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天幕貼るのは男の仕事(キリッ

おふろー

 草刈りが終わったからと言ってゆっくりしている暇はない。

 暗くなる前にこれから数日間の拠点となる天幕を張ってしまわないとならないのだ。あと、晩御飯の準備も必要だ。


「はっはっはっ、天幕を張るのは男の仕事だ!女性陣はそこでゆっくりしているといい!」

 そう言いながら笑っているのは、ハイディと同じ班になるべく決闘までした男の一人、グレンだった。


 ちなみに現時点でハイディは彼が決闘したことぐらいはおぼえていたが、名前はスッカリ忘れていた。なので、心の中では天幕くんと呼ぶことにした。


「そんなー、悪いですよー」

「なに、こちとら毎朝天幕張ってますからね!慣れてますよ!」

「? そうですかー?なら…お願いしますー」


 マチスと天幕くんが何処かズレた会話をしているのを聞きながら、彼の友人たちが呆れ顔をしているのを横目に、どうか彼らが言っていることが純真な二人に理解できる日が来ませんように、と祈りにも似た思いを抱く。


(あ、同期生らしい女子に頭を叩かれたぞ。うん、ちっさい子どももいるんだから下ネタは良くないよね。まあ、俺おっさんだけどね)


「じゃあ、私たちは水を準備しましょう」

「そうですね」


 こんな何もない場所では水源の確保が重要である。しかし魔術師にとってはさほど難易度の高い問題ではない。魔術が使えれば、よほどカラカラに乾燥した土地でもなければ水はいくらでも空気から取り出せるのだ。


 男たちは皆で散らばって天幕を組め立て始めている。

 残った女子はハイディを含めて六人。


 馬車で運んできた荷物の中から、鉄の骨組みと革の袋を組み合わせた移動用の水瓶を取り出して、天幕を組み立てているすぐ横に置く。そこそこ重たいが女子でも五人もいればなんてことのない重さだ。

 骨組みが折りたたみ式になっていて、広げると一辺が1メートルほどの立方体の入れ物が出来上がる。


「私たちは次の箱を持ってくるから、ハイディちゃんはこれに水を貯めていって」

「わかりました」


 リリィ達と分担して準備を進める。用意する水瓶は天幕の数と同じ六個。満タンにすれば全部で六トンの水が必要になるから、かなり大変な仕事である。


 ただし、並の魔術師にとっては、だが。


「《ウォーターボール》! やばっ、多すぎた」


 詠唱の完了と同時に目の前に巨大な水の玉が出来上がる。特に制御していないのですぐに重力に引かれて容器の中に落ちたが、「ちょっと」水量が多かったのであたりが水浸しになってしまった。


「まあ、少ないよりはいいか」


 特に気にしないことにする。


 見ると、丁度女子たちが次の箱を隣の天幕の横に設置し終えて更に次に取り掛かったところだった。

 設置された箱の横に移動して、再び詠唱。


「《ウォーターボール》。うん、今度は少し少ないな」


 容器の九割ぐらいのところまで水が入っている。狙いとしてはもう少しギリギリの所だったので謎の悔しさが残った。折角だからチョロチョロと注ぎ足して満タンにしておく。


 隣を見ると、次の容器も設置されていたのでそちらに移動する。


「《ウォーターボール》!惜しい、ちょっと溢れたか」


 表面張力でゆらゆらしている水面から、ほんの少しだけ水が垂れて容器の下にシミを作っていた。


「ていうかアレだ。これ、当たり前だけど容器の内容量が完全に同じってわけじゃないんだよな」


 何しろただ水を入れておくためだけの携行用の装備である。既製品故に最低限の容量は決まっているのだろうが、多少容量に誤差があるのは当たり前。ならばこちらが出す水の量を狙い通りにしても溢れたり足りなかったりするのも当たり前だ。


 考えながら横を見ると、次の箱が置かれていた。

 箱の横に立って詠唱を組み立てていく。


「ギリギリ一杯にしようと思ったら、はじめに容積測定の魔術を使ってからその結果を入力して条件停止するような術式か?いや、この入れ物は革だから、水を入れたら若干伸びるはずで、それだと少し足りないな。膨張率を計算に入れても確実性に欠けるから、術式の停止条件を容器のフチの位置で設定できる必要があるな。下敷きにする魔術も発生が早くて効率がいい《ウォーターボール》より精度重視の《ウォーターフィラー》の方がいいだろう」


 今、ハイディの頭の中には当座の生活用水を用意できればいいなどという当初の目的はなくなっていた。どうすればこの水瓶にギリギリ一杯の水を満たせる魔術を構築できるか、という知的好奇心が全てになっている。


「…ふむ。やってみよう。《ウォーターフィラー》!」


 ごぽごぽ、と容器の中から水が湧き出るようにして現れていき、フチギリギリのところまで溜まってから、止まった。


「うーん、狙い通りではあるんだが…如何せんちょっと時間が掛かっているよなあ」


 《ウォーターフィラー》に色々と条件を追加したせいで即興で組み上げたとは思えないほど複雑すぎる代物になってしまった。

 この複雑さ自体は即興性による処が大きいので後でじっくり考えればかなり解消できるはずだが、湧き出る量を自動調整するために水が生成される速度がかなり遅くなっている。それが気に入らない。


「そもそも、おおよその量はわかっているんだから、最初から水面を停止条件にする必要はないんだよな。まずおおざっぱに量を指定して…」


 ブツブツと検討しながら隣の天幕を見ると、おあつらえ向きに次の容器が用意されていた。


「よし。…《ウォーターフィラー》!」


 先程と少し詠唱を変えてある。

 まず初めにばしゃっとひとかたまりの水が落ちて、それから湧き上がるように水が増え、容器の縁まで貯まると止まる。


「お、結構いい感じだったんじゃないか?」


 なかなか満足の行く結果である。使い勝手の良さそうな術式ができた。詠唱自体はまだまだ最適化の余地があるが、即席にしては上出来である。


 隣の天幕では最後の容器を設置し終わったところだったので、そちらに水を満たしに行く。


「おや、ハイディちゃん、何か用?疲れたなら水を入れるの代わろうか?」

「いえ、これで最後なのでやっちゃいます。《ウォーターフィラー》!」


 ざばん、ゴボゴボ、とあっという間に満たされる最後の水瓶。


「ハイディちゃん、さすがだね…」


 辛うじてリリィがそんな感想を漏らしただけで、残りの四人はマチスも含めて呆然としていたのだが、ハイディはそれに気づかなかった。


 ちなみに、天幕を組み立てていた男子とあと教師の二人は、すぐ横でブツブツ言いながらあっという間に容器を満たしていくハイディを見て完全に手が止まってしまっていたことを付記しておく。






 もうすっかり日も落ちてしまったが、天幕で囲まれた中心部で火を焚いて、周りを囲むように座って夕食をとっている。


 もちろん皆で作ったものだ。自分たちの班の分は自分たちで作る、という方針のもと、ハイディ達も四人で煮込み料理を作っていた。


 先入観の通りマチスもリリィも料理が得意でレントンはダメな感じだったが、ハイディも結構雑でリリィに懇切丁寧に教えられながらの料理だった。

 後ろから抱き込まれるようにして手を添えられて柄にもなく緊張してしまった。ちなみに、レントンは放置である。他にできることがなかった彼は葉っぱをひたすらちぎっていた。


「学食の洗練された料理もいいですけど、こうして自分たちで作って食べるのもいいですね!」

「そうだねー。お休みの日とかは寮の台所借りられるから、たまにやってみるのもいいよねー」


 と楽しそうにしているハイディとマチスに対して、リリィとレントンは匙で掬った煮込みを見つめながら固まっていた。


 だって、見てしまったのだ。

 火に誘われてやってきた割と大きめの虫が鍋に決死の飛び込みを実行するところを。

 すぐにマチスが掬って捨てたが、それがどうにも引っかかっている。


「食べないんですか?」


 上目遣いで心配そうに見上げてくるハイディに、うっ、と言葉も出ない。ちなみに、レントンは無視である。


「い、いただきます」

 意を決して口に運ぶ。

 出来てしまえばなんてことはない。別に変な味がするわけではないのだ。普通に美味しい。けど、素直に喜べないリリィなのだった。





 夕食後、ハイディが見張りをしていると、天幕くんが何人かの男子とともに現れた。何の見張りをしているかといえば、お風呂である。


 こんなところで贅沢な話なのだが、ハイディのお陰で期せずして大量の水が手に入ったので急遽設置されたものだった。


 地面(もちろん遺跡の外だ)に魔術で穴を掘って固めて、そこにお湯を入れただけの簡易的なものだが実用には十分すぎる。もちろん天幕の余った布を使って目隠しも万全だ。ただ、一度に三人づつしか使えない。


 いつものようにリリィやマチスと一緒に入るのかなーとなんとなく考えていたら、今回初めましての女子二人が一緒に入りたい!と手を上げたのでその二人と入ることになっていた。


 一人はサバサバした感じの娘で、マチスたちよりも少し年上だった。底抜けに明るい感じでひたすら絡んでくるのでちょっと苦手な種類の娘だ。名前はデイジー。

 もう一人は眼鏡が似合う物静かな感じの娘で、名前はハルカ。あまり聞かない響きの名前だったが、聞くともともとはこの国の家系では無いらしい。何百年も前に王国に取り込まれた小国の民族だったようだが、だからどうということもない。よくある話でもあった。


 その二人に良いように弄ばれてのぼせてしまったので、今は風呂場の横で湯冷ましがてら見張りをしていたのだ。

 今はリリィとマチス、そして初めましての最後の一人、これまたデイジーと、よく似た感じのパンジーという娘が入浴中だ。

 パンジーはデイジーの従姉妹らしいのだが、雰囲気は似ているが顔はあんまり似ていなかった。ただ、三人とも美人かどうかでいえばかなり美人である。だからか、ハイディもすんなり名前を覚えていた。なんだかんだ言って中身はおじさんなのだ。


「なあ、ハイドランジアよ。うまい菓子があるんだが、向こうで食べないか?」


 子供だと思ってなんとも安直な手に出たものである。馬鹿にしないでもらいたい。


「いえ、結構です。皆さんはどうしてここへ?」

「いやあ、夜風が気持ちいいと思ってなあ」


 清々しいまでに取ってつけたようないいわけである。言いながらも鼻の下が微妙に伸びているし何より耳に全神経が集中しているのがハイディにはよくわかった。

 年端も行かない女子に見えても中身はおじさんなのである。彼らの気持ちは痛いほどよくわかる。ま、俺は毎日緒に入ってるけどね!?


「申し訳ありませんが、こちらは今入浴中ですので、紳士の皆様には離れていただけると助かります」

「あ、ああ、そうなの?気づかなかったなあ?」


 わざとらしく口笛を吹いたりしていて涙ぐましいが、それとこれとは話が別だ。覗きは断固阻止。


「透視の魔術でも使おうものならどうなるかわかっていますね?」

「わ、わかってるよ、うん。わかってる…」


 杖を突きつけての穏便な説得の結果、ご理解頂けたようで何よりである。


「しかしハイドランジアちゃんよ。噂には聞いてたがすごいんだな、君は」

「そうそう。俺達が天幕組み立ててる横でさ、トコトコ歩いてきたかと思ったら一瞬で水瓶いっぱいにしていくんだから。あの魔術何?ただの《ウォーターフィラー》じゃなかったよね」


 男たちはいつの間にかハイディを囲むように車座になっていて、夕食前に見たハイディの魔術について語り合っている。

 これでもそれなりに狭き門である中央魔術学院で学んでいるのだ。見知らぬ魔術に対する好奇心はかなりのものだ。


「あれは、我が家に伝わる秘伝の魔術で、《ウォーターボール》と《ウォーターフィラー》を組み合わせたもので容器にギリギリいっぱいの水を出すことができるのです」

「へえ。ちょっとやって見せてよ」

「いいですよ」


 土魔術でちょっとした穴を掘ってから、詠唱を始める。


「《ウォーターフィラー》!」


 とぷん、と一瞬でその穴をぴったり埋める量の水が現れた。


「おお、すごいな」

「なるほどね…同系統とは言え組み合わせると干渉が問題になるところはうまく組み合わせて回避できているわけか」


 男たちの中でも取りわけ理論派であるサフィ(決闘にも参加していたがハイディはもう名前を忘れている)が、感心したように何度も頷きながら、仲間であるグリと一緒に地面に魔術式を書きながら分析をしていた。なかなか的確な分析をする。

 それを見ながら、いつしか外野では術式の改良が始まっていた。即興で組み合わせただけの魔術だから、改良できる箇所は結構多い。一見バカに見える天幕くんですら、熱心に議論を交わしているところを見るとあれで結構優秀なのだろう。



 そこへ。


「ハイディちゃーん、そこで何か盛り上がっちゃってるー?」


 天幕の向こうからマチスの声が聞こえてきた。騒がしくしたせいで気づかれてしまったようだ。というか気づかれないわけがない。目隠しのために布で囲ってあるが上は空いているのだし。


 その声を聞いた男たちがピタッと議論を中断して聞き耳を立て始めたのを見てしまっては、ハイディとしてはジト目を進呈しないわけには行かなかった。


「いや、ちょっとした先輩たちとの水汲み魔術の検討を」

「あー、あのすごい魔術ねー。お陰でこんなにゆったりお風呂に入れてるよー。ありがとー」

「いえいえ」


 こんな何気ない会話ですら聞き耳を建てずにいられない思春期の男子諸君を微笑ましく思いながらも、やはりいくらかの優越感は持ってしまう。

 お前たちの見たかったものはこの目にしっかりと焼き付いているぞ、と。


「なあ、ハイドランジアちゃんよ」

「なんです?」


 検討の輪から抜け出してきた天幕くんがハイディのすぐそばに腰掛けて、真剣な表情で耳打ちするように訪ねてくる。


「後生だから教えてくれ。あの五人の中で一番胸がデカいのは、いや、デカくなりそうなのは誰だ?ああ、もちろん自分を含めてもいいぞ」

「馬鹿ですか?そんなの私が答えるわけ無いでしょう?」


 罰として電撃の刑に処してやる。髪の毛がチリチリになって転がってしまった天幕くんを、仲間たちが指差して笑っていた。


「だはは、グレンのアホ、ハイドランジアちゃんに何言ったんだ?」

「大方、女子たちの胸の大きさでも聞き出そうとしたんでしょう?」

「勇者だ、勇者がいる」


 こんな風にバカな話で盛り上がっていると、最初に学院に通っていた頃に友達がいればこんな話をすることもあったのかなあ、と少し感傷的になってしまうハイドランジアなのだった。


「せ、せめて俺たちもこの後風呂に入れてくれ!」

「いいですけどもちろんお湯は全部交換しますよ?」

「それじゃ意味ねぇんだよ!!!」


 正直すぎるその性格、嫌いじゃないよ。




(現時点ではマチスが頭一つ抜けてるよなあ。でもあの母の娘なんだから、あと二、三年もすれば俺も…)


今回の話で大体十万字ですね。

そろそろストックに追いつきそうですヤバいです。

せめてコメントかブクマがあれば…(チラチラッ

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