結婚式と晩餐会
翌日。私はウェディングドレスを着せられていた。ドレスは純白ながらダイヤモンドがあちこちに縫い付けられていて素敵だ。一体誰の趣味なのだろう?
「まぁまぁ見られる格好になったんじゃない?」
デネブがソファーに腰掛けながら上から目線でそう言った。デネブは侍女であるはずだが私のドレスを着せたりはしない。イネスが昨日で事情を察して使用人を数人連れて来てドレスを着せてくれたのだ。連れて来てくれてほっとした。私一人ではこんな豪華なドレスをどうしていいかわからない。
「あの女が用意したらしいわよ。父上に直談判したらしいわ。娘のドレスだけ準備したいと。あまりにもしつこかったからこれだけ許可をしたみたい」
「へぇ。だからこんなに地味なの。まぁナタリーには丁度いいかもね」
私は笑顔を隠すのに必死になった。これは母が用意してくれたのだ。きっと父に冷たくあしらわれながらも何度も懇願してくれたのだろう。ダイヤモンドは母の地元の領地で取れる。きっと取り寄せてくれたのだ。全然地味ではない。むしろ私好みだ。
「ナタリー様。それでは式場へ移動しましょう。お二人はここで待機していて下さい」
「言われなくても行かないわよ。ナタリーの結婚式なんて興味ないし」
帝国語のやり取りなので他の使用人達はわからないだろう。それでもこの不可思議な空間に納得いっていない表情を皆浮かべている。私はそんな人達を気にせずイネスに案内されるがまま移動した。結婚式は王宮の隣にある教会で行われるらしい。レヴィ王国はシェッド帝国と違い国教はない。だから神に結婚を誓うものではないようだ。それでも教会があるのだから何らかの宗教はあるのだろう。しかし私は棄教する気がない。それを誰にも確認出来ずにいた。このまま女神マリーを崇めていてもいいのだろうか?
教会の扉の前に一人の男性が立っていた。彼はとても端正な顔立ちで微笑んでいる。金髪が風に靡いていて、まるで絵本の中に出てくる王子様みたい。
「お待たせして申し訳ございません、殿下」
「いや、女性の準備に時間がかかるのは誰でも同じだろうから気にしないで」
柔らかい声に私の胸は自然と高鳴った。目の前の男性こそ結婚相手であるエドワード王太子なのだ。こんなに素敵な人と結婚だなんて聞いていない。
イネスは一礼すると来た道を戻っていった。エドワードはこちらの瞳を真っ直ぐ捉えて微笑む。
「初めまして、エドワードです。レヴィ語で問題ないかな?」
「初めまして、ナタリーと申します。レヴィ語で大丈夫です。宜しくお願い致します」
エドワードは微笑むと私に腕を差し出した。そこにそっと手を添える。どうしよう、こんなに素敵な人とこれから結婚式など緊張しかない。そう言えば結婚式の進行を聞いていないけど大丈夫かしら?
そんな私の不安を汲み取ってか彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫。形式だけの結婚式。そんなに緊張しなくてもいいよ」
エドワードの言葉に私は現実を悟った。形式だけ。一瞬でも浮かれた私は愚か者だ。父と母も政略結婚でそこに愛はなかったではないか。何故今自分が幸せになれるかもしれないなどと思ったのだろう。きっと彼にも妾は何人もいて私は飾りなのだ。危なかった。
エドワードの言葉に対し頷きで答える。愛されようなどおこがましい事は思っていけない。せめて嫌われないように振る舞おう。王太子妃らしく、自分の与えられた役目を演じよう。素敵な部屋を用意して貰えただけでも十分と思わなければいけない。
結婚式はつつがなく終わった。誓いの口付けなどもなく、淡々と進行した。私は誰かの結婚式に出席した事がないのでこれが普通なのか異常なのかもわからない。結婚式終了後イネスに案内されるがまま自室へと戻った。まだ昨日着いたばかりなので案内がなければ部屋に戻れない。そもそも王宮が広すぎて全く覚えられる気がしない。
「夕食は晩餐会になりますので別のドレスに着替えましょう」
イネスは優しく微笑みながら衣裳部屋の扉を開けた。そしてその一角、私の服が用意されている箇所へと向かう。結局衣裳部屋は四割ずつシルヴィとデネブの服で埋まり、私の服が一割、余裕が一割残されていた。
「ナタリー様、どれが一番のお気に入りですか?」
「どれと言われても私の用意した物ではないのでわかりません。晩餐会でおかしくない物を選んで頂けないでしょうか?」
「あの御二方の趣味ですか。ウェディングドレスは素敵でしたのに、こちらはいまいちと思えるのはそういう事なのですね」
そう言いながらイネスは一着のドレスを選ぶ。それは深紅のドレスだった。
「正直もう少し色味の落ち着いた物が宜しいのですけれども、ない物は仕方がありません」
衣裳部屋にかかっているドレスは赤や黄色など派手な色ばかりだ。私も普段の修道服が紺色だったので暗い色の方が好きなのだが、考慮してくれるはずがない。イネスは丁寧にウェディングドレスを傷付けないよう脱がせると、深紅のドレスを着せてくれた。人に服を着せてもらうのは慣れなくてまだむず痒いが、きっと王太子妃というのはこういうものなのだろう。抵抗するのは悪いと思い私はされるがまま任せていた。
「ねぇ、イネス。私達もその晩餐会に出られるのよね?」
「まさか。王家の皆様にナタリー様を御紹介する晩餐会です。侍女は出席を認められません」
「私達だって皇太子の娘なのよ?」
「ここはレヴィ王宮です。レヴィでは愛妾の子供は庶子扱いになりますので御遠慮下さい」
「はぁ? 父が愛しているのは母だけよ。こんな愛されてもいない娘の方が優遇されるなんて馬鹿なの?」
頭が痛くなってきた。愛されていない事はわかっているが、それでも私は正当な皇太子妃の娘なのだ。しかもここは他国レヴィ。シェッドのおかしな風習を持ち込んで欲しくない。
「それでしたら国へ戻られてどこかの王家に嫁がれれば宜しいではありませんか。ここではナタリー様が王太子妃であり、お二人はただの侍女です」
イネスの口調は厳しい。私は心から彼女を応援した。私が言えない事をはっきりと言ってくれる彼女が頼もしい。
「あぁ、馬鹿馬鹿しい。早速父上に手紙を書きましょ、デネブ」
「そうね、そうしましょう、シルヴィ」
是非そうして欲しい。そして父がこの二人の願いを聞き入れてくれる事を切に願った。
イネスに連れられ私は晩餐会が開かれる広間へと向かって歩いていた。
「お兄様、今日だけは我慢して」
「嫌だ、俺は関係ないだろう? 結婚式には出たんだから隊に戻らせてくれ」
「エドお兄様に出席させてと言われているの。今夜だけお願い」
金髪の美少女と栗毛の体格のいい青年が言い争っていた。エドお兄様と言う事はこの二人はエドワードの弟と妹だろうか? しかし青年の方は王族には見えない。
「あの、私の事でしたら気にして頂かなくて結構ですから」
思わず声に出してしまった。青年の顔が本当に嫌そうで言わずにはいられなかった。私の声に気付いた二人が慌ててこちらを見る。多分顔を覚えていなくとも黒髪を見れば私がナタリーだとはわかるだろう。黒髪はシェッド帝国権力者の象徴。レヴィにはいないはず。
「もう、ほらお兄様。子供みたいな事を言っているから気を遣わせてしまったでしょう? それで将来赤鷲隊隊長になれると思っているの?」
「それは今関係ない」
仲のよさそうなやりとりが少し羨ましく感じた。私は兄とこのようなやり取りをした記憶がない。むしろ私が虐げられた原因は兄にある。
「ジョージ。観念して今日は晩餐会に出席して欲しい。一回くらいいいだろう?」
エドワードが奥から声を掛けた。私はとりあえず彼に一礼をする。ジョージと呼ばれた青年はつまらなさそうにため息を吐いた。
「わかったよ。チャールズ兄上は?」
「チャールズはまだ寝込んでいるそうだ。ウォーレンが先程報告に来た」
名前が一度に出てきて追いつかない。とりあえずエドワードに弟妹が少なくとも三人いる事だけはわかった。
「ナタリー様、ごめんなさい。どうしようもない兄達で。私はサマンサと申します。それと兄のジョージです」
「ナタリーです。宜しくお願い致します」
「ここで立ち話も何ですから広間へ行きましょう。お兄様、逃げようとしない」
サマンサに腕を掴まれジョージは渋々広間へと歩きだした。兄妹の力関係が変わっているなと思っていると、エドワードが優しく腕を差し出す。私は軽く頭を下げて手を添えた。こんな所で気を遣って貰えると先程の決心が揺らぐ。優しくされる事に慣れていないから、これだけで好意を抱いてしまいそうになる。
広間には大きなテーブルがあった。私はエドワードに勧められるがまま席に着く。彼はその横に腰掛けた。向かいにジョージとサマンサが座る。そして後から国王と王妃と思われる二人が入ってきた。席の数から言って今夜はこの六人での食事なのだろう。
全員が席に着くと給仕が前菜を全員の前に配り始めた。旅行中とも昨夕や今朝とも違い、とても綺麗に盛り付けられている料理に私は戸惑いを隠せなかった。一体これはどうやって食べるのが正しいのだろう?
「ようこそ、レヴィ王国へ。不慣れな事はあると思うが、徐々に慣れて行って欲しい」
突然国王と思われる男性に声を掛けられ私は頷く事しか出来なかった。父や祖父とは違い、優しい雰囲気を漂わせている。横にいる王妃と思われる女性は非常に不機嫌そうな表情だから余計にそう見えるのかもしれない。
「お父様、挨拶はいいでしょう? 早く食べましょうよ」
サマンサが笑顔でそう言った。やはり国王であっていた。勿論ここにいるのが国王でなければおかしいのだが。そうなると横の女性は王妃になる。三十代に見えるから、とてもエドワードを産んだとは思えないけれど。
私は必死に見様見真似で食事をとった。味は絶対に美味しかったと思うが、失敗しないように緊張し過ぎていて全く覚えていない。王族に見えないと思ったジョージでさえ綺麗に食事をしていたので本当に疲れた。出来ればもう晩餐会は遠慮したい。