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これまでのあらすじ!!

正太郎マーチ…

「デュフ、デュフフ…」


 古代魔術研究室。

 研究室には担当教員が一人以上ついているものだが、この研究室には存在しない。単純に、古代魔術を専門に研究していた教師が定年で退職してしまったからだ。

 結果、この研究室には女子生徒が一人だけ残されていた。教師がいなくなった時点で別の研究室に移るべきなのだが、本人たっての希望でそのまま残留している。


 彼女はその名を、レヴィといった。


「はぁはぁ、ハイドランジアたん、はぁはぁ」


 彼女は部屋の隅に置かれた机の上で一心不乱に書き物をしていた。やがて満足したのか、紙が乾くのを待って本を閉じる。

 その表紙には、「ハイドランジアたん観察日記」と記載されていた。


 そう、彼女はハイドランジアの重度の信奉者である。



 レヴィの朝は早い。

 ハイドランジアの朝が早いからだ。


 中庭で一心不乱に剣を振るその姿を見なければ一日が始まらないと言っても過言ではない。最初は朝の走り込みも追跡しようとしたのだが、体力がなさ過ぎて不可能だった。そのあと中庭の木陰から盗み見ていたのだが、すぐに気づかれて居心地悪そうにされてしまうので、今はこうして自室から見るだけで我慢している。

 見られていることには当然気づいているだろうに、離れている分には気にならないのかのびのびと剣をふるう姿が見られて大満足だった。


 もともとレヴィが古代魔術研究室に所属したのは、彼女が幼いころに一度だけ会ったことのある"天瞠の魔女"アンに崇拝ともいえる感情を抱いていたからである。

 魔術師として完成の域にあるその力に、古代魔術を自在に操る独自性、実力に裏打ちされた自信に満ちた表情と立ち居振る舞い、文句のつけいようのない実績。そして誰もが羨む勇者の妻の位置に収まった。レヴィが古代魔術を研究しているのは、アンがそれを使っていたからというただそれだけの理由だ。資料が少なすぎて研究は全く進んでいないのだが。


 彼女は信者の務めとしてアンが着ていたのと同じ服や道具などを資金が続く限り買い集めていたし、どんな小さな噂でも集めては日記にまとめていた。

 だから当然、知っていた。

 天瞠の魔女アンには、自分と年の近い娘がいることを。その名前を。

 そして、驚異の情報網で把握していた。

 教頭であるトゥールが、騎士校に確保される前に先んじてその娘をこの中央魔術学園に入れるために動いていることを。


「ふふ、ふふふ」


 怪しい笑みを浮かべながら、表紙をめくっていく。

 最初のころは、伝聞でしかないからそれをもとにいろいろと妄想、もとい想像している。それが楽しくてつい笑ってしまうのだった。





 ハイドランジアは、魔王を討った勇者シリウスと天瞠の魔女アンとの間に生まれた娘である。幼いころより(今もまだ十分幼いが)両親から受け継いだ剣と魔術の才能を遺憾なく発揮し、剣の腕ではシリウスに、魔術ではアンにそれぞれ肉薄するほどの力を持っているという。

 その力が最初に示されたのは、彼らが住む村に魔獣が現れたときのこと。今からほんの数か月前のことだが、その時襲ってきた巨大な双頭の黒犬の姿をした魔獣を、殆ど詠唱のない初級の魔術で吹き飛ばしてしまったのだという。

 その話は折よく村に向かっていたトゥールを介して、教師たちに伝えられている。もちろん、それを盗聴していたレヴィの耳にも入っている。


 トゥールはこれ幸いとハイドランジアを学院へと誘った。本人はあまり乗り気ではなかったようだが、天瞠の魔女の強い後押しで学院に来ることになったようだ。


「デュハハ、トゥール先生、すばらしい!!よくやった!あとアンさま!ありがとうございます!!ありがとうございます!!!」


 ハイドランジアが住んでいたシリウス村からここまでは、船を使っての長旅となる。その旅の途中、なんと船が巨大なイカの化け物に襲われてしまったのだ。ハイドランジアの活躍もあり巨大イカは無事撃退されたが、その時母親から譲られたという首飾りを落としてしまった。


「アンさまからの贈り物を亡くして落ち込むハイドランジアたん、かわいい、尊い、死ぬ」


 学院に着いたハイドランジアは、すぐに学院長と面談している。そこで独自開発した《サイレントルーム》という音を外部に漏らさないようにする魔術を披露して学院長にいたく気に入られたようだ。


「しかもこの学院でアンさまの名前を出せばそれだけで一目置かれるだろうに、自分から申し出て伏せてもらう奥ゆかしさ、たまらんんん!!!」


 ハイドランジアは、寮では市議会の有力議員の娘であるリリィや近隣有数の豪農の娘マチスと同室である。入学の報を聞いた時からレヴィは同室になるべく動いていたが、それは不可能だった。そもそも今三人で満室なうえに、何か外側から操作されている気配があった。時間が十分にあったとしても、同室になることは難しかったに違いない。


 さて、次の日いよいよハイドランジアと対面できるかと思うと興奮して夜も眠れず、気づけば大遅刻をしたレヴィは、その日ハイドランジアと会うことができなかった。

 講義、といっても初回なので単なる説明会だったのだが、それが終わるとすぐに市長の息子レントンに絡まれて拉致されてしまったのである。


 市長といえばこの町で王に次ぐ権力を持っている。本来であれば勇者シリウスがその任に着くはずだったのだが、辞退したために彼の仲間であったリットンが市長の任についている。つまり、シリウスの辞退がなければレントンとハイドランジアの立場は真逆だったはずであり、そのことから疎ましく思われているのは事情を知るレヴィから見れば明白だった。


「レントン先輩、四年生のくせに威張り散らしてウザかったからハイドランジアたんに軽く捻られてざまーみろだよね!さすがハイドランジアたん!」


 次の日から早速授業であるが、在籍二年半であり卒業を間近に控えたレヴィとはことごとく授業の予定が合わない。結局レヴィがハイドランジアに会えたのは、彼女(ハイドランジア)が研究室を決めるためにいろいろと見て回っていた時だった。


 その時のことは今でも克明に覚えている。

 ハイドランジアに会えなかったことでかなり落ち込んで項垂れていたところに、突然戸が開かれて「新入生のハイドランジアといいます。見学に来ました」という鈴を転がしたようなかわいらしい声が。思わず体が動いていた。姿が目に入った瞬間、目を奪われた。


「あなた、ハイドランジアと言ったかしら?この目、この顔立ち、あなた、アン様の娘ね!!?」

「いいえ違います。人違いです」


 あくまでも自然に、初対面を装って接したつもりだったが、何が悪かったのかハイドランジアは委縮してしまってしばらく食堂などで会っても目を全く合わせてくれなくなった。


 レヴィが陰ながらハイドランジアを応援しようと決めたのはこの時だった。


「ハイドランジアたん、剣も魔術も得意だけど弓だけはダメだった、っていうのも萌えるわぁ」


 理由までは知らないが、ハイドランジアは魔石がどうしても欲しいようだった。誕生日(当然把握済みである)にでも贈ってあげたいが如何せん高価なので難しい。

 そんなハイドランジアは魔石を持つ魔獣に出会うこともある狩猟部に所属している。弓の実力は全然ダメだが、魔術と組み合わせた弓魔術ではその才能を遺憾なく発揮した。小山ほどもある巨大なイノシシを仕留めたのだ。

 ちなみにこの時、レヴィは課題の提出に追われていてついていけなかった。本当は隠れて見ているつもりだったのに。


 ハイドランジアの武勇伝はまだまだ続く。

 その名前が全校生徒に知れ渡ったのは、なんと言っても魔術技能計測の日だろう。それまでは「なんかちっこい娘がいる」ぐらいの認識だったはずだが、全測定項目で最高評価のAをたたき出して一躍有名になった。


「しかも前人未到の初年度威力測定障壁十枚抜き…クゥゥッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!」


 レヴィは当然、数少ない機会なので付かず離れずハイディを追って移動し、全部の測定を見ていた。流れるような詠唱、全く抵抗を感じない魔力の動き、どれをとっても芸術としか言いようがなく、ため息しか出なかった。その日の日記は驚異の十三ページにも及ぶ。


「そして何と言ってもハイドランジアたんを取り合って争う男たちとそれを歯牙にもかけないハイドランジアたん…つよい…つよすぎる…」


 測定会で一躍有名になったハイドランジアは、続く野外演習の班分けでも注目の的だった。ハイドランジアは同室の三人で組んで遺跡に行きたがったが、規則でそこに男子を一人ないし二人入れなければならなかったためである。

 どういう流れか決闘で決めることになって、結果、大方の予想を覆して唯一の四年生、レントンがその座を射止めた。


「いやぁ、ほかの生徒は誰も知らなかったからちょっとだけレントン先輩に賭けさせてもらいましたが大正解でしたなぁ、ブフォフォっ」


 思い出すだけでにやけてしまう。到底買えないと思っていた魔石すら、あと少し頑張れば変えてしまいそうな気がする。


「そしたらさぁ、こう、すっ、っと魔石を差し出して『ハイドランジアたん、私の気持ちだ、受け取ってくれ!』ってさぁ!!」


 妄想が止まらない。たっぷり小一時間は身もだえした後、ようやくレヴィは落ち着きを取り戻した。


 で、その肝心の野外演習だが。

 どうしても外せない用事があったのでレヴィは今回参加できなかった。去年も一昨年も参加しているので今年は見送って別の用事を入れてしまっていた半年前の自分をボコボコにしてやりたいが仕方ない。後の祭りだ。


「はぁ、ハイドランジアたんの雄姿、間近で拝みたかったなぁ…」


 一緒に行った何人かから聞いた話を総合すると、どうやらとんでもない魔獣が出たらしい。で、それを殆ど一人で倒してしまったらしいのだ。


 アークくま。聞いたことがある。勇者たちの魔王討伐を題材にした舞台で度々登場する、「東大陸の悪魔」。鉄をも溶かす熱線を吐き、巨大な体から放たれる腕の一振りは岩をたやすく砕くという。

それと対等に渡り合い倒してしまうその雄姿。なぜ見ていなかったのか!!


「あああああああああああ!!行きたかったなぁ!!いきたかったなぁ!!」


 いまさら言ってもどうにもならないことは重々承知しているだから。


「次に何かあるときは絶対についてく!そして陰から見守る!デュフっ、デュフフッ…」



 ちょうどその時、部屋の前を通りかかっていた生徒が怪しげな笑い声を気味悪がって足早に去っていったことを最後に付記しておく。

この先輩、覚えている人はいるのかな・・・。


さて、次回は「それからのこと」。最終回です。この話の一時間後に公開されます。

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