義理姉妹のお茶会 その3
三回目の義理姉妹のお茶会もライラの部屋で行われた。サマンサは前回宣言したようにケーキを一台用意していた。
「こんなに大きいケーキを四人で食べられる?」
ライラは困ったようにケーキを見ていた。以前食べたケーキはこの一台を見るからに八等分されたものの一切れだった。正直私も四分の一を食べる自信がない。
「大丈夫よ。だから今日は早めに時間設定をしたでしょう?」
サマンサが微笑む。レヴィ王宮での食事は朝夕のみで昼はない。だからお茶会などで軽食をとるのが普通なのである。いつもと違い今日は十二時の約束だった。
「お姉様のおかげで食事も戻ったし、今日はそのお礼よ」
「それはウルリヒ殿下が頑張ったの。私は結局王妃殿下には会えていないのだから」
「王妃殿下は本当公務以外部屋から出てこないらしいし、部屋にも入れないらしいから。今は特に難しいかもしれないわね」
サマンサはエミリーが淹れた紅茶を飲み、エミリーの方を見た。
「エミリー。これは茶葉が違うわよね?」
「本日はガレス王家御用達、リデルの紅茶でございます」
「ガレス王家はこんなに美味しい紅茶を飲んでいるの? だけどお姉様は公爵家でしょう?」
「それは実家領地で栽培されたものなの。祖父が結婚祝いにと茶葉をわけてくれたのよ」
「そう。お姉様は宝飾品も素敵だし、王家より裕福な環境そうね」
「実際はそうかもしれないわね」
ライラは微笑んだ。私はあまり他国の事は知らないけれど、ライラを見ていれば自分よりいい生活をしてきた事くらいはわかる。この紅茶も今まで飲んだ中で一番美味しい。この前の紅茶が一番だと思ったのに、まだ上があったなんて。
「シェッドではガレスは小国扱いだったのだけれど、シェッドより裕福そう」
「当たり前よ。ガレスは元レヴィなのよ?」
「それでもレヴィほど裕福ではないわ。私の実家が裕福なのは一番レヴィに近い場所に領地があるからよ。レヴィから離れる程長閑な農村地帯が広がるの。レヴィの王都とガレスの王都では規模が違うわ」
エミリーはケーキを八等分し、一切れずつを皿に取り分けて配った。そしてライラの横に腰掛ける。
「そうね。ガレスの首都は以前のレヴィの三番目の都市らしいから。私は二番目のハリスンも行った事がないから、よくは知らないけれど」
サマンサはそう言いながらケーキを頬張ると、視線を私に向けた。
「ところでナタリー様、周囲はどのような感じなの?」
「どのような感じとは?」
「とぼけないでよ。戦争の情報が使用人まで広がった今、侍女に妙な動きが出てきたでしょう?」
シルヴィとデネブが戦争について詳しいわけがない。私に教養はないけれど、あの二人にもない。ましてやあの二人ならシェッドが勝つと思っているかもしれない。
「侍女二人は特に焦っていないわ。私以上に政治に興味がないもの。最近殿下が忙しくて相手をしてくれないと愚痴を零しているだけよ」
私は紅茶を口に運んだ。知らないものは答えられない。
「でも帝国からの連絡は侍女二人に行くのでしょう?」
「だから届いていないのではないの? どこで戦争を始めたのか知らないけれど、シェッドからここへ連絡を寄越すのに七日はかかるわ」
馬車ではなく早馬と山脈越えなら片道七日と聞いたけど、あの二人の様子からしてシェッドから連絡が入った様子は感じられない。
「ナタリー様は何だか余裕ね。エドお兄様と話し合った?」
「いいえ。殿下は本当にお忙しそうなので」
私はフォークを手に取りケーキを切ると口に運んだ。殿下はここ最近本当に忙しいようで女性に声もかけず、アリスに会いに来る事もなく仕事をしているようだ。そういえば昨日レスター卿が慌てた様子で訪ねてきたけれど、あれは私の所に連絡が来ていないかの確認だったのかしら? スティーヴンに言われていたからさらっと対応しておいたけど。
「でもレスター卿が慌てているのを見たら妙に冷静になってしまったの。私はシェッドがどうなろうと知らないわ。なるようにしかならないでしょうから」
「何故そんなに愛国心がないの? 私はレヴィとガレスが戦うのはもう嫌よ」
ライラが不思議そうに尋ねる。ライラはきっと愛国心を持って嫁いできたのだろうけれど、私にそのような気持ちはない。
「それはライラ様がガレスで幸せに暮らしていたからでしょう? 私はシェッドでの生活にいい思い出はないの。殿下に冷たくされても、レヴィにいる方がましなのよ。それにこうしてお茶会で仲良くしてくれるのが嬉しいし、楽しいから」
私ははにかんだ。サマンサは嬉しそうに軽く私の肩を叩く。
「もっと早くそう言いなさいよ。何故ずっと遠慮をしていたの」
「自分の意見を言うのは難しくて。シェッドでは黙っていろと言われていたから」
その時部屋をノックする音が響いた。エミリーが一礼して立ち上がると扉を開けて出ていき、暫くして戻ってきた。ライラに誰かが来たと言って了承を得ると、商人の恰好をした女性が入ってきた。その女性がライラに手紙を渡し、ライラはそれを読むと不満そうに女性を見つめてやり取りし始めた。どうやらこれから出かけるらしい。
商人の恰好をした女性が一礼をして部屋を出て行った後、サマンサはライラに説明を求めるような視線を送った。
「戦争、勝ったみたい。ごめんなさい、これから出かけないといけないからお茶会を十三時半で切り上げてもいい?」
「一体どこへ出かけるの?」
「それが場所が書かれていないのよ。ジョージは勝手すぎると思わない?」
ライラの言葉にサマンサが反応し、エミリーはライラに窘めるような視線を送った。私はその二人を見てライラがジョージを呼び捨てにしたのだと気付いた。
「あ、ごめんなさい。少し苛立ってしまって」
「気にしなくていいわよ。お兄様が様付嫌いな事は知っているわ。どうせなら私の事も呼び捨てでいいのよ?」
「いいの?」
「いいわよ。私も体裁なんてどうでもいいわ」
サマンサは微笑むとケーキを大きめに切って大口で頬張る。ライラも少し大きめに切って頬張る。大口で頬張るのはこのお茶会の作法なの? それより何故出かける必要があるのだろう? 私は圧倒的にこの二人より知識量が足りない。
「戦争が終わったのに出かけるとはどういう事なの? 戦勝報告をしに戻ってくるのを待つのではいけないの?」
「お兄様の事だから、見せつけたいのよ」
「見せつける?」
「ナタリー様のお兄様はお姉様の事を狙っていたのでしょう? だから俺の妻に二度と手を出すなと、きっと笑顔で見せつけたいのよ」
「ジョージがそのような事をするかしら?」
「賭けてもいいわ。お兄様は案外面倒なのよ。悪く思わず付き合ってくれたら嬉しいわ」
兄を嗾けるの? 面倒だから絶対にやめた方がいい。疲れるのはこっちだ。
「兄を怒らせるような事はしない方がいいと思うけど」
私が心配そうな声でそう言うと、サマンサは笑って返した。
「ルイ皇太子殿下がいかほどの人か私は知らないけど、お兄様より怖い人なんてそうそういないと思うわ。怒らせると本当に怖いのよ? あのいい人そうな顔をしながら、低い声で淡々と説教されるなんて本当に地獄。剣の腕もいいけど頭もいいから口論で言い負かせるのも、なかなか難易度が高いの。それでいて普段は軽く見られていても気にもしない。あの外見で皆騙されているだけ。本当に一番レヴィ王家の血を継いでいるのはエドお兄様でなくてお兄様の方よ」
「だけどジョージはエドワード殿下こそ王位を継ぐ器の持ち主だと」
「そうね。本気でそう思っているわね。だから赤鷲隊隊長なんてやっているのよ。でも王位は確かにエドお兄様の方が似合っていると思う。見た目も大切だから、その辺りはエドお兄様には勝てないわね」
サマンサは紅茶を口に運んだ。確かに見た目も大切だと思う。殿下は常に笑顔で何を考えているのか見えないけれど、ジョージはそうでもない。私に疑いの眼差しを向けられている事くらいはわかる。シェッドの血が流れている以上、仕方がないけれど。
「エドお兄様が王位を継ぐのは私も賛成なの。だからこそナタリー様に王妃になって欲しいと思っているのだから。お姉様には王妃と言う雰囲気がないし」
サマンサの無茶振り来た。どこからどう見ても気品があるのはライラの方なのに。
「そのような事はないわ。ライラ様は綺麗で、私より王妃らしく振舞えると思うわ」
「無理よ。お兄様に呼ばれて、これからまた乗馬で出かけるのでしょう? そのような女性はレヴィ王妃になれないわ。隊長夫人で丁度いいのよ」
「えぇ。私も隊長夫人で十分だわ。エミリー、ケーキをもう一切れ貰ってもいい? 今日どれだけ走るかわからないから、お腹を満たしておきたいの」
「かしこまりました。私の分もどうぞ。私は一切れで満足致しましたので。サマンサ殿下、本当に美味しいケーキをありがとうございます」
エミリーはサマンサに頭を下げるとライラの空になった皿にケーキを二切れ乗せた。ライラは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう」
「宜しければ私の分も――」
「ナタリー様は駄目。自分の分は食べて」
サマンサが被せ気味にきた。ケーキを二切れも食べるのは少し抵抗があるのに。
「でも私は出来たらあの二人のように太りたくないの」
「全然違うから。ナタリー様は別に太っていないから。むしろもう少し太った方がいいくらいだから。レヴィの将来を担っているという自覚を持って」
「将来だなんて、そのような――」
「さっき聞いたでしょう? 戦争はレヴィが勝ってシェッドが負けたの。いい加減腹を括りなさいよ」
腹を括る? 何に対して?
「外堀は埋まったわ。エドお兄様とどうしたいのかきちんと話し合って。どういう結果になっても私が話を聞いてあげる。何ならエドお兄様に文句も言ってあげる。だからとにかく本音で話し合うと約束をして」
私は力なく頷いた。戦争がレヴィ勝利で終わったのなら潮時だ。もうシェッド皇女として殿下の正妻でいる必要がない。これから楽しく定期的にお茶会が出来るかと思ったけれど、今日が最後かもしれないと思うと寂しい。
「折角仲良くなれると思ったのに。短い間だったけど楽しかった」
「勝手に終わらせないで。挨拶もなく王宮を去るなんて事をしたら、全力でナタリー様を探し出すからね? 私から逃げきれないのだから絶対にやめてよ?」
「ありがとう、サマンサ」
私は涙が零れそうになるのを必死に堪えた。そんな私をサマンサは抱きしめてくれたので、私も抱きしめ返した。こんなにいい義妹を持って私は幸せ者だ。ここを去る事になってもこの五年間はきっと一生忘れないと思う。




