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知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
本編

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義理姉妹のお茶会【後編】

「もう本当に面倒臭いわね。だからそれをエドお兄様に言いなさいよ。エドお兄様は決して冷酷ではないわ。ナタリー様の言い分も聞いてくれるわよ」

「殿下は私に優しい言葉なんてくれないもの。せいぜい好きにすればいいが関の山よ」

「好きにすればいいと言われるのなら、ここに居ればいいのでは?」


 ライラの明るい声に私は顔を上げ、涙を指で拭って彼女を見つめた。そんな図々しい発想は今までした事がない。


「出ていけと言われても帰る場所がないと言えばいいと思うわ。私はジョージ様に何を言われてもガレスに帰る気なんて一切ないわよ」

「でもそのような事を言ったら嫌われてしまうわ」

「それはつまり今は嫌われていないという事でしょう? それなら出ていけなんて、言われないのではないかしら」


 私はライラの思考が上手く理解出来なくて、ただ彼女を見つめていた。サマンサはその発想が面白かったのか笑った。


「本当にお姉様はいいわ。考え方が前向きな所はとても好感が持てるもの。お姉様となら心を開いて話せると思っていたのよ」


 サマンサはケーキを一口大に切ると大口を開けてそれを口に運んだ。ライラもそれを真似てケーキを頬張る。二人は目を見合わせて微笑む。これは何かの儀式? 私も同じ事をした方がいいの? でも大口は開けられないから小さく切ったら、横からライラが腕を掴んで大きめに切った。この大きさは口全開でないと入らないしどうしようと戸惑っているとサマンサが微笑んだ。


「いいじゃない、ナタリー様。行儀作法など忘れましょ。私はずっとナタリー様に心を開いて欲しかったの。このお茶会は心の探り合いをしないで楽しみたいのよ」


 私はサマンサとライラを交互に見た。そして少し大きめに切られたケーキをフォークで刺すとそれを頬張った。慣れない事をしたので少しむせるも口元を手で覆って一生懸命噛む。そんな私の姿を見てサマンサもライラも微笑む。私も自然と笑顔が零れた。


「頬張るなんて初めて」

「そうなの? 王族は大変なのね」


 ライラは微笑んだ。そんなライラにサマンサは呆れ顔をする。


「お姉様も公爵令嬢でしょう?」

「そうだけど、よく王都に出かけてパンを頬張っていたから」


 王都に出かけてパンを頬張る? 私は訝しげにライラを見た。サマンサも同じような顔をしている。


「王都とはガレスの王都?」

「そうよ。この王宮は勝手に出られないと聞いて残念なの。ジョージ様に少し見せて貰ったけど、美味しそうな物が沢山あったから」

「この前王宮を出た時に王都も見たの?」

「えぇ。ジョージ様の好きな焼き菓子を買ったの。市場のお店にあんなに焼き菓子が並んでいるのをガレスでは見た事がなくて。流石レヴィという感じで。帝都にも焼き菓子のお店なんてないわよね?」

「私は帝都を歩いた事がないの。馬車で通過するだけ。普通はそうではないの?」


 歩くも何も、嫁ぐ時と祝賀会の時の二回しか帝都を馬車で通過していないのだけれど、見栄を張ってしまった。この対応で問題ないか不安で私はサマンサを見る。


「普通はそうよ。私だって王都を歩いた事なんてないわ。晩餐会に呼ばれて馬車で出かけるだけ。ガレスはそのように自由な国なの?」

「ガレスと言うか私だけかもしれないわ。私は外交官をしていたから色々と出歩く事が多くて」

「外交官? どういう事?」


 私は訝しげな表情をライラに向けた。ライラは微笑む。


「外務大臣である父の仕事を手伝っていたの」

「それで兄がライラ様の事を知っていたの? 兄とライラ様の接点が私にはよくわからなかったのだけど」

「私は二年前に皇帝就任祝賀会に参加したの。ガレス王太子妃である妹の付き人として。その時に少しお話をする機会があったの」


 あの時、兄が嫁を紹介すると言っていたのはライラだったの? つまり振られて強引に誘拐しようとした? 知っていたけど兄は最低だわ。


「お姉様は帝国にも出かけているの? あ、だから帝都にお店がないと言ったのね」

「そう。その時は馬車から覗いただけだったのだけど、活気のあるお店はなくて。レヴィとは全然違うのよ。暗い雰囲気と言うか。ずっと曇り空だったからそれで暗く感じただけかもしれないけれど」

「シェッドはレヴィみたいに四季がないの。秋と冬だけと思って貰っていいわ。だから陽の射す時間も少なくて。この王宮に来た時の陽射しの明るさは今でも覚えている。庭も四季折々色々な表情を見せてくれるし、お料理も美味しいし。いえ、お料理は二年前から美味しくないのだけど」

「だからそこは不味いでいいのよ。あのような料理、塩か香辛料を振らないと食べられないわ」

「ちなみにその料理は王妃殿下の口には合っているの?」


 ライラは一体何を言い出したの? 公国の味なのだから口に合うのは当然だろう。


「王妃殿下も嫁がれて約二十年なのよね? 約十八年レヴィの食事だったのに、いくら故郷の味とはいえ普通は美味しい方を選ぶのではないかしら」

「確かに。王妃殿下がレヴィの味付けに文句を言ったという話は聞いた事がないわね」

「それなら何? 自分も我慢する陰湿ないじめとでも言いたいの?」


 私は眉を顰めた。侍女の争いだと深く考えていなかったけれど、そう言われれば確かにおかしい気がする。


「ガレスとは国交がなかったから公国がよくわからなくて。でも陛下も公国の味を認めているなら、何か意味があるのではないかと思えるの」

「それこそお姉様が聞いてきてよ。私は王妃殿下には会わせて貰えないの」

「でも私は舞踏会の時に睨まれてしまって。会って頂けるかどうか」


 ライラの問いにサマンサは笑う。


「王妃殿下の冷たい眼差し以外の表情を知っている者なんて、この王宮にそういないわ。私も知らないわよ。ただウルリヒお兄様に聞いたら、微笑んだりは出来る方らしいのだけど」

「私は侍女に仲良くするなと言われていたから、基本的に逃げているの。関わらなければいいかなと思って。結果侍女が好き勝手しているのだけれど」

「ナタリー様と侍女の関係性が私はよくわからないの。教えてくれない?」


 ライラの真っ直ぐな質問に私は思わず苦笑を浮かべた。この人は何て人だろう。聞き難い事をさらっと聞いてくるので、こちらも嫌な気分にはならない。


「シェッドは政教一致の国。一神教であり、一夫一妻制。母はシェッド北方で最も力を持つ伯爵家の出身。ローレンツ公国との争いが終わらないので、北方とは仲良くしておきたいというわかりやすい政略結婚よ。しかし、父には母が嫁ぐ前から愛妾がいて、その間に生まれた二人の娘が私の侍女二人なの」


 私の淡々と話した内容にライラは驚いていた。それはそうでしょうとも。誰もそんな状況は想定しないわよね。


「愛妾との子は庶子扱いだから、本来なら修道院に入るのが筋なの。でも父はそうさせなかった。信頼していない女の娘である私の監視役に二人を付けた。ただでさえ辛いのに、あんなに大きな態度を取っているのに誰も咎めない。それどころか殿下の寵愛さえ……」


 そこまで言って私は俯いた。侍女二人と殿下の関係を今ここで暴露しても仕方がない。殿下は私には触れないけれど、シルヴィとデネブには定期的に会っているのならそういう事だ。私はあくまでも政略結婚の相手で、仮面夫婦が出来ればそれでいいのだ。


「ナタリー様はどうしたいの? 一度きりの人生を楽しまないの?」


 まともに話したのは今日が初めてなのに、ライラはずかずか入ってき過ぎではないかしら。私は顔を上げてライラを睨んだ。


「ライラ様に私の何がわかるの? 生きているのが辛くても、侍女達が見張っているから死ぬ事も出来ない人生だったの。今はアリスがいるから死ぬなんて考えは捨てたけど。私にはアリスだけなの。アリスだけはきっと裏切らない……」


 私は顔を両手で覆って俯いた。ライラはきっと幸せな家庭で育ったのだろう。ただ政略結婚の為に生かされていたとか、殿下が自殺は困るというから生きていたとか、そういう惨めな私の人生などわからないような人なのだ。だからきっとジョージと上手くいったのであって、私が殿下と上手くいかないのは私のせい。改めて実感すると泣けてきそう。


「わかったわ。ナタリー様の為にも王妃殿下と接触が出来るか探ってみる」

「ありがとう、お姉様。私も出来る限りの協力はするから宜しくね」

「それならこうやって定期的にお茶会を催したいわ。私達が仲良くする事で、王妃殿下に動きが出るかもしれないし」

「そうね。私とナタリー様だけでは何の反応もなかったけど、お姉様もこちら側と思えば、王妃殿下は孤立した気分になるでしょうし」


 今まで美味しいお茶菓子持ってきてくれたのはレヴィの食事に戻す為だったの? それならつまらない私とお茶会している理由もわかる。けれど戦争の話とは噛みあわないような?


「だけど先程の戦争の話、ローレンツ公国に有利な状況になるのよね? 王妃殿下が強気になる可能性もあるのではないの?」

「それは大丈夫だと思う。ジョージ様はレヴィが一番になるように考え行動する方。エドワード殿下もそうではないの?」

「そうだとは思うけど、殿下は私とあまり話して下さらないからわからないわ」


 私は目を伏せた。あまりではなく全く話してくれない。殿下が何を考えて公務をされているかなどわからない。

 そんな私の様子を見てサマンサがため息を吐いた。


「エドお兄様に遠慮をし過ぎるの、そろそろやめたら? お姉様みたいに何でも口にするからお兄様も折れた訳で」


 それはライラが言えば上手くいくかもしれないけど、私では上手くいかない。


「お兄様、本当に今まで女性に興味なんて持っていなかったのよ。何を考えているのかわからず信用し難いと。でもお姉様は賢そうな雰囲気があるのに素直な感じもして、隠し事をしている感じがしないのが、この王宮ではとても新鮮で魅力的」

「私は隠し事が出来る方だと思うのだけど、そこまで顔に出やすいかしら?」

「多分お姉様は本能的に相手を見ているのよ。素で話していい人か、表面上だけの付き合いの人か。私とナタリー様に対しては素を晒していいと判断して今の態度でしょう?」


 サマンサの分析を聞いて納得してしまった。私はそういう判断が出来ないから駄目なのだ。誰にも心を開けない。今サマンサとライラには抉じ開けられてしまったけれど。


「凄いわね。私はそういう駆け引きは駄目なの。相手に深入りしなければ自分も傷付かない。それ以上の事は怖くて……」

「急に性格は変えられないわよね。だからエドお兄様の件は一旦置いておきましょう。私は王宮の食事が美味しくなる事の方が重要だから」


 サマンサの言葉にライラが笑うので私も困ったように笑った。サマンサのこういう所は嫌いじゃない。


「お茶会初日にしては有意義だったわ。ナタリー様、お姉様、これからも宜しくね」


 サマンサがにっこりと微笑むので私もつられて微笑んだ。

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