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知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
後日談とおまけ

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後日談3 知らないふりはもうしません

 ライラと接する機会が増えて、私も色々と考えるようになった。ライラは平和について常に考え、ジョージと共に楽しく生きているのが、ひしひしと伝わってくる。王都の人々と触れ合ったり、ガレスとの休戦協定調印式まで足を運んだり、私には到底真似出来ない活動をしている。そんなライラの行動力に憧れもするけれど、人には向き不向きがある。多分私には向いていない。


 そもそもエド様がライラのような女性が好みであったならば、私を引き止めずに追い出せばよかったのだ。それなのにあの日、エド様は私が王宮を出ていかないように説得をしてくれた。皇女である事実は変えられないのに、私でいいと言ってくれた。そんなエド様の期待に応えたくて、私なりに考えてここまで王太子妃として振る舞ってきた。


 だけど不安がなくなったと言えば嘘になる。あの日からエド様は甘い言葉を囁いてくれるけれど、一体私の何が良くてそう言って下さるのかがわからない。エド様は王太子ではなく、ただのエドワードとしていられるのならそれだけで十分だと仰って下さったけれど、寝室にいる時やアリスと三人で散歩をしている時の私の態度が、エド様の望み通りで愛して下さっているのだろうか。エド様の愛情が何を根拠にしているものなのかわからないと、どこで冷めるかもわからなくて不安は募るばかりだ。



「エド様は私のどの部分を愛して下さっているのでしょうか」


 夜、寝室でベッドのヘッドボードに背を預けながら私は思い切って聞いてみた。いくら悩んでもわからないなら、またすれ違う前に聞いた方が早いと思ったのだ。だけどエド様は困ったような表情をしている。何でも言って欲しいと言っていたけど、やはり言ってはいけない事もあったのだろうか。


「それを聞いてどうするの?」

「エド様にいいと思って貰えている部分を伸ばしていきたいと思ったのです」

「ナタリーは私の事を愛してくれればそれだけでいいよ」

「しかし、何故このように愛して頂けるのか、どうしてもわからないのです」


 私が視線を伏せると、エド様は私の肩に腕を回して抱き寄せた。私が期待を込めてエド様を見つめると、そこには困った表情があった。私はエド様を困らせているの?


「ナタリーは私がどうしようもない男だとわかっているだろうから、今更何を言っても離縁したいとは言わないよね」


 エド様は何を言っているのだろう。私はエド様をどうしようもない男だなんて思った事はない。独占欲は強いと思っているけれど、昔から優しい。最初に私が期待をして傷付かないように現実を教えてくれて、服を誂えてくれて、私が拙いダンスで恥をかかないようにリードをしてくれた。夜会など夫婦で出席する時は愛されていると勘違いしそうになるほど優しかった。でもよく考えればどこからか勘違いではなかったはずだけど、いつからかはわからない。


「私がナタリーを意識し始めたのは初めて抱いたあの日だ。常に仮面夫婦を演じていて感情を表に出さない君の必死な姿が、私を思っていてくれているような錯覚をおこした。しかも抱いているうちに錯覚ではなくて、ナタリーは私の事を受け入れているのかもしれないと、そう思えるくらい求められた気がしたし反応も可愛かった」


 私は恥ずかしくなって視線を外した。私は当時、エド様の為に出来る事は仮面夫婦をきちんと演じる事だと思っていた。だから私の想いは邪魔なだけだと必死に気持ちを隠していたのに、あの日エド様に抱かれるという信じられない状況に気持ちを隠す余裕など一切なくて、エド様の事を心配しなければいけないのに嬉しさの方が勝ってしまい、少しでも長く抱かれていたいと望んでしまった。


「だが急に態度を変えるのも不自然だと思い、どうしたら自然に本当の夫婦になれるかを考えていたら側室を勧められてしまった。あの時は落ち込んだ」

「あの時はエド様を癒してくれる女性が必要だと思ったのです」

「ナタリーが癒してくれたらよかったのに」

「当時の私はエド様の邪魔をしない事しか考えられなかったので、癒すなんて無理です」


 私が申し訳なさそうにそういうと、エド様も困ったような表情をした。


「当時は私の態度にも問題があったから自業自得だね。それならナタリーが一体私のどこを好きなのかを聞いてもいいかな」


 私はエド様を見つめた。自業自得とは何だろうか。エド様の態度に問題など何もなかったのに。


「そもそもいつから私に好意を抱いていたの? 私が言うのもあれだけど、ナタリーを抱く前に優しくした記憶がない」

「そのような事はありません。エド様は最初から優しかったです。暴力も暴言もありませんでしたし、服も誂えてくれましたし、大聖堂にも行かせてくれましたし、夜会の時に夢も見させてくれました」

「夢?」

「この国の女性の憧れであるエド様が、仮面夫婦だとしても優しく微笑んで接して下さる、とても幸せな時間でした。嘘とわかっていても嬉しくて、ですが浮かれているとエド様に迷惑をかけてしまうと思い、必死に気持ちは隠していたのですけれど」

「よくわからないのだけど、かなり最初の方からという事?」

「教会の前で会った時に素敵だと思いました。その夜、エド様を好きになってはいけないと理解はしたのですけれど、上手く気持ちを抑えきれなくて、多分最初に会った時からずっと好きなのだと思います」


 私の言葉にエド様は訝しげな表情をする。


「つまり私の外見が好きという事?」

「勿論とても格好良いと思っています。ですが何の役にも立たない私を、虐げずに優しくしてくれた事が嬉しかったのです。最初に服を仕立ててくれると言った時、私の対応は不快だったと思うのです。それなのに素敵な服を五着も誂えて下さって、何て心の広い方だろうと思いました」


 エド様は訝しげな表情のままだ。何だろう? 何かおかしいかな?


「ナタリーは優しくされたら、誰でも好きになってしまうの?」

「そのような事はありません。そもそも私に優しくする男性がいません」

「私の妻に声を掛けるなどという愚かな男がこの国にいるとは思わないけど、何か腑に落ちない」


 エド様が不機嫌そうな顔をした。どうしよう、何を間違えたのだろうか。誤解されないように何か言わなくては。


「私はエド様以外の人と夫婦になる事は考えられません。その、エド様以外に抱かれたくはありません」


 自分の言いたい事が伝わるようにエド様の瞳をじっと見つめた。そして自然と手をお腹に当てていた。ここには新たな命が宿っている。

 エド様は表情を柔らかくすると私の手を優しく包んだ。それから私の顎を持ち上げると、優しく口付けた。エド様の満足のいく回答が出せたのだろうか。それを尋ねたいのに、私はエド様に口付けをされると流されてしまう。何も考えられなくなってしまうのに、ある一点が頭の端でちらつく。この口付けを一体何人の女性にしたのだろう。考えても仕方がないと思うのに、最近気になって仕方がない。


「他事を考えるのは嫌だと、いつも言っているよね」


 唇を離したエド様が不機嫌そうだ。私はエド様の顔が見られなくて視線を伏せる。私もエド様の事を言えたものではない。この人は独占出来る人ではないのに、独占したくて仕方がない。今は私の事だけを見てくれているとわかっていても、気になり始めた事はなかなか考えるのをやめられない。


「申し訳ありません」

「それでは何を考えていたかわからない。私が触れるのが嫌ならそう言って欲しい」

「そのような事はありません。エド様に口付けされるのは嬉しいです」

「それなら何故集中しない?」


 エド様の声色が怖い。言わないともっと不機嫌になるだろうか。私は視線を伏せたままお腹を抱きしめる。


「申し訳ありません。私が至らないのです」

「それではわからない」

「これは私の問題です。以後本当に気を付けますから」

「そう。やはり一線を引いてしまうのだね」


 エド様の声色が諦めを孕んでいるような気がした。私は恐る恐る視線を上げると、エド様は苦しそうな表情をしていた。そのような表情をさせたかったわけではない。これなら言うだけ言って怒られた方がましだ。


「エド様を愛しいと思えば思う程、今までどれほどの女性がエド様に優しくされたのかと気になってしまって。本当に申し訳ありません。エド様が女性に優しくする事は受け入れないといけないとわかっているので、少し時間を下さい」


 エド様の表情が何故か笑顔に変わった。え? 何故?

 不思議に思っているとエド様は優しく私を抱きしめてくれた。


「ナタリーの中の私の存在が大きくなったみたいで嬉しいよ」


 嬉しい? 怒らないの? エド様の考えはよくわからない。


「声を掛けた女性は確かに多い。その中で口付けをした人は限られるし、身体の関係もとなると両手で足りる」


 私はエド様の言っている事が上手く理解出来なかった。色々な人がエド様に抱かれたという噂は、聞きたくなくても聞こえてきた。覚えられない程の噂があったのだから両手で足りるはずがない。


「私に抱かれる事が女性達の中でステータスになっているようで、誰かが嘘を言い出したのをきっかけに、色々な女性が言い始めた。だけど私は簡単に女性を抱いたりしないよ。貴族令嬢に手を出して、嘘の妊娠の責任を取らされたら困るからね」

「それなら何故、その嘘を否定しなかったのですか?」

「私の件で嘘を吐いたと露見したら、その女性が結婚出来なくなってしまう。貴族令嬢が未婚女性ばかりになってしまっては国が立ち行かない。私が黙っていれば誰も追及はしないし、元々声を掛けたのは私だから責任がないわけでもない」

「その両手で足りるというのは、貴族令嬢ではない方という事ですか?」

「平民なら黙らせられる、そう言ったらナタリーは私を非難する?」


 エド様の声は不安げで、私は否定するように首を強く振った。サマンサがエド様は本気になれる相手を探していたと言っていた。きっとその女性達は本気になれそうだと思ったから抱いたに違いない。


「エド様は本気で好きになったら、その平民の方を側室にするつもりだったのでしょう?」

「あぁ。だけど皆どうしても私の事を結局王太子としか見なかった。私の妻になりたいのではなくて、側室という肩書が欲しいという雰囲気を感じてしまうと、一気に冷めてしまう。酷い男だろう?」


 私は再び首を横に振った。エド様は本気で愛そうとしているのに、それを無視して肩書に憧れるなんて酷いのは女性の方だ。どうしてこんなに優しい人の内面を見ないのだろう。


「その点、ナタリーは王太子妃の肩書に固執していない。関係が政略結婚だったから他の女性とは違う観点だったのかもしれないけれど、それでもよかった。ナタリーの気持ちがルジョン教の教えによるものでも徐々に変えていけばいいと思っていたけれど、嫉妬してくれたという事は、私の事を宗教関係なく受け入れてくれたのだよね」


 何故ここでルジョン教の話が出てくるのだろう?


「エド様はルジョン教の教えを御存知なのですか?」

「知っているよ。結婚した相手を愛す事、子供を授かったら必ず愛情を持って育てる事。ナタリーはそれを実践しているだけだと思っていたから」

「いつから御存知なのですか?」

「シェッドへ行く前に聖書を読んだ」


 つまり私があの時、皇宮で弁明した事がエド様には間違って伝わったという事?


「申し訳ありません。エド様が聖書を読んでいるなんて思いもしなくて、とても失礼な事を言いました」


 私の言葉が不思議だったのか、エド様は抱きしめる力を弱めて私の顔を覗く。


「自分の気持ちを隠す為に、ルジョン教の教えを引用しました。本当はエド様の子供を身籠れるのは最初で最後だろうからどうしても産みたくて、ですが父の策略を考えると素直に産みたいと言えなくて、申し訳ありません」

「アリスを産みたいと心から思ってくれていた?」

「勿論です。女児で本当に安心しました。手元で育てられる事が嬉しかったのです」

「男児でも手元に残すつもりでいたけれどね」

「そうなのですか?」

「当時、私の言い方も悪かった。スティーヴンが父親を訴える件はあの頃既に決まっていたから、子供が成長する前に片が付くと判断していた。父上も健康上何の問題もなかったしね」


 父の策略はエド様が王位に就き、私の産んだ息子が王太子にならなければ実行出来ないものだった。私はやはり考えが浅い。そこまで考えられなかった。


「最初は突然何を言い出したのかと思ったけれど、色々と聞けて嬉しかったよ」


 エド様は柔らかく微笑んだ。私もつられて微笑む。


「ナタリーは抱かれている時が一番可愛い表情をする。普段ももっと肩の力を抜いていい」


 エド様こそ突然何を言い出したの? そのような事を言われても、どのような表情をしているかなんてわかるはずがない。

 私は何と返したらいいのかわからず俯くと、エド様が優しく抱きしめた。


「他の女性の事を気にするなとは言えないけど、何度も口付けたのはナタリーだけだから、出来たら私に集中して欲しい」

「私だけ……ですか?」

「あぁ。もう一度口付けをしたい、抱きたいと思った女性はナタリーしかいない。初めての感情に戸惑って上手くナタリーに気持ちが言えず、長らく不安にさせて悪かった」


 私は首を横に振った。私がエド様の中で唯一になれたのだとしたら、それほど嬉しい事はない。


「帝国へ移動する時もナタリーと話す自信がなくて、本を持ち込むなんて情けない事をした。だけどナタリーが妊娠している可能性に気付いてからは優しくしたのに、ナタリーは困惑の表情しかしないから、あの時は嫌われたと思っていたよ」

「申し訳ありません。あれはエド様に優しくされる事に慣れてしまっては、今後生活しにくくなると思って必死に耐えていたのです」

「それも自業自得か」


 エド様はそう呟くと私から離れた。


「ナタリー、こんな私だけどこれからも傍にいてくれる?」

「勿論です。私も至らない所ばかりですけれど、エド様の為に努力します」


 エド様は優しく微笑むと私の頬に手を添えた。私が瞳を閉じるとゆっくりと唇が重なる。不思議ともう他の女性の事なんて気にならなくなった。これは私の気の持ちようだったのだ。エド様の唯一だと言って貰えて自信を持つなんて単純かもしれないけれど、幸せだからこれでいい。




 それから五ヶ月後、私は男児を出産した。エド様をはじめ皆が祝福してくれた。

 私はもう知らないふりをする事なく、これからはエド様の妻として、子供達の母親として精一杯愛情を持って堂々と生きていこうと改めて誓った。愛おしい人達の笑顔を守る事は決して簡単ではないけれど、これこそが私の望む事であり、エド様が私に望んでいる事だと思うから、レヴィ王太子妃として誰からも認められるように振る舞っていこうと思う。

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