サマンサとのお茶会
サマンサが私の部屋に訪ねてきた。
「アッシャー伯から美味しいケーキを頂いたので、是非ナタリー様とご一緒にと思いまして」
サマンサが連れてきた侍女が、手際よく紅茶を淹れてケーキの横に置く。
「いつもお気遣いありがとうございます」
「いえ。貴女達は下がって。ナタリー様とお茶を楽しみたいの」
サマンサの言葉にサマンサの連れてきた侍女は部屋を後にする。その後でシルヴィ、デネブ、イネスも部屋を出ていく。この王宮では王族の命令は絶対だ。たとえシルヴィとデネブでもサマンサには逆らえない。私はイネスはいてもいいと思うのだけれど、サマンサはイネスもシェッド人と思っているのか必ず全員を追い出す。
「このケーキ、美味しいと評判なのですよ」
「本当にいつもありがとうございます」
三年でサマンサの帝国語はほぼ完璧になっていた事もあり、妊娠をきっかけに帝国語を教える時間は終了した。それでも出産後、たまにこうしてお茶菓子を持って遊びに来てくれる。私はお茶菓子を入手出来る手段がないので、この時間は密かな楽しみだ。
「ナタリー様、乗馬は出来ますか?」
サマンサの問いは突然で意味がわからない。シェッドにいた時は乗れなかった。それでもスティーヴンが乗馬は嗜みの一つだと言って習わせてくれたので一応乗れるようにはなった。
「えぇ。趣味程度には。急に何の話でしょう?」
「いえ、私も趣味としては乗れるのですが、何日も走るのは耐えられないと思いまして」
サマンサが何を言いたいのかわからず首を傾げる。
「軍人か商人でもない限り、何日も乗馬などしないものではないのですか?」
「それが、どうやらライラ様は乗馬で王宮の外に出られたらしくて」
「乗馬で?」
信じられなくてサマンサに聞き返した。乗馬が上手くないからかもしれないけれど、私は何日も乗馬なんて出来ない。そもそも移動なら馬車を使うのが普通だ。
「ライラ様の侍女がそう言うのですよ。確かに王宮の馬車は残っていますし、お兄様は馬車をお持ちでないし、本当にご自分で馬を駆っていったと思うのですが、そのような事が出来る人には見えなくて」
「ライラ様はお綺麗でしたよね。身に着けている物も素敵で、大切に育てられたお嬢様という感じで。趣味で乗馬が出来ても不思議ではありませんけれど、長距離移動は難しいのではありませんか?」
「しかも侍女を置いていっているのです。ナタリー様ならエドお兄様とお二人で旅行へ出かけるなんて考えられますか?」
「殿下は私と二人でなんて出かけてくれませんよ」
殿下が私と二人で出かけたいなんて思うはずがない。そもそも殿下と二人きりでは何を話せばいいのかわからないから困る。困惑を誤魔化すように私はケーキを口に運んだ。サマンサが持ってくるお菓子はいつも美味しい。
「エドお兄様の側近達とナタリー様の侍女、どちらも置いていくのは至難の業ですよね」
「万が一それが叶ったとしても、殿下は公務に休みがありませんから。ジョージ様はご自由で羨ましいです」
ジョージは王宮にほぼいないので、私には彼が何をしているのかはわからない。私は殿下の公務でさえ把握出来ていないけれど。
「お兄様も本当は忙しいはずなのですけどね。王宮にいないのでわかり難いだけで」
「私も数回しかお会いした事がないのでよく知らないのですよ。サマンサ様のお兄様なのですから、きっと素敵な人なのでしょうけれど」
私の言葉にサマンサが笑う。
「お兄様に素敵なんて言葉は似合いません。あの人は根っからの軍人ですよ」
「そうなのですか? しかし殿下とはいつも楽しそうにお話していますけれど」
「それはエドお兄様が優しいからです。それにこの王宮で暮らすには色々ありますから」
サマンサはそう言いながらケーキを口に運ぶ。そして満足そうな表情を浮かべた。
「ナタリー様、私はそろそろ公国の味付けに飽きてきたのですけれど、どうにかなりませんか?」
「サマンサ様は単刀直入ですね」
サマンサが現状の食事に不満を持っているというのは知っている。しかしシェッドの食事よりは美味しいので、確かに今までよりは劣るけれど私にとっては大した問題ではない。
「レヴィは大陸一の美食国家だと私は思っているのです。公国の味付けは微妙すぎて、お父様には何度か申し上げたのですけれど、公国の味付けも十分美味しいと仰るので、馬鹿舌を引っこ抜いてやろうかと思いましたよ」
「まぁ物騒な。実の親子でもそれは言い過ぎではありませんか?」
サマンサは可愛い顔をして、さらっとこういう事を言う。我儘王女ではないけれど、結構自由だ。
「王妃殿下に直接文句を言おうにもお父様が会わせてくれませんし、ナタリー様以外に言う所がなくて」
「ごめんなさい。私も味付けはレヴィの方が好きなのですけれど、私がどうこう出来る問題でもないのです」
「侍女ね。侍女達が許さないのですね?」
サマンサの問いに私は困惑するだけ。シルヴィとデネブが絡んでいるだろうとは思っているけれど、正直私に打てる手はない。
「ごめんなさい。本当はわかっているのです。ナタリー様が一番困っているという事は」
「こちらこそごめんなさい。私に力がないばかりに迷惑をかけてしまって」
「いえ、それでライラ様がお戻りになったら、一度三人でお茶でもしませんか?」
「今の話、最初の話と繋がりがあったのですか?」
サマンサの話はころころ変わるから大変だ。今は慣れたからいいけれど昔は苦労した。
「脈絡のない話し方でごめんなさい。お兄様に乗馬でついていくような変わった姫なら、現状を打開してくれると思いませんか? お兄様、ライラ様を気に入っているようなのです。あのお兄様が気に入る女性という事は、間違いなくただの姫ではないはずなのです」
「そうなのですか? 綺麗な姫という印象でしたけれども」
「お兄様はただの姫を一緒に連れて行くような人ではありません。お兄様は常に国の事を考えて行動しています。きっとライラ様はレヴィにとって必要な人だと判断したのだと思うのです」
サマンサは殿下と仲が良いけれど信頼度はジョージの方が上のように感じる。やはり異母か同母かで違うのだろうか? 私はどちらも信用出来ないけれど。
「サマンサ様はライラ様に何をお望みなのですか?」
「私はレヴィの味付けの食事をしたいだけですよ。赤鷲隊隊長夫人であるライラ様なら、王妃殿下と話す事は私達より容易なはずです」
「どういう事でしょう?」
「無理にはお勧め致しません。私もいずれはどこかへ嫁ぐ身。暫く我慢をすればいいだけです。しかしナタリー様は現状のままで本当に宜しいのですか? この息の詰まるような王宮で一生暮らすおつもりですか?」
殿下もそうだけれどサマンサも人の質問をかわす。自分にとって不都合な事は答えない。ライラが王妃と容易に話せるというのは何か理由があるのだろうが、それを教えてはくれないらしい。現状のままでいいのかと問われればいいとは思っていないけれど、一生ここで暮らせる保証もない。私は返事に困ったが、すぐに笑顔を浮かべた。サマンサの狙いはわからないけれどライラとは話してみたい。
「お茶だけでよければいいですよ」
「本当ですか? きっと楽しいですよ。ライラ様はもうガレスの姫ではありませんから」
「どういう意味でしょう?」
「ライラ様はガレスとの繋がりをレヴィに持ち込んでいないそうです。母国との関係を完全に断ち切るのはなかなか難しいのに、本当に変わっていますよね」
「そのような事がわかるものでしょうか?」
「えぇ。ナタリー様も五年もここにいらっしゃるのですから、この王宮がどのような所かおわかりでしょう?」
サマンサは含みのある笑顔を私に向けた。もしかして私が帝国と繋がっていると思っているのだろうか? 私は繋がっていないけれど、侍女二人が繋がっているのでそう見えても仕方がない。
「この王宮はわからない事だらけですよ」
「そうですか? この王宮は居心地が悪い、それだけですよ」
サマンサは笑いながらケーキを口に運んだ。私にとって一番わからないのはサマンサだ。会話をしてもつまらないだろう私と、こうしてお茶を飲んでくれるのも不思議だ。しかしサマンサは誘拐の事を知らないのだろうか? 尋ねようにも殿下が絡む話なので迂闊には言えない。王家の人々はどこまで繋がっていて何を考えているのか、私には全くわからない。それに私は居心地が悪くないのだけど、サマンサには何か不満があるのだろうか?




