あとで怒られるかもしれないが命のほうが大事だわ
「おっと、こっちも行き止まりですね」
何度目かの突き当りにたどり着いた。ここまで特にめぼしいものがなかったので男たちもそろそろ飽きてきている。
「次の突き当りまで行ったら一回帰るか」
「そうだな」
「そうしましょう」
そううまくは行かないか、とハイディも諦めに近いため息をついた。
「お、なんかあるな」
先頭を歩いていたサフィが遠くに見える何かに気づいた。
近寄ってみると、それは石でできた人形だった。ところどころ欠けているが原型は留めている。
(これは…飼育用のゴーレムか?)
魔獣を飼う為に餌を運んだり掃除したりするゴーレムを魔王は運用していた。これはその中の一体だろう。
「見た目ゴーレムぽいな」
皆が集まって石像を囲む。
「残念ながらコアになる魔石は抜き取られているようだ。でも本体に刻まれた魔術陣は結構残っているぞ。かなり細かいパターンだが…」
「一応書き写しておくか。勇者様たちが調査したあとだろうけど、この研究結果を提出すればお説教を回避できるかもしれない」
「そうだな」
上級生たちが慎重にゴーレムの残骸をバラしながら継ぎ目に刻まれた魔術陣を書き写している。それを後ろで眺めていたハイディは歯がゆさを感じていた。
(うーん、関節付近は多層に魔術陣を重ねてあるから見えてるところだけを書いてもほとんど意味ないんだがなあ…)
そもそもいま露出している「継ぎ目」の部分はおそらく勇者達が破壊するために狙った壊れやすそうなところだけである。
こんな茶番につきあわせたお詫びに、少しだけ手を貸そう。
「あの、先輩方。私にも見せていただいていいですか?」
「もちろんだ。こっちの欠片はもう書き写したから、好きにししていいぞ。でも壊すなよ?」
「気をつけます」
丁度お誂え向きに肩関節の部品が落ちていたので、それを手に取る。肩は特に複雑な部品だ。
「なるほど、確かに魔術陣がビッシリですね」
などと、まずは白々しいコメントを挨拶代わりに。
「ああ。民生の戦闘用ゴーレムとは作りが全く違う。一体どんな性能だったのやら」
「でも『魔王』の拠点は東大陸だったのでしょう?ここらにあるのは初期段階のザコなのでは?」
この程度のものを魔王の技術だと思われてはたまらないのでちょっとだけ苛ついてしまった。
気を取り直して。
「ああっと!」
ハイディは熱心に魔術陣を観察するあまり、ついうっかり肩関節を落としてしまう。しかも慌てたせいか拾い上げるのに失敗して、手が当たって地面に叩きつけるようになってしまった。叩きつけられた肩関節は憐れにも真っ二つだ。
「……」
胡乱気な目をした男たち。今のはどう見ても思いっきり部品を地面に投げつけて粉砕した、そんな動きだった。
「やや、割れ目にもびっしりと魔術陣が!これは新発見なのでは!?」
「そ、そうだね」
突然の奇行に驚きながらも、再起動した男たちが興奮気味に断面の魔術陣を書き取っていく。そのうちに更に薄く「剥がせる」ことに気づいて、この場での書き取りは諦めて取り敢えずこの部品を持ち帰ることが決まった。
◇
帰り道、突然目の前に大量のネズミが現れた。
洞窟の床を埋め尽くすばかりの勢いだ。完全に気を抜いてろくに探知していなかったのが災いした。
「あの、大変言いづらいのですが、このネズミ、ずっと先まで続いています」
探知の結果を男たちに伝える。
「ネズミの巣、ってことか?行きにはこんなのなかっただろ?」
「いえ、探知の反応的には、奥からどんどん出ているようで、あとかなり微弱ですが魔獣のような反応があります」
本当に微弱な反応だが、大量のネズミの中からそこそこの数の魔力反応があるのをハイディの高性能すぎる探知魔術は的確に捉えていた。とはいえ、遠くのほうは手前の反応に邪魔されてまともに検知できないのだが。
ネズミたちは魔獣とは言えおそらくカスみたいな魔石しか持たないだろうが、取り敢えず手に入れておきたい。
ネズミたちは最初、突然出くわした一行に驚いたのか様子を見ていたが、最初の一匹が飛び出すと同時に一斉に飛びかかってくる。
「っ、《メイルシュトロム》!」
最前列のサフィが魔術を放った。水流によって相手を押し込む魔術だが、準備期間が十分ではなかったために決定的ではなかった。しかし相手が小さなネズミなのでひとまずどうにかなったようだ。
「出口ってあの奥だっけ?」
「ああ、次の分岐を左、だ。ハイディ、そっちにネズミは居るのか?」
「分岐の右側から恐ろしいほど湧いてきてますね。基本左、つまり出口に向かっているようです。こっちに来たのは迷子のネズミみたいですね」
「この数で迷子とか…」
男たちの表情が強張る。
「この量のネズミが外に出たら大変なことになるのでは?」
「あ!そ、そうか!」
ハイディの言葉に反応して慌てる男たち。もう少し落ち着いてほしいものだが彼らもまだ子供なのだ。あまり求めるのも酷だろう。
「…よし、俺達は急いでここを脱出して、洞窟の入り口を塞ぐぞ。ハイドランジア、その役、任せられるか?道中の雑魚は俺達が引き受ける」
「任されましょう」
天幕くんが素早く方針を決めた。隊長としてかなり優秀なようだ。
しかしネズミの群れに分け入った直後。
「! 魔術、来ます!」
カッ、と洞窟内が明るくなって、目の前いっぱいに炎が広がる。
威力は全くなかったために完全に《レジスト》できたからこちらの被害はすこし驚いた程度だが、最悪だ。
ネズミのような群れを作る動物の場合、同じ環境にいる魔獣は基本同じ属性を得意とする。つまりこの場合、炎だ。
炎自体の威力は心配するようなものではなかったが、ここが密室の洞窟内だというのが最悪だ。このままやたらめったら炎を出されては、すぐに毒が出てしまう。そうなったら息を吸っただけで死ねるのだ。
これは魔術師が最初に教えられる基本の一つであるから、当然男たちも危険を認識した。
「《レジスト》しろよ!威力は大したことない。このままネズミ達は無視して突っ切るぞ!」
「了解!」
それが最良だろう。まともに相手にしていて炎を連発され毒が出てくるのが最悪の想定なのだから。
ネズミの群れを逆走しながら突っ走る。たまに噛みつかれるが気にしてはいられない。
「見えた、分岐だ!」
視線の先では、それこそ目を覆いたくなるような数のネズミが疾走している。あれに突っ込むのは覚悟がいる。しかしもたもたしてもいられない。先程から「燃やされた」数は十や二十では利かないのだから。
「南無三!」
幸い、ネズミ達は並走する分にはあまりちょっかいをかけてこないようだった。
「これは、何かに追われている?」
「かもしれませんね」
しかし考え事をするほどの余裕はない。
「よし、出口だ!」
既に相当数のネズミが殺到している。しかしここまでくれば、多少無茶をしても落盤で死んだりする危険性はかなり低い。強行突破が選択肢に入る。
「突っ込みます!《メイルシュトロム》!」
ハイディが詠唱だけして保持していた魔術をリリースする。先程サフィが行使したものと同じだが威力が段違いだ。大量の水がネズミ混じりの濁流になって出口から溢れだした。
「ひゃああああ、すごおおおおい!!」
誰かが間抜けな声を上げたが気にしてはいられない。
「早く、外に出てください!」
「わかってら!」
基本、あまり体を動かすのが得意ではない魔術師たちだ。最後の直線で男たちを楽々抜き去って一人洞窟から出たハイディが手招きする。
(もうかなりの数のネズミが外に溢れ出したみたいだな)
だが今はこれから出て来る分を何とかするほうが大事だ。
「よし、俺で最後だ、やれ!ハイドランジ……!」
「《エクスプロージョン》!!」
ズガン!!!!!!!!!!
全力で放った爆裂の魔術が出口付近のネズミもろとも広範囲を吹き飛ばし、洞窟は何処が入り口だったかもわからないほど崩壊した。これで地下からネズミが湧き出で来ることもないだろう。一安心だ。
洞窟の入口を塞ぎたかっただけなのだが、やりすぎたな、と流石に思ったハイディだった。
ネズミーランドへようこそ!




