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知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
後日談とおまけ

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おまけ9 イネスの独り言

 この大陸には二大大国がある。それがレヴィ王国とシェッド帝国。

 二国間の国境の八割が山脈の為、往来はそこまで多いわけではない。だからかお互い、自国の言葉しかわからない事が多い。似ている言葉も多いので、覚えようと思えばそこまで苦労はしないのだが。


 私は父がレヴィ出身、母がシェッド出身である為両国の言葉がわかる。言葉を武器に仕事を探してみたものの、レヴィ王国内で帝国語はあまり必要ない。だから帝国語という武器はしまいこんで、王宮の使用人になった。


 レヴィ王宮は広く、使用人もどれだけの人数がいるのか下っ端の私にはわからない。それでも与えられた仕事を淡々とこなして数年が過ぎた頃、一人の貴族に声を掛けられた。

 

「帝国語を話せる人を探しています。貴女は侍女になる気はありませんか?」


 私はその場で即決した。侍女は私にとって憧れの職業である。王宮内の侍女ならば王族の方に仕える、とてもとても華々しい仕事。

 しかも今度帝国から王太子殿下の所へ嫁いでくる皇女ナタリー様の侍女なのだ。王太子妃の侍女という事は将来王妃の侍女になれる。侍女の中の最高名誉職。帝国語を話せるというだけで華々しい未来を手に入れられるなんて。


 私はその日から侍女見習いとして、サマンサ殿下の侍女の側で勉強を始めた。

 相手は侯爵令嬢で、こちらを少し見下している感じがあったけれどいちいち気にしなかった。私が平民なのは変えられない。平民でも王太子妃の侍女になれる。平民の中で私は選ばれた女性なの! と浮かれていた。



 しかし、侍女見習い期間半年を経て仕える事になったナタリー様は予想外の女性だった。

 まず何故か私に敬語を使う。それを咎めていいのかわからず、受け入れるしかなかった。そして一緒に連れてきた侍女の態度が大きい。事情は聞いたけど納得は出来ない。とにかく私一人でナタリー様を立派な王太子妃にしてみせなければ!

 私は一人で勝手に意地を張り、ナタリー様が可愛らしくなるよう努力をした。帝国は食事が偏っているのか、ナタリー様の素は悪くないのに残念に見えたのだ。スティーヴン様の指示でナタリー様が内面を磨いている間、私は必死に外見を磨いていった。


 半年もしないうちにナタリー様はとても可愛らしくなられた。黒髪に艶が出て、お肌にハリがある。ぎこちなかった振る舞いも、少しずつ王太子妃らしくなった。



 それから約五年。私はナタリー様の側で侍女として仕え続けている。

 婚期を完全に逃したけれど気にしていない。ナタリー様をおいて嫁にはいけない。ナタリー様はレヴィ語を難なく話されるので、帝国語で会話する必要はないけれど、帝国から来た侍女二人は未だにレヴィ語を話さないので、彼女達に対して必要なのだ。

 ナタリー様が強く言えない分、私が代わりに言わなければという使命感がある。


 だけど最近、ナタリー様は何か悩んでいらっしゃる様子だ。

 尋ねても何でもありませんと教えて下さらない。


 レヴィとシェッドが争う事になったから心を痛めていらっしゃるのかしら?

 もしかして戦争の結果によっては、ここにいられなくなってしまうのだろうか?


 不安になって、私を雇って下さったスティーヴン様に尋ねてみた。


 「戦争の結果は関係ありません。ナタリー様はレヴィの王太子妃ですから」


 それなら何故、ナタリー様はあんなに悩まれているのだろう?

 アリス姫と遊ばれている時も、切なそうな眼差しを時折見せるのは何故だろう?


 帝国から来た侍女二人が好き勝手しているので、ナタリー様が心を痛めている事は知っている。だけど私が言った所であの二人は止まらない。根回しもしているけれど『でもそれを咎められないナタリー様も、ねぇ?』みたいな雰囲気がどうしても拭えない。


 ナタリー様は自分の意思を仰られないから誤解されやすいけれど違うの。

 本当はとても優しい方なの。優しすぎるくらいなの。

 殿下から服を誂えて貰った時は、いつもそれを見て嬉しそうに微笑まれるの。

 庭へ散歩に行かれる時は、殿下に会わないように時間をずらしているの。

 『政略結婚ですからね』と悲しそうに微笑まれるのは、本当に見ていて辛いの。



 私は母がシェッドの出身だからルジョン教も知っている。

 女神マリー様、本当に見守って下さっているのなら、ナタリー様にご加護を。ナタリー様はもっと幸せになっていいと思うのです。私の幸せは要りませんから、どうかナタリー様に微笑んで下さい。

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