義理姉妹のお茶会【中編】
「知っているわよ。私が何の為に五年も我慢をしていると思っているの。殿下に嫌われないようにずっと我慢をしているの。もうほっといてよ」
耐えられなかった。サマンサは本当に可愛くて、実の妹のように思っているけれど言っていい事と悪い事がある。この妙な雰囲気を作っているのはシルヴィとデネブで、殿下はそれを容認している。それがどれだけ悔しいかなんてサマンサにわかるはずがない。
だけどサマンサはにこっと微笑んで私の言葉を受け止めた。
「我慢をするからいけないのよ。エドお兄様は寂しがり屋なのに疑り深い人で、今一生懸命なの。素直ではないからわかり難いけれど、アリス姫の溺愛具合を見たら何か感じるものがあるでしょう?」
殿下が寂しがり屋? そんな風に感じた事はない。サマンサは私達三人がいる所を見た事がないから知らないのだ。私は首を横に振ってサマンサの言葉を否定する。
「アリスにだけ優しいの。私の事なんて別に……。今日のお茶会の趣旨は一体何なの。殿下もサマンサ様もいつもはぐらかすような話し方ばかりするから、もう本当に辛くて。シェッドがよくないのはわかるけど、私はあの国に帰りたいなんて最初から思っていない。それなのに五年半努力しても未だにシェッドの人間としか見られないし、勝手に王妃殿下を嫌っている事にされているし、もう嫌」
私は両手で顔を覆った。きっと今酷い顔をしている。こんな顔は晒せない。
「お姉様、ナタリー様を助けたいとは思わない? 夫婦問題は別にして、王妃殿下との話は間にお姉様が入ると上手くいくと思うのよ」
「私に何が出来るのでしょう?」
「お姉様も口調を崩して。今日は上辺だけのお茶会ではないの。お兄様達が帝国と戦っている今、私達は王宮で戦う為の作戦会議をここでするのよ」
サマンサの言葉で今自分の発した言葉が崩れていた事に気付いた。心の中では崩れていても声に出す時はいつも気を付けていたのに。私は恐る恐る手を下ろしてサマンサを見たけれど、怒っている雰囲気がなくてほっとした。ところで帝国と戦っているとは何の話? シェッドが何かしたの?
「さっきも言ったけど、私は将来嫁ぐから正直どうでもいいの。でもお兄様達の事が不安で。特にエドお兄様とナタリー様の事は本当に心配しているの。お姉様の方は心配していないわ。お兄様の態度でそれはわかるから」
「態度と言われても、私にはよくわからなくて」
「お兄様は好きでもない女性の手など握らないわよ。ずっと手を繋いでいたのでしょう? カイルから軍団基地の時の話は聞いているのよ。朝から晩まで毎日一緒だったと」
朝から晩まで一緒? 私は嫁いできてほぼ顔を合せなかったのに?
「まだ嫁いで一ヶ月くらいでしょう? それなのにもう愛し合っていると言うの?」
私は不満そうな表情でライラを見た。彼女は頬を少し赤らめる。
「とても優しくて素敵な方なので、あっという間に心を奪われてしまったの」
「たった一ヶ月で? どうやって?」
私はライラの腕を掴んだ。同じ政略結婚のはずなのに何故こんなにも違うの? 一体何をどうしたら私も殿下に愛して貰えるの?
「ナタリー様落ち着いて。それはエドお兄様とお兄様の性格の違いなの。ナタリー様とお姉様も性格は違うのだから、同じようになるはずがないわ」
サマンサの言葉で我に返り、私はライラの腕を離すと俯いた。
「私もすぐ殿下に心を奪われたのよ。だけど殿下は私なんて見てくれない。シェッドがある限り、つまり一生殿下は私を受け入れてくれないのよ」
私の存在が殿下の命を脅かす以上、受け入れて貰える事はない。レヴィとガレスは休戦協定だから仲良くするのが自然で上手くいったのだろうか? それなら同じ政略結婚ではない。
「今回の戦争の意味、ナタリー様はエドワード殿下から伺っている?」
「サマンサ様もライラ様も先程から戦争と言うけど、何の話?」
私は怪訝そうに聞き返した。シェッドが食糧難で公国を攻めている話は聞いたけれど、それの事だろうか? しかしその戦争ならレヴィは関係ないはずだ。
「いやだ、エドお兄様はそこから説明をしていないの? もう何故全部黙ってやろうとするのかしら。本当にどうしようもない人」
サマンサが呆れたような表情を浮かべている。隣のライラは私を見た。
「今朝、ジョージ様が国境へ向けて出立したわ。シェッド帝国がローレンツ公国を蹂躙し、レヴィ国境まで迫ってきたから戦争になると」
私は首を横に小さく数度振った。何も聞いていない。確かに最近殿下はお忙しそうだったけれど、私は何も知らない。
「議会を通さず勝手に決めたと、今議会は大荒れよ。ナタリー様は本当に知らないの?」
「議会を通さず? ガレスとの休戦でさえ議会で何ヶ月とかかったと言うのに?」
「えぇ。今回は緊急を要すると親子三人で決めたそうよ。そしてそのきっかけを作ったのがお姉様なのでしょう? よくあのお兄様を動かしたわよね」
「私はただ向き合った方がいいと言っただけで」
「それでも十分よ。エドお兄様はずっとお兄様を帝国との戦いに向けさせたくて、水面下で色々策を練っていたの。最後の仕上げをお姉様に持っていかれて少し悔しいみたいよ」
殿下がシェッドと戦いたがっていた? そんな様子、私は一切感じなかった。だけどシェッドと戦いたいという事は、私との政略結婚を終わらせたいという事なのだろう。
「ナタリー様は本当に知らないの? 母国からの情報もあったでしょう?」
「私はシェッドの情報など持ってないわ。父や兄が何か言うのは侍女にで、私は昔から信頼されていないの」
「それなら舞踏会の時、あれは忠告だったの?」
ライラの言葉に私は思わず微笑んだ。あの忠告は届いていたのか。
「そう、北方言語がわかるの。外出されたからどうなのかと思ったけど」
「あれだけでは何を意味しているのかわからなくて」
確かに言葉が足りなかった。しかし他国語でも誘拐という言葉を舞踏会で発するのは気が引けて、あれが私の精一杯だったのだ。
「偶然聞いてしまったの。侍女が誘拐計画を立てているのを。兄がライラ様を気に入ったらしいけど、私は兄を幸せにしたくなかった。私の人生が狂ったのは兄のせいなのに、兄だけ幸せになるなんて許せなかった」
兄は私を騙した。祖父に怒られないよう嘘を吐いて私を悪者にした。だから私は地下室に入れられて、まるで存在を消されたように扱われたのだ。その兄が幸せを手にするのは嫌だった。
「でも帝国語だと殿下に聞かれてしまう。だから北方言語にしたの。伝わるかはわからなかったけど、黙ってもいられなくて」
「ちょっと何? 私がお茶会をしなくても実は二人仲が良かったの?」
サマンサがやり取りに不機嫌そうに割って入ってきた。さっきは思わずサマンサに怒りを感じてしまったけど間違っていた。サマンサがいなければライラと話は出来なかった。
「いいえ。サマンサ様のおかげよ。私だけでは侍女をまいてライラ様に会う事は難しいから。私が妙な行動をすれば、侍女を通して父や兄に伝わってしまうし」
「あの太った侍女二人でしょう? 私は追放したくて仕方がないのに、エドお兄様が駄目だと言うから我慢しているのよ。エドお兄様はたまに命令が面倒なのよね」
「でも戦争が終わったら追放すると聞いたわ」
シルヴィとデネブを追放? 殿下の寵愛を受けているのにそんな事が出来るのだろうか?
私がライラを見ると彼女は微笑んだ。
「ジョージ様は戦争などしたくなかったの。でも帝国との曖昧な関係を清算する為に決心したの。それはレヴィの未来の為、そしてエドワード殿下の為でもあるのよ」
「お兄様の事だから自分の為でもあるわよ、ね?」
サマンサに笑いかけられ、ライラははにかんだ。ジョージもシェッドが何か邪魔でもしていたのだろうか?
「戦争はレヴィが勝つの?」
私は思わず尋ねた。もしレヴィが勝つならそれでいい。そうすれば殿下は幸せになれる。もう何にも縛られなくて済む。
「お兄様は負け戦などしないわ。言ったでしょう? あの人は根っからの軍人なの。今から帝国に何か言ってももう遅いわよ。お兄様の事ですもの、根回しは終わっているわ」
「私はシェッドに対して愛国心を持ち合わせていないから、レヴィが勝つならそれでいい。ただ、その場合私はここに居てもいいのかしら」
「それはエドお兄様と直接交渉をして。アリス姫は絶対に手放さないでしょうけど」
サマンサの冷めた言い方に私は視線を伏せた。確かに殿下はアリスを手放さないと思う。だけどアリスを残してここを去った後、どのように生きていけばいいのかわからない。
「アリスを置いて出ていけなんて言われたら、私はもう生きていけないわ。あの子だけが私の生きる希望なのに、そんな……」
私は顔を両手で覆った。駄目だ、ここは泣く場所ではない。この二人は私とは違う環境で育っている。私の不安など理解してもらえないのだから。




