であり休戦協定を急いで結ぶ必要はない。一方シェッド帝国は最近怪しい動きをしており、こちらを断って戦争でも仕掛けられると困る状況だった為、国の事を考えるとシェッド帝国しか選べなかった。


「ですがナタリー様はいい人そうではないですか。仲良く出来そうな気がしますけれど」

「リアン。無駄口を叩いている暇があるならグレンから書類を貰ってきてほしい。勿論煙草の匂いは落としてから戻ってくるように」


 私達のやり取りにスティーヴンが口を挟んだ。私には側近が三人いるがグレンは愛煙家で煙草の匂いが染みついている。私はその匂いがどうしても好きになれず、彼を別室で仕事させていた。そしてその書類を回収してくるのは三人の中で一番年下のリアンの仕事である。リアンはわかりましたと渋々返事をしながら立ち上がると部屋を出ていった。


「リアンは悪気がないだけに質が悪いですね」

「私の事を心配してくれているのだとは思うけれど、この政略結婚の意味をどうも理解していないのが不安だ。将来のスミス家はあれで大丈夫なのか?」


 スミス家には色々不安がある。まず長男をリアンと呼ぶ母親がおかしい。そしてそれを受け入れてしまい、周囲にも自分の事をそう呼んでほしいと言うリアンもおかしい。リアンはどう聞いても女性名だ。本名のライアンと呼ぶと返事をしないので、王宮内でも彼の本名がリアンだと思っている人間の方が多いだろう。かといって別に自分を女性と思っているわけではない。妻子の自慢が始まると長話になるので家族を愛しているのはわかる。ライアンという響きが年寄りみたいで嫌らしいのだが、女性名なら受け入れられると言う神経はわからない。


「素直な公爵家がひとつくらいあっても宜しいのではないですか。レスターのような公爵家が多い方が大変ですよ」


 スティーヴンは意味深な表情を浮かべた。私はそれに笑顔で応える。


「伯父上は相変わらずか」

「えぇ。相変わらずです。私がナタリー様の世話を焼いているのもレスターの為と信じていますよ」


 レスター卿は甥である私と直接関わろうとはしない。いつも間に従兄であるスティーヴンが入る。折角自分の妹を国王に嫁がせて血の繋がる王太子を得たのだから、私を利用する所までは計画していたであろうに、そうしたくはないようだ。私も伯父を好きではないのでどうでもいいが。


「ナタリーは本当に何も知らない感じだな」

「何も知らないでしょうね。ただ彼女は愚かではありません。磨けば輝きそうです」

「それならスティーヴンの好きにしていい。私は興味がない」

「殿下はまだ初恋を拗らせているのですか?」

「その話はもうするなと何度言ったと思っている」

「殿下が拗らせているのを直せば黙ります。拗らせたままだと都合が悪いのですよ、こちらも」


 私はため息を吐いた。初恋の事など誰にも話した事はないのに、この勘のいい男は確信を持って話してくるので面倒臭い。


「せめて女性関係の話をナタリー様にされたらいかがでしょうか。勘違いをされていますよね?」


 庭で私が女性と居る所を見かけると踵を返すのだから、ナタリーは勘違いしているだろう。だが責めるではなく知らないふりをする方を選んだ彼女にわざわざ話す気はしない。


「気になるならスティーヴンが話せばいい。私は言う気がない」

「私が言っても信用されませんよ。慰めの嘘だと思われて終わりです」

「それなら私が言っても嘘と思われて終わりではないのか?」


 私の言葉にスティーヴンは納得したように頷いた。


「それもそうですね。それでしたらナタリー様にもう少し優しくされたらいかがですか。ナタリー様の境遇をお話ししましたよね?」


 スティーヴンから聞いたナタリーのシェッド帝国での扱いは、到底信じられるものではなかった。皇女であるはずなのに食事も満足に与えられないとは一体どういう事なのか。しかし実際彼女は栄養不足で倒れるのではないかと思えるくらい細かった。一方侍女二人は太り過ぎていて、その体型の違いだけで扱いの差は納得せざるを得なかった。


「彼女の服、少し酷い気がするのだがあれはシェッドの流行なのか?」


 庭でナタリーを見かける度に実は気になっていた。彼女は大人しそうに見えるのに何故か黄色や赤色などの派手な色ばかりで、しかも洒落た感じもしない。私に気付くといつも踵を返すので少ししか見てはいないのだが。


「シェッドの流行まで私は存じ上げません。ただ侍女が揃えたみたいですよ」

「サマンサもあれは酷いと言っていた。適当に服も(あつら)えておいてくれないか?」

「それは殿下が進言して下さい。私では越権行為に当たります」


 私はスティーヴンを睨んだが、スティーヴンは涼しげな表情で受け流した。確かに王太子妃の衣服を王太子の側近が揃えるのはおかしい。


「妻のご機嫌取りは夫の仕事か」

「ナタリー様は特に不服を申されてはいないと、イネスから報告が上がってきています」

「不服はない? 不満だらけではなく?」


 私は訝しげな表情をスティーヴンに向けた。ナタリーとは結婚初日に会話して以降、あえて距離を置いている。先日寝室の前が騒がしくて声を掛けたが、その翌日も手紙が置いてあっただけだ。考えてみたもののわからなかったと、わざわざ手紙を書く対応が私にはわからない。それでも事実を知った時の彼女の反応が少し気になったので返事を書いたが、未だにその答えは出てないのか次の手紙はない。


「ナタリー様は元々の境遇が恵まれていないからか現状でも十分みたいですよ。二言目には殿下の迷惑にならないようにと仰いますし、虐げられる事に慣れ過ぎているのでしょうね」

「私は別に虐げていない」

「抱かない事も虐げると言うのですよ。ナタリー様は男児を出産する為にシェッドから送り込まれてきたわけですし。御本人はわかっておられませんが」

「愛情がないのに抱くのもまた虐げていると言える。それなら触れない方がましだろう?」


 私が不機嫌そうに睨むとスティーヴンは諦めたような表情を浮かべた。


「確かに今はまだ時ではありません。ナタリー様には我慢して頂くしかありません」

「我慢の限界になれば私に何か言うだろう。それまで放っておけばいい」

「殿下はナタリー様に冷たいですね。他の女性には優しいのに」

「私の事を必要だと思う女性に優しくするだけだ。ナタリーは別にそうではない」

「ナタリー様に殿下が必要だと言われたら優しくするおつもりですか?」


 スティーヴンは真面目な顔つきをしている。私は返答に困った。別段夫婦仲を悪くするつもりはないが、良くしようとも思っていない。現状の政略結婚をしただけという距離感で丁度いいと思っている。そもそもナタリーに何もしていないのに求められるはずがない。


「彼女はそう言わないと思うから考えるだけ無駄だな」

「そう言わせない雰囲気を作るという事ですか。ずるい方ですね、殿下は」


 スティーヴンは呆れたようにそう言うと手元の資料に視線を移した。どうやら仕事を再開するらしい。私は心の中にもやもやしたものを抱えたまま、自分も仕事に戻った。

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