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知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
後日談とおまけ

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後日談1 義理姉妹のお茶会 その4

 シルヴィとデネブはやはり山道は嫌だったのか、時間通りに準備をした。議会に出席中で見送れない殿下に代わり、私は二人を送り出す為に王宮の裏口まで出向いていた。


「父に宜しくお伝え下さい」

「自分が選ばれたなんて勘違いも甚だしいわ。どうせすぐに捨てられるわよ」

「そうよ。そうなっても皇宮には入れてあげないわ」

「心配には及びません。私はもうシェッドの土を踏む予定はありませんから」


 シェッドに帰る気など最初からなかった。あそこにいい思い出はない。これからレヴィ王宮で幸せに暮らせると思えば、二人に何を言われても微笑む事しか出来なかった。

 デネブが先に馬車に乗り込む。その後にシルヴィが乗ろうとして私の方を振り返った。


「殿下に贈り物を頂いたらお礼は嬉しそうに言いなさいよ?」

「忠告ありがとうございます」


 五年前、初めてエド様に服を誂えて貰った時の忠告は、結局手紙でお礼を言うに留まっている。だけどこれからは面と向かって言おうと心に決めた。


「ナタリーは殿下で妥協しておけばいいわ。私達はもっといい男と結婚をするから」


 シルヴィが楽しそうに微笑んだ。その言葉からは負け惜しみよりも逞しさを感じた。この二人の神経は図太い。きっとこれくらいでは堪えないだろう。


「えぇ。もし宜しければ結婚式に呼んで下さい」

「馬鹿なの? 呼ぶわけないでしょ」


 そう言ってシルヴィは馬車に乗り込み、従者が扉を閉めると馬車はゆっくりと動き出した。シルヴィの馬鹿なの、を二度と聞けないのは寂しいと思える日が来るとは思わなかった。私は馬車の姿が見えなくなるまで見送っていた。



 私はイネスにお願いしてサマンサとライラに手紙を持っていって貰った。王宮に残れる事になった事を二人には早く報告したかったのだ。だがいつなら都合がいいかを尋ねたはずだったのに、何故か午後から伺うという返事がきた。サマンサがライラに話を通して都合をつけたようだ。そこまで焦らなくても逃げないのに。

 私はイネスにお茶の用意をお願いした。お茶菓子はないけど仕方がない。私には用意する術がないし。


「ナタリー様、本当に宜しかったですね」


 イネスが嬉しそうにしている。イネスはシルヴィとデネブの荷物の用意を手伝ってくれた。もしかしたらずっと心配をかけていたのかもしれない。


「ありがとうございます。これからも宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願い致します」


 二人で頭を下げ合っていると扉をノックする音がした。イネスが確認してから扉を開け、サマンサとライラが入ってくる。ライラは手に籠を持っていた。私は立ち上がり二人にソファーを勧める。


「ごめんなさい、急に押し掛けて。でも少しでも早く聞きたくて」


 私達がソファーに腰掛けると、イネスが紅茶を淹れて私達の前に置き、一礼して部屋を出ていった。サマンサが何も言っていないのに出ていく事が癖になっているようだ。これは今後エミリーみたいに同席してもいいか聞いてみよう。

 ライラは持っていた籠をテーブルに置いた。


「これは赤鷲隊料理長が焼いたクッキーなの。よかったらどうぞ」


 軍隊の料理長がお菓子を? 私が不思議そうにしているのを察したのか、サマンサが笑う。


「お兄様は甘党だから甘い物に煩いの。料理長のお菓子は王都の焼菓子店並みに美味しいのよ」


 そう言ってサマンサはクッキーを口に運び、満足そうに微笑む。私も一枚手に取って頬張った。バターの芳醇な香りがして美味しい。


「本当に美味しい」

「クッキーの美味しさはとりあえずいいの。ナタリー様、出ていかないわよね?」


 サマンサが真剣な表情で私を見つめる。私は微笑んだ。


「殿下がここに居ていいと仰ってくれたので、これからも宜しくお願いします」

「エドお兄様はそのような曖昧な表現しかしなかったの?」

「曖昧? はっきりとここに居ていいと仰ってくれたけれど」

「エドお兄様は気持ちを言っていないの? いいわ、私が文句を言ってきてあげる」


 サマンサの態度に私は慌てた。サマンサはエド様の気持ちを知っていたのか。


「大丈夫。それも聞いたから」

「本当に? 誤魔化されていない?」


 サマンサが猜疑の視線を向けてくる。これは私が信用されていないのか、エド様が信用されていないのか。


「大丈夫。その、愛情のこもった言葉も聞いたから」


 言っていて恥ずかしくなってきた。今までこんな状況になった事がなかったから知らなかったけど、義妹に私は何を話しているのだろう。いや、聞かれた事に答えただけだけど。


「そう、それならよかったわ。これからも宜しくね、ナタリーお姉様」


 今、お姉様と言った? 私が不思議そうな顔を向けるとサマンサは微笑んだ。


「ごめんなさい、ずっとお姉様と呼ばなくて。エドお兄様が認めたら呼ぼうと決めていたのだけれど、エドお兄様がはっきりしないから呼べなかったの」


 サマンサは最初に帝国語を習いに来たのはエド様の指示だった事、その後は自分の意思で私とお茶会をしていた事を教えてくれた。


「エドお兄様は誤解されやすいけど憎めない人なの。末永く宜しくね」

「誤解?」


 私が首を傾げるとサマンサはライラの方を向いた。


「お兄様が出かけている間、エドお兄様はお姉様に近付いたでしょう? 妙な事を言われなかった?」

「妙……と言われても」


 ライラが少し困った顔をしている。エド様はライラにも声を掛けていたの? ライラはジョージの事を愛しているのに、その邪魔なんてしに行ったの?


「それは聞き流してね。エドお兄様は長らく手をこまねいていて、助けてほしかったのよ」

「助ける?」

「お姉様はお兄様の心の中に入ったから、ナタリーお姉様の心も何とかして欲しかったのよ」


 サマンサが楽しそうに笑っている。だけど私には何を言いたいのかよくわからない。


「エドお兄様が不特定多数の女性に声を掛ける理由、私は知っていたの。ずっと黙っていてごめんなさい。理由は聞いた?」


 相変わらずサマンサの話はどこで繋がっているのかよくわからない。私は首を横に振る。


「エドお兄様は相思相愛になれる女性を探していたの。でも長らく見つからなくて、その相手がナタリー様だといつ気付いたのか、私も明確な時はわからないけれど」

「でも殿下はついこの前まで女性に声を掛けていたわ」


 最近は忙しくて声を掛けていないけれど、戦争が始まる前までは女性に声を掛けていたはず。


「そうね。ナタリーお姉様の身代わりを探していたのよ。でも途中で見つからないと判断して諦めた。そしてずっと悩んでいた」


 サマンサはそこで一呼吸入れるかのように紅茶を口に運んだ。


「ただ一言、愛しているから傍にしてほしいと言えばいいだけなのに、そう言うとナタリーお姉様を困らせると悩んでいたのよ。馬鹿でしょう? だけどナタリーお姉様にエドお兄様を責める資格はないわよ。これはお互い様なのだから」


 私は頷いた。私はずっとエド様と向かい合う事を避けていた。嫌われたくなくて、全てに知らないふりをしておけば傍にいられると思っていた。まさかエド様が自分の事を思っていてくれるなんて思わなかった。


「腹を括ってよかったでしょう?」


 サマンサがにっこりと微笑む。私は再び頷いた。


「でも大変なのはこれからよ。頑張ってね」

「丸く収まったのではないの?」


 サマンサの横でライラが不思議そうにしている。私もサマンサが何を言いたいのかわからない。


「エドお兄様は王太子として何の問題もないわ。年相応で肩書に負けない賢さもある。でも中身は幼いの。面倒だと思ってもずっと傍にいてね」


 サマンサとエド様は十一歳離れている。こんなに年下の異母妹に言われてしまうほど、エド様は何かしたのだろうか。それとも察しのいいサマンサが、エド様も気付いていない事に気付いているのだろうか。


「よくわからないけれど、殿下が離縁を言い出さない限り私はずっと傍に居るわ」


 私の言葉にサマンサの瞳の奥が光ったような気がした。


「よかった。これで安心出来るわ。内助の功は大切だと思うの。二人とも、どうしようもない兄達を宜しくね」


 どうしようもない? エド様は公務もしっかりこなされているし、今までも私に対してとても優しく接してくれた。私には勿体ないくらいの人だ。


 ライラはサマンサの言葉をあまり深く受け止めていない様子。私もここはさらっと受け流そう。もしかしたら私が暫く知らないふりをしようと思った事を指しているのかもしれないけれど、それはいずれ受け止めようと思っているから問題ないし。


 私は紅茶を口に運んだ。こうやってまた三人でお茶会が出来るのが嬉しい。この時間はこれからも大切にしていきたい。

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