相変わらずの異母姉達
馬車から見えるレヴィ王国の景色は素晴らしかった。シルヴィやデネブと会話する事もないのでずっと外を眺めていたのだが、シェッド帝国内は帝都を出た後は殺風景だったのに、馬車が山脈を越えられない為迂回をしてレヴィ王国に入った瞬間から雰囲気が変わった。まず街道が綺麗に舗装されている。ずっと揺れていて少し気持ち悪いと思っていた馬車の揺れ方が緩やかになった。宿泊先のベッドも質が良くなったし、何より食事が美味しい。皇宮ではすえたパンと具材のないスープしか飲んだ事がなかったけれど、ここでは違う。きちんと各宿屋で手配がされていた。量が足りないとシルヴィとデネブに半分ほど奪われたけれど、それでも美味しい食事は私の心を幾分か軽くした。
何日旅をしたのか、正直数えていなかったのでわからない。それでも無事、私達を乗せた馬車はレヴィ王国の王都に到着した。これから暮らすレヴィ王宮は高い壁に守られている。ここに入ればまた出られないのだろうが、それでも馬車から見える青空は曇り空のシェッドより気持ちがいい。空が見える部屋ならそこで軟禁状態でも耐えられそうな気さえした。
「長旅お疲れ様です。私はエドワード殿下に仕えますスティーヴン・レスターと申します。これからナタリー様のお部屋へとご案内させて頂きます」
スティーヴンと名乗った男は頭を下げた。頭を下げられる事に慣れていない私はどうしていいかわからず、頷くのが精一杯だった。後ろでシルヴィとデネブが線の細い優男ねと勝手に批判しているが、出来たら黙っていて欲しい。お願いだからシェッドの恥だけは晒さないで。
スティーヴンに案内された部屋は王宮二階にある一室だった。部屋には大きな窓があり、光が部屋全体に届いていた。しかも調度品がどれも素晴らしい。明らかに新しく整えられていた。
「私のような者にこのような素敵な部屋を御用意して頂けるのですか?」
あまりの驚きについ帝国語を口走ってしまい私は慌てて口を押さえた。スティーヴンは微笑んでいる。
「私は帝国語が得意ではないのですが、殿下は話せますのでご安心下さい」
「いえ、レヴィ語は話せます。ごめんなさい。以後気を付けます」
「私は殿下に仕える者。敬語は御遠慮願いたく存じ上げます」
私の言葉を聞いてスティーヴンは言葉をレヴィ語に切り替えた。
「これは口癖なのです。正さないといけないのでしょうか?」
「それは殿下にお尋ね下さい。私がナタリー様に意見する事は憚られますので」
私はむず痒かった。シェッドでは誰も私を皇女として扱わなかったのに、ここでは私を皇女として扱ってくれるのだ。流石は大国レヴィ王国。余裕がある。
「ただ、殿下とは明日の結婚式まで会えないしきたりになっておりますので、その後にお尋ね頂ければと思います。それと一人ご紹介させて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「えぇ」
スティーヴンは頷くと扉を開けた。そこから一人の小柄な女性が入ってきた。
「これからナタリー様の侍女を務めさせて頂きます、イネスと申します。何なりとお申し付け下さいませ」
「彼女は帝国語とレヴィ語どちらも話せます。王宮内の事にも通じておりますので何かお困りの事があれば彼女にお尋ね下さい」
「ありがとうございます。多大なるご配慮痛み入ります」
「いえ。それでは私はこれにて下がらせて頂きます。失礼致します」
一礼してスティーヴンが部屋を出て行った。それを確認してからシルヴィとデネブはソファーに腰掛けた。
「このソファーとても気持ちいいわ。レヴィなかなかやるじゃない」
「本当、何これ。ナタリーに勿体なさすぎない? 私達もここで過ごしていいのかしら?」
イネスが目を丸くしたのを私は見逃さなかった。それは当然だろう。皇女である私がまだ立っているのに、先に侍女であるシルヴィとデネブがソファーに腰掛けるなど、本来ならあってはならない事だ。
「イネスさん。ごめんなさい。あの二人は私の言う事を聞いてくれません。気にしないで下さいね」
「ナタリー様、しかしそれでは」
「ちょっとナタリー、何をひそひそ話しているのよ。帝国語を使いなさい。レヴィ語では何を言ってるかわからないでしょ? 馬鹿なの?」
馬鹿なのは私ではないと思いながらシルヴィに向き合う。
「ここはレヴィ王宮です。お二人もレヴィ語を覚えられた方がいいと思いますけれど」
「何でレヴィの言葉なんて覚えないといけないのよ。帝国語を話さない馬鹿となんて付き合わなければいいだけでしょ?」
私は困惑の表情を隠しきれなかった。シェッド帝国ではレヴィ王国を下に見ている風潮があった。私も何も知らなかったから勝手にそう思っている部分はあった。しかし道中でそれが間違っている事に気付いた。国としてはレヴィ王国が格段に上である。同じ道中を来たはずなのに帝国語を話せなどそんな不遜な態度を取れる神経が私には理解出来なかった。
「とりあえず皆様のお荷物を運びたいと思いますので、指示だけ頂けますでしょうか?」
空気を読んでイネスは帝国語で話した。シルヴィとデネブは座ったまま嫌そうな顔をした。
「箱に名前が書いてあるからそのまま運んでよ。もう疲れてるから動きたくないわ」
「勿論箱を開けて全部衣裳部屋に入れてくれるのよね?」
「勿論です。ナタリー様の衣類は全て私共で責任を持って整わせて頂きます」
「は? 何を言ってるの。私達の分に決まっているじゃない。その子の荷物は大してないわよ」
イネスが訝しげな表情をしている。私は彼女に黙るように言いたかったのだが、その隙を与えてはくれなかった。
「私はナタリー様の侍女です。お二人の分は御自分で片付けて下さい」
「はぁ? 貴女何様なの? ナタリーなんてどうでもいいでしょ? 私達を大切にしなさいよ。父上に言いつけるわよ?」
私はシルヴィの口を塞ぎたかったが、その術が見当たらない。イネスは事情を知らないのだから、説明なしにそんな事を言ってわかるはずがない。
「貴女方がどこの御令嬢か存じ上げませんが、私はナタリー様の侍女であって貴女方の侍女ではありません。そもそも……っ」
私は耐えられなくなってイネスの口に手を当てて黙らせた。まだ結婚式が終わっていないのにここで揉めて政略結婚自体なくなったりしたら一大事である。私はイネスの耳元に口を近付けた。
「お願いですから暫くあの二人の言う事を黙って聞いて頂けませんか? 後で詳細はお話しますが、あの二人は私の異母姉達です。自尊心が高いので煽らないで頂けると助かります」
異母姉と聞いてイネスの表情が変わった。それはそうだろう。まさか侍女の二人が皇太子の子供とは思わなかったのだろう。外見も似ても似つかない。それでも理解してくれただろうと思い、私は彼女の口から手を離した。
「わかりました。荷物は片付けますが侍女用の部屋に衣裳部屋はございません。入りきらない荷物は箱のまま置かせて頂きます」
「私達の部屋がナタリーの部屋より狭いと言うの?」
デネブが不満そうな顔をイネスに向けた。
「この部屋は王太子妃になられるナタリー様のお部屋になります。王太子妃より広い部屋を持つ侍女はおりません。そこは弁えて頂けないでしょうか」
「じゃあ私達の衣装をナタリーの衣裳部屋に入れたらいいじゃない。どうせこの子は服が少ないもの。いいでしょ、ナタリー?」
何故そのような発想が出来るのか、私はシルヴィの神経を疑った。しかし今更だ。元々この二人と妾とは思考が違う。くだらないやり取りが終わるならそれでいい。
「構いません。衣裳部屋の広さはわかりませんが、空間は有効活用すればいいと思います」
イネスが憐れんだ目で私を見ている。そのような目で見られると困る。結婚前からこれか。これから何十年とこの生活が続くと思うとうんざりする。まだ夕方だけれどもう早く寝てしまいたい。




