おまけ7 とある日の執務室 その2
殿下が視線を伏せて休憩から戻ってきた。こういう時は理由が決まっている。またアリス姫に泣かれたのだろう。
「アリスをここにおいて仕事をしてはいけないだろうか」
何を言い出した? と殿下を睨もうとした時、リアンが声を上げた。
「殿下だけ特別扱いは許されません。その時は私の子供達も連れてきます」
「王宮に子供を連れてくるなんて聞いた事がない」
「それなら私にも子供達に会いに行く休憩時間を下さい」
「リアンの家まで往復する時間が勿体ない。さっさと仕事をして、さっさと帰ればいい」
「それなら殿下もさっさと仕事をして、アリス姫と長く会う時間を作ればいいではないですか」
リアンのもっともな言い分に殿下は言葉に詰まった。
リアンは殿下が拗らせている事に気付いていない。殿下の王太子対応は完璧なので、多分ナタリー様さえ気付いていないと思う。
もしナタリー様が気付いていて、知らないふりをしているのだとしたら相当だけれど、ナタリー様はそのような駆け引きが出来る人には見えない。
「公爵家と王家では子供の教育方針が違うから」
殿下がやっとの事で絞り出した理由は微妙なものだが、リアンは何故か納得していた。
「確か、もう教育係もついてますよね」
「あれは私の望まぬ人選が行われる前に先手を打っただけだ」
たとえ姫でも帝国の息がかかった者が教育係になると面倒という事で、レヴィの愛国心に溢れる者を殿下が自ら選んでつけた。
それをナタリー様は呑気に『レヴィは教育熱心なのですね』と微笑んでいた。
「望まぬ、ですか。その詳細、私はいつまで仲間外れなのですか?」
普段とは違い真剣な表情を殿下に向けたリアン。これは内心怒っている。しかし殿下はそれをいつも通りの作り笑顔で受け止める。
「リアン、何でも知っているから仲間とはならない。知らないから仲間でいられる事もある」
「意味がわからないので、もう少し噛み砕いてくれませんか」
こういう所がリアンはすごいと思う。殿下に怯まず向き合おうとする。普通なら何も教えてくれないのかといじけそうな所だが。
実際グレンは殿下の性格と噛み合わず、あぁなってしまったし。
「スミス家は守りたい。全てが終わるまで見逃してくれ」
「これから先もスティーヴンと殿下と一緒に仕事は出来ますか」
「あぁ、それは約束する」
殿下が頷き、リアンは破顔した。
「わかりました。それなら今暫く二人が何をしているか知らない無能のふりをします」
「実際わからないならふりではなく、無能に見えるのではないか」
「殿下! 言っていい事と悪い事がありますからね!」
リアンが殿下を睨んだが、殿下は笑顔で受け流してしまった。それが悔しかったのか、リアンは私の方に視線を向ける。
「スティーヴンはどちらの味方なんだよ」
「殿下に仕えている者なら、殿下が第一でないといけないと思うが」
私の言い分にリアンは困ったような表情を浮かべた。
「あぁもう二人は従兄弟だから仲良くして。俺も殿下の為に仕事をしてるのに」
「わかってる。もう暫く辛抱してくれ。もうすぐだから」
殿下がリアンを諭すような優しい口調でそう言った。リアンも渋々頷く。
「本当はずっと気にしていたので、出来るだけ早めにお願いします」
「はは。善処する」
アリス姫に泣かれたと落ち込んでいた殿下が、その事を忘れたように微笑んでいる。やはりリアンは領地に下がらせず、一生殿下の傍にいてもらわなければ困るな。




