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知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
本編

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23/50

王太子の独り言

 少し休憩をしてくると言えば、スティーヴンとリアンは何も言わずに私を休憩に行かせてくれる。私は庭ではなく王宮内のある部屋の前で足を止めた。扉の前に控えていた従者が部屋の中の主に声を掛ける。


「グレン様。殿下がいらっしゃいました」


 室内からあぁと声が聞こえ、従者が頭を下げてから扉を開けた。私は部屋に足を踏み入れた。いつも煙草臭いが今日は更に違う臭いもする。煙草をくわえたまま机の上の書類から視線を離さないグレンを横目に、私は室内にあるソファーに腰掛けた。


「グレン。煙草も酒もほどほどにしておけ」

「仕事に支障はないはずです」


 相変わらずグレンはこちらを見ない。私が何を言いに来たのかわかっているのかもしれないが、私も言わずには帰れない。


「一時期の仕事における簡単な誤りが最近は収まった。だが薬物はやめておけ」

「そのような根も葉もない事を仰らないで下さい」


 やっと顔を上げたグレンの表情は暗い。色々な重圧があって大変なのは知っているがそれにしても目に生気がないし、元々細身ではあったが頬が少しこけている。まだナタリーを特に意識していなかった頃、彼女が大聖堂に赴く時は絶対にグレンだけは同行させないでおこうと思っていたが、それは間違っていなかった。このグレンでは馬車の中で何をするか本気でわからない。


「グレンがそう言うならもう言わないが、私は別にスティーヴンやリアンとグレンを差別する気はない。煙草と酒の臭いさえしなければ、昔みたいに一緒に仕事をした方が効率いいと思っているよ」


 グレンは少し困惑したような表情をした後、くわえていた煙草を手に取ると灰皿に強く押し付けて火を消した。


「今更ですよ」

「そうか。邪魔をして悪かったな。今任せている仕事は明日の夕方までに頼む」


 私はソファーから立ち上がり扉へと足を向けると、背後で再び煙草に火をつけた音がした。わざと足音を立てて扉に近付けば従者が扉を開ける。私はそのまま部屋を出ると自室へと向かった。


 グレンとの付き合い方はどこで間違えただろう? 最初に煙草を吸い始めた時に力強く制止しておくべきだっただろうか? レヴィ王家にある五公爵家のうち、三公爵家の跡取りが私の側近として仕えている。シェッド帝国派のスティーヴン・レスター、ローレンツ公国派のリアン・スミス、他国には頼らないグレン・ハリスン。だがスティーヴンとリアンは対外的には実父に従っているように振る舞っているが、内面的には実父とは考えを異にしていて、帝国も公国も関わらないレヴィのみで国を盛り立てていきたいという私の考えに同調している。現宰相の孫グレンは祖父の考えのまま私に仕えればいいという一番楽な位置に居たにもかかわらず道を踏み外した。幼き頃は一番優秀だった彼が、成長するにつれスティーヴンとリアンに敵わなくなってきた辺りからおかしくなった。あの二人は実父を欺いているから色々な方面に気を遣い結果優秀になっただけで、グレンはそのままでも真面目な事務官としては優秀だった。むしろ仕事以外の事をあれこれ言わないだけ気が楽でもあった。それが気付けばここまで溝は深まり、もう取り返しがつかない。


 私は自室へと入ると窓へと近付いた。この時間はナタリーがアリスと共に庭を散歩しているはずだ。すぐに二人を見つけじっと見つめる。ナタリーとの間に出来てしまった溝はまだ取り返しがつくだろうか?


 アリスを介して徐々に距離を詰めていきたいという私の考えは彼女には響いていない。アリスに近付くと抱かせてはくれるが、私と一緒に居たくないのか彼女は離れてしまう。アリスにはあんなに笑顔を見せているのに、私の前だと愛想笑いしかしない。急に女性に声を掛けるのをやめるのも不自然かと思って続けているのもよくないのかもしれない。本当はもうわかっている。どの女性を見ても少しの興味もわかないけれど、寝室で眠っている彼女に触れたいとはずっと思っている。彼女が父親や侍女の手前、寝室で寝るしか選択肢がない事はわかっているから触れないけれど。女性に声を掛ける事はやめて下さいと言ってくれたらすぐやめるのに全く言ってくれないし、やはり私の事など好きではないのだろう。アリスに向けるあの笑顔をもっと間近で見たいけれど、会いに行けばまた離れてしまうのだろうし、望遠鏡でも手配しようか。逆に虚しくなるからやめておくべきか。


 ナタリーとアリスが私の部屋の窓から見える範囲の外へ移動してしまったので、私も窓際から机へと移動し、椅子に腰掛けて引出しから書類を取り出す。ナタリーの兄ルイ皇太子殿下の調査書、ジョージの政略結婚相手ガレスの姫君の調査書、レスター卿の調査書、帝国派対公国派の現在の王宮内の派閥についての報告書。私は王太子としてこの国を守る為、そして愛おしい女性を自由にする為、特にこの二年裏で忙しくしていた。人の苦労も知らずに父が公務を振ってくるのが鬱陶しくて仕方がなかったが、王位継承権第一位の私の立場を強化する為だろうから、反論はせずに受け入れた。私の女性関係をよく思っていない人達がいるのはわかっているけれど、今は女性をこの部屋に誘っても一緒にお茶を飲んで終わりだし、女性のある事ない事を言う噂話はたまに拾い物があるから馬鹿には出来ない。ナタリーの話も聞けるし。


 ここまでの道のりは長かったが終わりは見えてきた。元々最初から長く続ける気のなかった政略結婚だが、まさか自分が心変わりをするとは思っていなかった。あんなにレヴィを狙っているシェッド帝国の皇女が、全く何も望んでいないのが衝撃的だったというのはある。私に何も求めない。この五年で頼まれた事は母親へのお土産と出産だけではないだろうか? 女児を出産した事で彼女の心労は多少薄れただろう。だがそれでもシェッド帝国が存在する限り彼女は私に心を許す事はない。だからこそレヴィとシェッドの関係を清算する。その準備はほぼ終わった。あとは赤鷲隊隊長であるジョージの心を動かす事と、帝国を(そそのか)せて国境を侵してもらうだけ。そしてレヴィが勝ち、彼女を帝国から完全に切り離して自由にする。


 ナタリーは実家との縁が切れて自由を手にしたら何をしたいと言うだろう? 私がアリスを溺愛している事はわかっているはずだ。私がアリスを手放さない限り彼女もここにいてくれるという打算が、どう転ぶのか正直見えない。本当は彼女からここにいたいという言葉を引き出したいが、顔も見たくないから出ていきたいと言われたらどうしよう。いや、彼女は人を傷付けるような言葉は選ばない。帝国人としてレヴィにはいられないとかそういう事を言うに決まっている。どうにかして彼女の気持ちを揺さぶる言葉を考えなければ。それと同時に彼女がどうしても私を受け入れられないと言った時は、紳士的に見送る心の準備もしなければ。しかしアリスを連れて出ていくと言われたら仕事に集中出来なくなりそうだ。いっそ自由などないと言って彼女を一生王宮に囲ってしまおうか? いや、彼女を無理矢理抱いて跡継ぎを産ませるのは虐げているのと一緒だから、彼女にそのような事はしたくない。あぁ、印象最悪から持ち直す方法を知りたい。


 私は書類に目を通す気をなくし、整えて引出しにしまった。サマンサがお節介でナタリーに上手く言ってくれたりしないだろうか? 自分では上手く言える自信がわかない。

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