まるで太陽でした
遠く離れたアークくまに放った《アイシクルピアーシング》は傷を負わせることこそできなかったが、狙い通りくまの気を引くことには成功した。
くまは次の《アーク》が放てるようになる前にハイディを始末しようと考えたのか、一直線にハイディめがけて飛来する。
ハイディもそれを迎撃するべく剣を構えていたが、不意にくまが口を開いたので直感的に叫んでいた。
「熱線くるぞ!防御!!」
「《アースシールド》!!」
くまの口がチカッと光って《アーク》が放たれたのと、子豚の土魔術による障壁が展開されたのはほぼ同時だった。
一歩前に出ていたハイディはそのままシールドには戻らず、右に飛びのいて射線を避ける。熱線はジリジリと地面を焼きながら子豚のシールドをあぶり始めたが、教師たちの支えもあり貫通はしなかった。
とりあえずタメの不十分な《アーク》であればこれで凌げることがわかって一安心だ。
ズン、と地面が揺れたかのような錯覚。
アークくまがハイディの目の前に着地し、右腕を大きく振りかぶっている。背丈は五メートルほど。見上げれば威圧感で息苦しさを感じる。
魔王時代であったならかなり危機的状況であるが今のハイディにはなんとかなるという自信があった。
振り降ろされた爪を避けながら、くまの腕を剣で押すようにしてやると簡単に攻撃を反らすことができた。
勇者に叩き込まれた身のこなしは確実に「使える」。これに自身が培ってきた種々の補助魔術を組み合わせれば、この強敵すら近接攻撃で押し切れるかもしれない。
にやり、と笑ったハイディは連続詠唱した魔術を次々と発動させていく。
勇者相手の訓練でもここまで手の内を見せるようなことはやったことがなかった。
ある意味で、初めての全力の近接戦闘を今から始めるのだ。
「《ゲイン:スピード》」
身体強化術式を発動。竜巻のようなくまの速度に追いつくため、移動速度を上げる。
「《ゲイン:パワー》」
さらに、硬い皮膚を貫くために膂力も底上げ。
「《コンセントレート》」
集中力を高め、相手の一挙手一投足に目を配る。
「《シャープエッジ》、《プロテクション》、《ヘヴィオブジェクト》」
武器にも補助を載せていく。切れ味を増し、強度を増し、重さを上乗せ。
振り降ろした一撃をいなされて体勢を崩しているくまに、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
がきっ、と硬い音がして、腕に剣が食い込んでいった。しかし骨に阻まれたのか斬り飛ばすには至らない。
「グォォォォ!!!」
くまが吼える。
剣が食い込んだままの左腕を振り回し、ハイディを地面に叩きつけようとしているのだ。剣はくまの強靭すぎる筋肉に埋まって抜けなかった。このまま黙って地面に叩きつけられるか、一度剣を捨てるか…
「《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》《ゲイン:パワー》!!」
いざという時のために発動前で保持しておいた魔術を全開放。
瞬間的に「重さ」が消えたような感覚を得て一気に腕を斬り飛ばし、距離をとる。
「グオオオオオオオオオオ!!!!」
再びの咆哮。その声にあからさまな苛立ちが含まれている。斬り飛ばされた腕からはドバドバと大量の血があふれ出していた。
「やっぱりデタラメに硬いな…このくま」
補助魔術を多重に重ねれば腕を斬り飛ばせることはわかった。鱗のようになっている部分はどうかわからないが、腕が斬れるのならば首も斬れるはず。左腕を失い怒りで冷静さを失っているうちに、一気に勝負をつける。
そう考えて次の魔術を準備していると、いつの間にか自分たちの周りに大量のネズミが集まっていることに気づいた。
くまの斬り飛ばされた腕に群がるネズミたち。
ネズミがくまの肉を食っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
くまの腕「が」おびき寄せたネズミを喰っている。
「なん、だ、これ?」
アークくまにこんな生態、あるいは能力があるなど、自分は知らない。
凶暴すぎて捕獲が困難な魔獣だったから研究が殆どできていなかった種とはいえ、初めて見る現象に唖然とする。
その隙を見逃すようなくまではなく、今度は体当たりでハイディにぶつかっていった。
「ぐ、わっ!!」
拙い。
直撃した。一応剣を間に挟んで防御はしたが、ハイディの軽い体は易々と宙に跳ね上げられてしまう。
「ハイディちゃん!!」
「だ、大丈夫です!!」
ハイディの体が軽すぎたのが逆に幸いした。重さを付与したのは剣だけだ。とっさに剣を手放して、自ら飛び上がるようにして跳ね上げられたため衝撃はほとんど感じていない。
しかし空高く飛ばされたハイディを、アークくまはしっかりと照準している。口が開き、赤熱する。《アーク》が来る。
殆どタメがないから威力はそれほどでもないだろうが、如何せん体勢が拙い。空中では回避できない。飛翔魔術は準備不足で間に合わないだろう。できるだけの魔力を込めて《シールド》を展開するしかない。正面からでは方向を反らすのが難しいから貫通される恐れもある。無事では済まないかもしれないが、今はこれしか手がなかった。
「《シールド》!」
ハイディが障壁を展開したのと、アークくまが熱線を放ったのはほぼ同時。
熱線がシールドを焼き、まばゆい光を放つ。
とりあえず、何とかなった、そう安心した瞬間。
「ハイディちゃん!!くまの腕が!!」
リリィの悲痛な叫びが聞こえた。とっさに腕のあったあたりを見ると、ネズミを喰った腕が大砲のような形に変わってハイディを照準していた。
「おいおい、マジかよ」
流石に冷や汗が出る。腕には急速に魔力が集まっているのを感じる。もしかしなくても、あそこからも《アーク》が出るのだ。
チカッ、と砲台が光る。
さすがにちょっとヤバいな、とある意味覚悟を決めたハイディであったが、結論から言えば無事で済んだ。
「《アースシールド》!!」
ハイディの目の前に集まった砂粒たちが腕の大砲から出た熱線を見事に防ぎ切ったのだ。
「子豚ちゃん最高かよ!!」
気づけば叫んでいた。
「子豚っていうな!レントンだ!!」
ぶーぶー怒っているがその姿にむしろ愛らしさすら感じる。
「まずはあの腕をつぶしますよ!生徒諸君、放て!」
「おおっ!!」
ラヴィオ先生の号令で都合40人弱の攻撃魔術が左腕に殺到する。巨大な火柱が上がり、夜の闇を切り裂いて当たりを炎の色に染めた。
炎が収まったとき、そこにあった右腕は完全に炭化して崩れていた。
(あとは本体!)
アークくまが閃光に怯んでいる隙にハイディは素早く着地を決める。くまが《アーク》の術後で次の魔術を放てないうちに一気に殺しきる。時間はない。
前衛として戦闘しながらも、とどめを刺すための準備に抜かりはない。すなわち、魔力圧縮。圧縮した大量の魔術を詠唱の短い単純な術式に流し込み、その組み合わせで最大限の効果を生む。多重詠唱を得意とする魔王だからこその裏技。
「くらえ、《インプロージョン》!!」
アークくまを覆うように反転した防御魔術を多重展開、それが耐えられるギリギリの威力で内部を爆破する。爆破によって生じた熱と衝撃はすべて防壁にはじかれ、内側に収束する。
内部がどれほどの高温になっているかは想像もつかない。くまの熱線を遥かに凌ぐ光量で、まるで太陽がもう一つできたかのようだ。
「パネェ……」
光が《シールド》とともに消えたとき、そこにアークくまの姿はなかった。
代わりに、虹色に輝く魔石が一つ、転がっている。
「ふぅ、どうにか撃破、ですね!」
にかっ、と笑ったのと、マチスとリリィが泣きながら飛びついてきたのは殆ど同時だった。
無事に倒せましたね。




