落ち着け、今はまだその時ではない!
野外演習三日目。
今日は遺跡調査に欠かせない探査魔術の実習をする予定になっていた。
遺跡の隅、天幕を張ったあたりに集まってまずは魔術の習得からやることになっている。
「本日の演習では地中探査の魔術の習得を目標とする。使う魔術は中級の《ソナー》、魔術波を打ち込んでその反射から地中に埋まっている物を特定する魔術だ。埋蔵物の材質等によって反射する魔力の性質が変化するから、幾つかを組み合わせて何が埋まっているかを探っていくのだ」
術式自体は事前配布の栞に記載されているし、優秀な生徒諸君は予習もしてきているので術の行使自体はさほど問題はない。この魔術の真髄は組み合わせを工夫して埋蔵物を特定する運用にあるのだ。
定石はあるので、それを身につけるのが今回の野外演習の目的なのだった。
「地中探査、ねえ」
生体探査であれば魔王時代に生きるために仕方なくかなりの熟練を積んだものだが、地中探査はあんまりである。
特定の鉱石を探すくらいならなんてことはないが、遺跡調査に使うもの、となると未経験領域だった。
「先生たちは昨日のうちに遺跡の周辺、草を刈ったあたりに色々と埋めておきました。探知魔術でそれを見つけて、何が埋まっているかを当てる訓練です」
ばっ、と手を広げてラヴィオ先生が示した範囲にげんなりする生徒たち。何しろ階段遺跡だけでも百メートル四方以上の大きさがあり、その周辺も結構広範囲に渡って草刈りをしたのだ。その広さは草刈りをしたのだ自分たちがよく知っている。
土を掘り起こして埋めたのだから、と思って見てみても、あたりは一面刈り込まれた芝生のようでどこに埋まっているかなど判断できそうにない。
あれは多分、埋めたあとに魔術で土を均した上で傷んだ芝生に回復魔術を使って補修までしているのだ。一体何が彼をここまで駆り立てたのか、ハイディには想像できなかった。
これからの苦行を想像して苦笑いを浮かべていると、子豚ちゃんがすすっ、と寄ってきた。
「よし、ハイドランジア!どっちが多く見つけられるか勝負だ!」
「まあ、いいですけど」
やたらノリノリの子豚に対してハイディは完全に冷めている。ただ、なんの目標もなく地中探査を続けるのが苦痛なのも事実で、勝負には乗ってやることにした。
「何を賭けるんです?」
「えっ!?何か賭けるのか!?」
まさか勝負を持ちかけておいて何も賭けないとは。子供か。あ、子供だった。
「そ、そうだな。負けた方になんでも一つ命令できる、ってのでどうだ?」
「いいですよ」
「いいの!?あとで泣いても知らないぞ!?」
「その自信がどこから来るのかわかりませんが…」
ハイディとしては子豚ちゃんごときに遅れを取るはずもないのだが、レントンはよほど自信があるのか今からハイディにやらせることをあれこれ考えているのかだらしない顔になっている。
しかしハイディの呆れた眼に気づいたのか、
「な、何でもと言ってもこの演習中に限るからな!ずーっと効果が続くような命令はナシだぞ!」
「はいはい、なんでもいいですよ」
と子供らしく保身に走るあたり、大人としては苦笑しながら認めてやるしかなかった。
◇
各班に分かれての捜索演習が始まった。
ハイディは子豚ちゃんと勝負をすることになったので、リリィやマチスとはしばしの別行動になる。
まず大雑把に何かが埋まっていそうな場所を特定する広範囲を探査する魔術であたりをつけて、精度をあげた魔術で絞り込んでいく。埋まっている物を見つけたら1点、何が埋まっているかも特定できれば3点、と決めた。
「ふはは、ハイドランジア!僕が土系魔術が大得意と知らずに迂闊に勝負を受けたな!」
「いや、知ってますけど」
決闘の時にこれみよがしに見せつけてきたではないか。
「ふ、ふん。吠えづらかくなよ!《ソナー》!こっちか!!」
子豚が駆けて、更に幾つか魔術を使う。
「これは…馬の人形だ!ほらな!」
早速埋蔵物を掘り当てて得意げである。その手には手のひら大の人形が乗っていた。あの大きさのものを的確に見つけるのはなかなか難しい。
「さすがレントン先輩ですね」
「そうだろうそうだろう」
基本的に豚はおだてておけばそれ以上の害はない。
「リリィ、苦戦しているようだね!僕が教えてあげよう」
「え、結構です」
訂正。おだてすぎると調子に乗ってちょっかいをかけてくる。
勝負に際してお互いのやる事には口出し無用と決めていたので合法的に助けに行くやり方を考えないとリリィの貞操が危ない。
「あ、できました」
「そうだろうそうだろう。その調子で励み給え」
ところが、しぶしぶ教わったとおりにやってみるとうまく行ったらしく、しかも勝負のために先を急いでウザがらみしてこなかったのでリリィはコツだけ教わってすぐに開放された。いつもこうならいいのに。
さて、子豚ちゃんがそこそこやるようなのでハイディもそれなりの働きをしておかないと負ける可能性が無くもない。地中探査は得意ではないが、生体探査に比べれば、という程度。もとになる《ソナー》の魔術は教本に記載されているし、これを使って埋蔵物を探すこと自体はなんの問題もない。
「《ソナー》」
この魔術は生体探査のように純粋に魔力だけを飛ばすのではなく、音の振動も飛ばしてその反射を感知することで、土に埋まっている石だとか水脈を探すことができる。
「うん、だいたいわかった。先生たちが埋めたものだからさほど深さは必要ないはず。せいぜい1メートルくらいか。広さ優先で、まずはぐるっと一周…《ソナー》!」
こんこんと洞窟の壁を叩いて向こう側が空洞かどうかを調べるのに似ている。慣れない魔術だが何度かやっているうちに完全に理解した。十数回の魔術行使で全周の探査を終えたハイディの頭の中には、どこに何が埋まっているかの完全な地図が出来上がっていた。
「あんまりたくさん掘り出して他の班に迷惑をかけるのも良くないからな」
取り敢えず手近な一個、木彫りの熊が埋まっていると思われる一つを掘り出してから、どれを掘っていくか計画する。
さり気なくリリィやマチスを誘導して何かが埋まっている方に進めるのも抜かりない。子豚ちゃんは理想的には何も埋まってない方へ誘導したいがそれは難しいので特定が難しかったものの方に誘導しよう。
そんなこんなで二時間後。
「27対18で私の勝ちですね?」
「クッ」
ハイディが9個、子豚が6個の埋蔵物を見つけていた。ちなみにリリィが4つでマチスが2つだ。他の生徒も1つか2つ掘り当てている人が多い。もっとも、大半の生徒は一つ見つけた時点で満足して殆ど遊んでいたのだが。
「約束だからな。なんでも一つ命令してもいいぞ」
「うーん、とは言っても特にやってほしいことはないんですよねぇ」
「この演習の中だけだぞ!?帰るまでだからな」
「そんな何度も念押ししなくても覚えていますよ」
しかし実際にはに何かやらせるとなると考えてしまう。あまり酷いのも気が引けるし、リリィや自分に今後近寄らないように言ってもこの場限りになってしまう。
「帰るまでに決めておきますから、取りあえず保留で」
「し、仕方ないな。なるべく早く頼むぞ」
このあと採掘坑にうっかり迷い込む計画だから、その時に何かさせれば弾除けぐらいにはなるだろう。
探査の実習が恙無く終わってラヴィオ先生は上機嫌だった。
「今年の生徒たちは優秀ですね。これなんか、一昨年くらいに埋めてそのままにしておいたやつですよ」
いつもは少人数なので埋めたものをいちいち掘り出したりはしていない。毎年少しづつ埋蔵物は増えていたのだ。今年は人数も多く、若干明真面目に取り組んだ生徒がいたので結構掘り返してしまった。
「あのう、先生」
「なんでしょう、ハイドランジアさん」
「探査中に気づいたのですが、この遺跡の下に小さな空洞がいっぱいあるようなのですが、何かご存知ですか?」
足元を指差す。
「空洞、ですか」
問われたラヴィオが地図を拡げた。
「ああ、これかな?この近くの森の中に洞窟の入り口があるようですね。それがこの下まで続いているのかもしれません。資料にはかつて魔王が掘って禁忌魔術の研究をしていた、とありますが…それをさておいても深い洞窟には魔獣が住み着きやすいですから、あなた達は近づかないように」
「わかりました。ありがとうございます」
無論、解ってなどいないし、後ろでは先輩達が狙い通りソワソワし初めていた。
ハイディのさっきの問いはこの状況に持っていくためのものだ。もし質問に答えてもらえなければ、何かが怪しいと思った生徒たちが森に入ろうとするだろう。ラヴィオもそれがわかっているからこそ、敢えてちゃんと伝えて釘を刺している。しかし上級生の、特に男子諸君は興味津々だ。少し背中を押してやれば森に向かうだろう。あとはそれを止めるふりをして一緒についていけばいい。完璧な作戦だ。
「ハイディちゃんが黒い笑顔で笑っている…」
「絶対これ何かたくらんでる顔ね…」
かわいい妹分が無茶しないように見張らなくては、と決意する同室の二人だった。
疲れてきました。
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名探偵に、なりたかった
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