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戦いの果て、あるいは見え隠れするそれぞれの思惑について

 アークくまの脅威は去ったが、仕事はまだ終わっていない。

 ザコとはいえ大量の魔獣ネズミがまだうろついていた。そのうち散っていくだろうが、結構な数のネズミが気が立っているのか生徒たちに襲い掛かってくるのに対処する必要があるのだ。



 しかし、そんなことより。


「ま、魔石が!!粉々に!!?」


 アークくまの魔石だったものの前で、ハイディが膝から崩れ落ちていた。


「魔石が崩壊するとは…聞いたことがない現象ですね。それほどまでにハイドランジア君の魔術が強力だった?」

「そんなはずはないのですが…」


 一般常識的には、魔石は魔術が通らないために魔術で破壊することはできない。硬さも尋常ではなく物理的な手段でも破壊できたという記録も存在しない。

 ハイディは魔石の加工が可能だが、あれは魔石の内部にある「継ぎ目」の部分を切断してバラバラにしているだけだ。破壊はしていない。

 しかし現実に魔石は粉々、すでに魔石ではなくただのチリになり果てていた。


「今回の件は詳しく調査して上に報告する必要があるのう…」


 老教師がつぶやく。ここでいう「上」とは、学院長のみならず王国の中枢を指している。


「まぁまぁ、ハイドランジアちゃんよ。あの化け物の魔石は残念だったが、このザコネズミも数だけは多いからな、ほら、おまえの分」


 天幕君が膝をついて涙を流すハイドランジアの手を取って、そこに大量の魔石を握らせてくれた。


「…こんなクズ魔石、魔術灯を作るのが限界じゃないですか!」

「でも高くは売れるぜ?要らないなら俺が貰っておいてやるが…」

「要らないとは言っていません!!」

 とりあえず、取り分すべてを鞄に押し込むハイドランジアだった。



(にしても、崩れ落ちる魔石、か…たしかに昔研究しかけていたが未完のままに終わったのだよな…)


 チリになった魔石を未練がましく見つめるその姿を、マチスとハイディの二人があきれ顔で眺めていた。





 結局夜明けまでネズミを潰してから、洞窟周辺の生態調査をして予定を切り上げて帰還することになった。

 さんざんネズミをすりつぶしたあとの朝食は辛いものがあったが、食べないわけにもいかないので必死に詰め込んで(何人かは気にせずもりもり食べていたが)、皆で揃ってハイディが吹っ飛ばした洞窟へと向かう。


「こりゃまた激しくぶっ飛ばしましたねぇ…」

「や、これはくまのせいですよ!絶対に!!」


 崩落した洞窟を前に、胡乱げな目をハイディに向けるラヴィオ。とはいえこれは冗談だった。

 ラヴィオも洞窟が内側から爆破されて開口部が大きく開いていることから、ここからアークくまが飛び出してきたことは納得している。


「うーん、探知魔術には反応ありませんね。皆さんは?」

「私もありません」

「私も」


 一応念のために洞窟の内部に向けて生体探知の魔術を試してみたが、反応はなかった。ハイディのほかにも何人か生体探知を使える生徒が試しているが、結果は同じだった。


「魔王が掘ったこの洞窟に住み着いていた…この場合は魔王が放した?一匹がたまたま残っていて侵入者に反応した?」


 一番あり得る線だろうが、残念ながらあり得ない。

 アークくまはその素体となる動物も含めて西大陸には存在していなかった。魔王が東大陸でアークくまを発見して以降この大陸に戻ったことはないので、魔王がここに配置したものではない。それは誰よりもハイディがよく知っている。もちろん、そんなこと言いはしないが。


 考えられるとすれば勇者たちだが、それも無理がある。何しろ相手は多数の魔獣を捕らえて研究していた魔王たちですら手を出さなかった魔獣なのだ。


(崩れる魔石、いるはずのない魔獣。これがもし仕組まれたことだとすれば、襲われたのは自分、つまり勇者の娘)


 いくつかの仮説はある。

 しかし仮説を立証するための情報がない。そのためにも早くカルマンと連絡をつける必要がある。

 さらに高くなった問題の山を前に人知れずハイディは頭を抱えた。





 通信機を前にして、男が事の顛末を報告していた。

 通信機には中年の女性が映し出されていて、男の話を興味深く聞いている。


「申し訳ありません、ミラ様。折角貴重な《トランジェントスフィア》をお貸しいただいたというのに」


 鏡の中の女、ミラは笑っていた。


「問題ありませんよ。こちらの存在に気づかれたわけではないのでしょう?今回は実力の片鱗を目に出来ただけでもよしとしましょう」


 《トランジェントスフィア》はかつてミラが魔王とともに魔術の深淵に至る研究を行っていた時からの研究の成果である。

 魔王が討たれてからも、いや、討たれたからこそ、研究を続け、ついに完成した技術だった。



 魔獣ないし魔術具を戦の道具にした場合、問題となるのはその道具が敵に奪われることである。破壊された魔獣や魔術具から回収された魔石はそのまま敵の戦力になってしまうからだ。

 魔王たち三人はゴーレムや魔獣から回収された魔石で徐々に強化されていく勇者達に追い詰められていき、最終的に討たれてしまったのだから。


 それを防ぐための方式の一つが、魔獣が死亡した場合に魔石を崩壊させる、というものだ。結局最期までには間に合わなかったが、一人になってからも新しく集めた仲間たちと研究を続けて、どうにか完成にこぎつけていた。

 今回はアークくまから取り出した魔石に加工し、そして戻すことによってアークくまを意のままに操ることさえ可能にしている。

 間違いなくミラ達新生魔王軍の最高戦力の一つだった。アークくまほどの魔獣を加工するのは困難なのだ。あれほどの手駒はもう手元にない。



「しかし魔術を幾つも併用して能力を底上げし、武器を強化する…まさに勇者たちが全員で成していたことを一人で体現するかのような戦いぶりですね」

「ええ。目で追うのも困難な速度を持つアークくまの攻撃を完全に見切っているようでした。体術、剣術はかなりのものです。しかもその戦いの最中からしっかり魔術も詠唱していたようで、太陽を出す魔術であっという間にアークくまが燃え尽きました。あのような魔術、私は知りません」


「厄介だね…まだ十歳にもならない小娘が」

 鏡の向こうでため息をつくミラ。次の手を考えているのだ。


「アークくまがこれほど簡単にやられるのは完全に想定外だし、あれ以上の魔獣を用意するとなると簡単にはいかない…。暫くは準備を整えながら様子を覗うにとどめておくしかないでしょう」

「はっ」


 ミラの言葉に、恭しく頭を下げる。


「あの、ミラ様。いっそあの娘を仲間に引き込むことはできないでしょうか?」

「さすがにそれは無理筋では?ただのぽっと出の天才ならばいざ知らず、相手はあの勇者と天瞠の魔女の娘なのよ?」

「いえ、やたらと魔石に対する執着を見せていました。アークくまの魔石が崩壊したとき、かなり落ち込んでいるようでしたから。その欲望、あるいは野心に付け込めば子供の一人ぐらい案外簡単にコロッと転がるやもしれません」


 とてもそうは思えないが。

 しかし実際にその人となりを近くで見たこの男がそういうのだから、そうなのかもしれない。


「…考えておきます」





 帰りの馬車の中で袋いっぱいのクズ魔石を弄びながら、けだるげに外を眺めていた。

 当たりは一面の原っぱで遠くに森が見えるぐらいだが、あまりにも平和で魔獣が出てくる気配はない。盗賊が出てくる気配もない。

 このまま後しばらく行けば町に出て、そこから鉄道に乗ればあっという間に学院についてしまう。


 ハイドランジアは外を眺めながら考えていた。


 アークくまが自然に発生した可能性は、殆どない。

 あんなものを持ち込めるとしたら、その人物は限られる。

 さらに、魔石が崩壊するような仕掛けができる人物といえば。

 その中でさらに勇者に恨みのありそうな人物?


 何度考えても、思い浮かぶのは二人だけだ。


 そのうち一人には、おそらくそうする理由がない。

 自分の見る目がないだけかもしれないが、確信に近い思いがある。


 であれば、残りの一人か。

 しかし、仮定はいくら積み重ねても仮定に過ぎない。


 アークくまは自然発生したのかもしれない。

 飛べるのだから自力でやってきた可能性だってある。

 敵側に拿捕された際の魔石による敵戦力強化はいつだって軍の関心事の中心だったし、各国で研究が進められている。どこかの誰かがたどり着いていても不思議ではない。

 勇者に恨みのある人物、それは程度問題であり、あれだけ目立てば大なり小なり目の敵にされている。所縁の深い学園にすらマヤという実例がいるのだ。


「考えるだけ無駄、か」


 もし仕掛けた人物があいつなら、直接会ったときに真実を伝えるだけで事足りる。それまで何度も襲われたりしたらかなわないが、学院の中にいる限りそうしょっちゅうちょっかいを掛けてくることもないだろう。


「ま、なるようにしかならないね」



 とりあえず、両側から肩にかかる心地よい重さに身をゆだねて、今日のところは眠るとしよう。


ここで第一章完、です。

次回は総集編です。

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