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王太子の気まぐれ 王太子妃の決意

 寝室での揉め事の一件の後、シルヴィとデネブは少しだけ侍女の仕事をするようになった。そして自分の身なりをやたらと気にするようになった。それが二人とも殿下に一目惚れしたからだと気付くのに時間は左程かからなかった。しかし私の近くに控えていても殿下に会える確率は低いのだが、可能性はなくはない。現に今殿下は私の部屋にいる。


 私はテーブルに広げられた色とりどりの布に困惑を隠せなかった。一体何が始まったのだろう?

 私の戸惑いを殿下は汲んでくれたのか、いつもの笑顔を向けた。


「王太子妃として相応しい服を仕立てて欲しい。好きな色はある?」

「服は母国から持ち込んだものが沢山ありますから」

「でも色味が偏っていると聞いてね。ここにある布は色が被っていないはずだよ」


 もしかしたらイネスが気を利かせてくれたのかもしれない。私にとってみれば沢山服があるように見えるけれど、シルヴィやデネブの四分の一なのだから王太子妃としては少ないのだろう。だけど私は自分の服なんて修道服しか持っていなかったし、嫁入り前もこのような事は聞かれなかったし、何と答えていいのかわからない。


「そんなに難しい事を聞いているつもりはないのだけど、わからない?」

「申し訳ありません。王太子妃に相応しい物がどれかはわかりません」

「例えばこの花柄はどう?」


 殿下が指したのは紺地に白い花が咲いている。知識がないので何の花かもわからない。


「殿下が選ばれたもので大丈夫です」

「私は君の好みを聞いているのに」

「私に好みなどありません。殿下のご迷惑にならないものでお願いします」


 私に出来る事は殿下に迷惑をかけない事だけなのに、この状況は何をしても迷惑をかけているようでいたたまれない。


「女性は皆こういうものが好きだと思っていたのだけれど、君は違うみたいだね」


 何故そのようなご機嫌取りのような事を仰せになるのですか。私はそのような事をして頂かなくても殿下の女性関係は知らないふりをしていますし、絶対に責めたりしません。私にこのような時間を割かずとも、殿下の好みの女性の所に行って頂いて一向に構いません。と、言えたら幾分かは楽になるだろうか?

 しかし万が一殿下が好意で私に服を仕立てようとしてくれているのなら、とても失礼なので言えなかった。そのような事はないとわかっていても言葉には出来なかった。


「申し訳ありません。以前は修道服を着ていたのでよくわからないのです」

「修道服? 修道院にいたの?」


 殿下が不思議そうな顔をした。素直に言い過ぎたと後悔しても遅い。何とか皇女として不自然ではない理由を考えなければ。


「いえ。皇宮で暮らしていました。けれどシェッド家当主は代々国教であるルジョン教の教皇も兼ねています。私もその一員として毎日礼拝堂で祈りを捧げていたのです」


 大方嘘ではない。祖父は皇帝であり教皇である。皇女が礼拝堂で祈りを捧げるのは公務だと祖父も言っていた。祖父や父が祈りを捧げている所を見た事はないけれど。


「それなら今着ている物は誰の好みなの?」


 殿下は今までずっと私を放っておいたのに、何故急に興味を持ったのだろう。ただの気まぐれにしても返答に困る質問ばかりしてこないで欲しい。


「私は用意された物を着ているだけですので、詳細は知らないのです」


 シルヴィかデネブが用意したものだと答えてもよかったのに、彼女達の悪口になりそうで言えなかった。今着ている黄色のワンピースはレヴィでは流行っていなさそうな気がしたのだ。流行はわからないけれど、サマンサが着ている物が流行なのだとしたらあまりにも違い過ぎる。もしかしたらイネスではなく、サマンサが言い出して今の状況になったのかもしれない。サマンサはとてもいい子だから気を遣ってくれてもおかしくない。


「そう。君は一生用意された物を着て生きていくの?」


 殿下の質問が難しい。従順さを問われているのか、自分の意見がない事を責められているのか、殿下の笑顔がいつも通り過ぎて私には判断が出来ない。


「ルジョン教には清貧の教えがあります。ですから私には派手な服は考えられません。王太子妃として相応しい服がわからない以上、用意された物を着る事をどうぞお許し下さい」


 殿下の表情は変わらず笑顔のままだ。あの笑顔は一体どうなっているのだろう。作り笑顔をし過ぎて張り付いてしまっているのだろうかと不安にさえなる。


「言いたい事はわかったよ。採寸だけは彼女にさせて」


 殿下はそう言うと傍に控えていた者に合図をして、テーブルに広げていた布地を片付けさせた。そしてその者と一緒に部屋を出て行く。私は安堵のため息を吐くと立ち上がり、商人の恰好をしている女性に採寸された。


「折角の申し出なんだから素直に受けなさいよ」

「そうよ。王子の勧めた布、地味でナタリーに似合いそうだったじゃない」


 採寸中に二人が帝国語で文句を言ってくる。商人なら帝国語もわかる可能性があるから出来たら黙っていて欲しいのだけれど、この二人を黙らせる方法は未だに見つかっていないのが悔やまれる。


「ですが、わからないものはわからないとしか答えようがありません」

「あんたは本当に馬鹿よね。くれるものは何でも貰うのが礼儀でしょ」

「そうよ。たとえ好みの物でなくても喜んでみせるのが妻の役目じゃないの? そんな態度だから殿下に相手にされないのよ」


 珍しくシルヴィとデネブの意見が的を射ている気がした。折角時間を割いてくれたのだから、それに感謝して喜ばなければいけなかったのか。今まで人付き合いというものがなかっただけに、こういう勝手がわからない。殿下に嫌われないように振る舞っているはずが、結果機嫌を損ねてしまった気がしてきた。


「大丈夫ですよ、ナタリー様。殿下は御心の広い方ですから」


 イネスの言葉で私の態度はやはり間違っていたのだと確信した。だけど今まで経験のない事を正しく振る舞える程、私は優秀な人間ではない。もう次はないかもしれないけれど、もし次があったら喜んでみせなければいけない。でも喜ぶとはどのような態度だろう? どう振る舞えば殿下に不快な思いをさせないで済むだろう? 私には決定的に相手を思いやる気持ちが欠けている気がする。これで本当に王太子妃が務まるのか不安で仕方がない。



 暫くして私用に仕立てられた服が五着届いた。イネスは嬉しそうに私に見せてから衣裳部屋へとしまった。誰の趣味かはわからないけれど、シェッドで用意された物より色味も落ち着いていて王太子妃らしい気がする。直接お礼を言いたい所だけれど、殿下はお忙しそうなので手紙をしたためて殿下の枕元に置いた。翌朝その手紙はなくなっていた。感謝の気持ちが伝わっているといいのだけれど、今回は返事がなかったので自分の行動が正しかったのかはわからない。


 殿下が仕立ててくれたワンピースを翌日早速着てみた。これが思いの外嬉しかった。母が用意してくれたウェディングドレスも嬉しかったけれど、あれはもう袖を通す事はないから別だ。

 しかも殿下は私の話を聞いてくれていたようで、殿下に仕えているリアンという方が、王都にあるルジョン教の大聖堂へと馬車で案内してくれた。紹介して貰った司祭と話している内に私を崇拝する勢いで戸惑ってしまったけれど、いつでもここに来て祈りを捧げていいと言ってくれた。私の迷いを打ち明けたら特定の誰かではなく、全世界の人達の為に祈ればいいと教えてくれた。まさかルジョン教についてレヴィで教えを乞う事になるとは思いもしなかった。教育は施されなかった私だけど、その代わり聖書は暗唱出来るほど読み込んでいる。それでもまだわからない事がある。ここでたまに祈りを捧げながら、王太子妃として相応しくなれるように頑張ろうと改めて決意をした。

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