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あ、クマだ!



 水浸しになって瀕死のネズミたちを潰しながら天幕に戻ると、残っていた先生や生徒たちがネズミの処理に当たっていた。


「戻ってきましたね、ハイドランジア君?」

「なぜ私に言うんですか、ラヴィオ先生?」

「それを私の口から言わせますか?」

「いえ、間に合ってます」


 そんなやり取りをしながらも、先生たちは魔術で手際よくネズミを焼いている。

 生徒も総出でネズミ刈りに参加していたので、ハイディはリリィたち女子組がネズミを焼いているそばまで行って手伝うことにした。天幕君たちもすでに手分けしてネズミを焼いている。


「ハイディちゃん、やっぱり行ってたんだね」

「すいません。見に行くだけのつもりだったんですが、ネズミがいっぱい出てきて…」

「そうそう。このネズミって何なのー?」

「私もわかりませんが、洞窟の中に住んでいたものが、何かに追われて一斉に出てきたようです」

「何か、ってハイディちゃんたちじゃなく?」

「じゃなくです」

「それ、まずくない?」


「入口は完全に破壊して埋めましたから、大丈夫ですよ?」

 その言葉にラヴィオが強く反応した。


「は、破壊したのですか!?魔王の遺跡を!?」

 あまりの剣幕に驚かされる。


「い、遺跡って…言ってもここ最近できたものですよね?」

「遺跡は遺跡です!そういう歴史的な建造物を代々伝えていくのも魔術師としての役目ですよ!」

 段々白熱して話が長くなりそうだったが中断させるわけにもいかず適当な相槌を打ちながら聞いたふりだけしておく。




 と、そんな時。


 ズドン、と大きく地面が揺れた。


「なんだ!?」


 音に驚いたのか、森から大量の鳥たちが飛び出してくるのが見える。少し遅れるように、森の奥、洞窟のあったあたりから黒煙が上がっているのが見えた。


「何か爆発した?」


 洞窟に可燃性の瓦斯でも溜まっていればあり得る話だが、ハイディ達が入ったときにはそんなことはなかった。

 しかし、何が、という疑問はすぐに解決した。



「グオオオオオオオオアアオオ!!!!」



 夜空に獣の咆哮が響く。

 声は爆発の辺りから聞こえてきた。

 であれば、答えは一つ。


「魔獣だ!!」


 生徒たちが指差した先に、遠く月を背にして浮かぶ黒い影があった。

 熊を思わせるズングリとした体躯に、その巨躯には不釣り合いなほど小さい翼のようなもの。明らかに飛行には向かないその翼で飛んでいることそのものが魔獣の証。


「な、なぜこんな所にあの魔獣が…!?」


 ラヴィオが呻くような声で漏らした。

 ハイディも背中に冷たい汗が伝う。


「な、何なの、あの魔獣…?誰か知ってる?」


 女子たちが知らないのも無理はない。

 ハイディ自身も、この大陸でこいつを見たのは初めてだ。


 魔獣が跋扈する東大陸においても最上位に位置する魔獣の一角、身体能力の高さと魔術の威力で他の魔獣すら容易く狩る。その性格は極めて苛烈、獰猛で見境なく攻撃を仕掛けてくる。分厚い毛皮で覆われた体は非常に硬く鱗のようになっている箇所すらあり、生半可な刃は通らない上に魔術に対する耐性もかなり高い。


「アークくまです」

「あれが!?」


 ハイディが告げた名に、生徒たちは驚愕する。


 魔王時代、自身はただ「くま」と呼んでいたが、勇者たちはその強敵を識別するために名前をつけていた。その名は武勇伝として今も戯曲などで広がっているが、正確な姿を知るものは一握り。


 勇者達がこいつをアークくまと呼び習わしたのは明確な理由がある。こいつらは、例外なくある魔術を得意としていた。


 もちろんハイディもそのことは承知の上で、くまが見えた瞬間から詠唱に入っていた。


「きますよ!皆さん!急いで私の後ろに!《シールド》から出たら死ぬのでそのつもりで!」

「来るって何が!?」

「いいから!黙ってハイドランジア君の影へ!あとできるだけ前方に防御魔術を展開!!」

「は、はい!」

 先生の号令で一斉に動き出す。


 結果として、なんとかギリギリ皆の避難は間に合った。


 チカッ、とアークくまの体が光った瞬間、強烈な熱線がハイディ達を襲う。


 これこそがアークくまが得意としている雷系統上位魔術、《アーク》。高すぎる電圧が高温のプラズマを発生させ、光を放ちながら標的を撃ち抜く魔術だ。その熱は鉄ですら容易く溶かす。


 まともに受ければハイディの《シールド》といえどいつまで持つかわからない。今回はうまく角度を調整して熱と光の大部分を空に逃がすことでやり過ごしたが、そのせいで雲が幾つか爆発した。


「マジかよ…」


 そう零したのが誰かだなんて気にしてはいられない。《アーク》を挨拶代わりに放ったくまは、そのまま自分たちに照準を定めたまま滑るように空を移動する。


 連射できないようなのが幸いだが、このまま遠距離で戦うのはいかにも分が悪い。


「私が気を引きます。先生方はあいつを倒せるだけの魔術を用意してください」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫でなくてもこれしか方法はありませんよ。あいつは魔術の耐性が恐ろしく高いですから…誰かが前衛をやって稼いだ時間で最大級の魔術を当てるしか」


 その言葉に反論はなかった。

 それしかない、と教師たちも認めている。前衛なしに魔術師がアークくまに克つには先制攻撃しか手段はない。魔王時代ですら、先制できないときには逃げの一手だったのだ。倒せなくはないが、危険が大きすぎたのだ。

 今後ろににリリィやマチスが控えている状況では少しでも確率の高い方法を取りたかった。前衛を一番小さな子供に押し付けるのもどうかと思うが、前衛として一番動けるのがこの子であることもまた間違いない。


「気をつけてな!」

 結局ラヴィオはすべてを飲み込んでハイディに託した。


「手の空いているものは全員炎の魔術を詠唱!私の合図で一斉に放つぞ!」

「了解!」

 生徒たちが詠唱を始めるが、これでは次に攻撃されると危ない。手を打つ必要があるが詠唱する人数を減らしてアークくまを焼ききれなければ意味がない。できるだけ火力を落とさずに防御は確保する必要がある。


「子豚ぁ!!」

「こ、子豚ってのは僕のことか!?」


 突然呼ばれたレントンが上ずった声で返す。


「昼間の勝負の借りを返してもらう。お前の土魔法で皆を守るんだ。ただの《シールド》よりお前の《アースシールド》の方があの攻撃(アーク)には有利だからな!」


「ま、任せておけ!」


 それは殆ど虚勢だったが、いつもと全く調子の違うハイドランジアの口ぶりに押されるようにそう叫んでいた。

 叫んだあと青くなったりしたのだがそこはご愛嬌だ。


 後ろは任せて、ハイディが詠唱に入る。レントンの防御術が準備できたところで発動させた。


「《アイシクルピアーシング》!!」


 測定の時、防御壁を貫通した実績ある魔術を放つ。

 高速回転しながら飛び出した氷柱がアークくまを襲う。しかし残念ながら距離がありすぎたのか期待するほどの威力は出せず、氷柱はくまの毛皮を貫くことなく、薄い傷を負わせただけだった。

 ハイディの魔力が子供としてはどころか一般的な魔術師としては最上級であるにしろ全盛期にはまだ遠く及ばないことがもどかしい。


「あいつ、わざと避けなかったな?」


 そうだ、と答える代わりに、アークくまが生徒たちめがけて飛び込んでくる。

 狙いはハイディのようだ。遠距離で攻撃されたから、近接で仕留める作戦に切り替えてきたらしい。ひとまず、ここまでは狙い通りだ。


ボス戦です~!

作中では「くま」と呼ばれていますが、「ドラゴン」を想像していただいたほうがイメージに沿うと思いますよ~。ドラゴンがいないので、くまと呼ばれているだけなので。

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