政略結婚の意味
「ちょっとナタリー、結婚して三週間ほど経つけど夜の生活は順調なのでしょうね?」
突然のシルヴィの問いに私は眉を顰めた。朝から一体何の確認だ。しかもイネスは洗濯の為に外している。助けてくれる人はいない。
「そうよ、父上からの手紙が帰ってきたと思ったらもう信じられない」
そう言ってデネブは私にその手紙を投げつけた。私は仕方がなくその手紙を読む。そこには私が男児を産み、ある程度育つまでは帰ってこなくていいと書いてあった。あぁ、父も本当はこの娘二人が邪魔だったのか。しかし私に押し付けられても困る。自分の娘くらい責任をもって引き取って欲しかった。
「とにかく早く男児を産みなさいよ! 私達の生活がかかっているのだから」
「しかし男児を産むと言うのは努力だけではどうにもなりません」
「そんな事を言って本当は相手にされていないのでしょう? そんな貧相な身体でその気にさせられないとは思うけど、そこは何とかしなさい」
シルヴィにそう言われ悔しくて俯いた。二人と比べるまでもなく、自分の身体が貧相なのはわかっている。満足に食事を与えられなかったのだから線が細いのは仕方がないではないか。
「本当に使えない子。もうこうなったら私達があの王子を誘惑しちゃう?」
「そうね。王子の男児を産めばいいのでしょう? 誰が産んでもいいわけよね?」
目の前の二人は一体何を言っているのだろう? 確かに私は貧相だけれど、その肉付きがよすぎる身体でも誘惑出来るとは思えない。一体その自信がどこから来るのか不思議で仕方がない。そもそも侍女が主の夫を誘惑するなどあってはならない事。二人が私を主と思っていない事は重々承知しているけれど、ここはレヴィなのだからシェッドの常識ではなくこの国の常識の範囲内で生活して欲しい。
「殿下はお忙しい方です。ご迷惑をかけるような事は遠慮して頂けませんか?」
「何でナタリーに命令されなきゃいけないのよ。無能は黙ってなさい」
「そうよ、黙って指を咥えてなさい。デネブ、私の部屋で計画を練りましょ。ここだとあの侍女が煩いから」
「そうね、そうしましょう、シルヴィ」
二人は楽しそうに部屋を出て行った。自分の力のなさが不甲斐なくて仕方がない。
その日の夜。せめて殿下に一言伝えようと私はベッドのヘッドボードに背中を預けたまま起きていた。もしかしたらこの部屋には来ないのかもしれない。それならそれで仕方がない。
眠くなるのを必死に手の甲を抓って耐えていた夜半、寝室の扉がゆっくりと開いた。私は慌てて顔を上げた。
「どうしたの?」
殿下は不思議そうな表情をしている。それはそうだろう。いつも私は先に寝ていたのだ。しかし彼を目の前にして私は言葉を発せられなかった。侍女が殿下を狙っていますと、シェッドの恥晒しみたいな事を言っていいのだろうか?
「こんな時間まで起きていると身体に悪いから早く寝た方がいい」
殿下は微笑んでいた。言葉は優しいけれど、その優しさは罪だと思う。久し振りに見た彼はやはり端正な顔立ちで、こんなに遅い時間なのに疲れている様子もない。それでも毎晩夜遅くまで公務があるなんて大変だ。私はスティーヴンに言われて王太子妃修行のような事はしているけれど、まだ公務はしていない。何かお手伝い出来たりすればいいのだけれど。
「殿下。私に出来る事は何かありませんか? 政略結婚とはいえこれも何かの縁ですし」
「何もしなくていい」
声色は優しいのに否定されている気分になる。彼にも私は必要ないのだ。それが思いの外辛かった。
「そうですか。もしかして私がいない方がいいですか?」
「自殺という面倒な事はやめて欲しい。国家間の政略結婚だ。君が命を絶って困るのはこちらになる。それくらいは理解して欲しい」
殿下の表情が少し険しくなった。求められていないのに死んではいけない。何て辛いのだろう。結局ここでも殺されない程度に生かされる、私はそういう星の下に生まれたのかもしれない。
「わかりました。それでしたら寝るのもここではない方がいいですよね」
「私は今の所側室を持つ気はないから君以外の女性がここに入る事はない。もしそういう遠慮ならしなくてもいい」
私は首を傾げた。殿下は何を望んでいるのだろう? 私を抱く気もなければ側室を迎え入れる気もない。手に入らない人を想っているのか、それとも……
「殿下は子供が要らないという事でしょうか?」
「今は要らない。そうか、君はそんな事も知らないのか」
殿下の表情は呆れているように見えた。本来なら知っていなければいけない事だったのだろうか? それとも抱かれない時点で普通なら察する事が出来るような話だろうか?
「申し訳ございません。私には教養も国家間の関係の知識もありません」
私は素直に謝った。妙に知ったかぶりするのは自分の首を絞める。そんなくだらない自尊心は持ち合わせていない。
「この政略結婚に一体どういう意味があるか考えた事はないの?」
政略結婚とは政治上の駆け引きを目的としたものだという事くらいは知っている。お互いの利益が一致しなければ成立しない。この政略結婚で自分に何が出来るかは考えた事があったが、どういう意味でこの政略結婚が成立したかなどは気にした事もなかった。シェッドとレヴィはこの大陸の二大国家だから相互不可侵の為に結婚が一番しっくりくると思うけれど、それと子供が要らないは結び付かない。
「その顔だと考えた事がないみたいだね。一度考えてみるといい。でも今夜は早く寝て明日以降に考えるといいよ」
そう言うと殿下はベッドへと横になった。私は疲れているはずの彼をずっと立たせていたのだ。何て気が利かないのだろう。申し訳なさ過ぎて思わず頭を下げる。
「お疲れの所、余計なお手間を取らせてしまい申し訳ありません」
「気にしなくていい。おやすみ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
私もベッドへ身体を横たわらせる。会話をしていたから目が覚めたかと思ったけれど、目を閉じたらすぐに睡魔の気配を感じた。私に夜更かしは向いていないみたい。




