人が来ない場所では自然の脅威を如実に感じられるね
ハイディたちが通う中央魔術学院では、年に一度、新学期が始まってる一月ほどが経つ頃に魔術師の仕事を体験して今後の学習計画に活かすための野外演習が行われる。
四、五人づつの組に分かれて幾つかの行き先の中から行きたいところを選ぶ形式だ。ハイディは寮で同室のリリィとマチス、あと組みたがった生徒たちの中から決闘で勝ち上がってきた市長の息子、子豚な体形のレントンと共に遺跡で演習することになっている。
行き先を決めたのはハイディで、魔石欲しさに魔獣と遭遇する可能性がゼロではない移籍行きを希望したのだ。
というわけで早くも野外演習当日。遺跡組は目的地が遠いので出発も早い。しかし荷物はあらかじめ鉄道で運んでもらう算段がついているので本人は身軽だった。
ハイディは小さい水筒と幾らかの小銭だけが入った小さな背嚢を背負い、母親から譲り受けた杖と父親から譲り受けた剣を佩いている。
剣と杖どっちを持っていくか迷った結果両方持っていくことにした。本当は今練習中の弓も持って行きたかったのだが、流石に嵩張るので辞めた。別に表向きは狩りに行くわけでは無いので弓を持っていく理由がなかったのだ。
ちなみに、弓の腕前は狩猟部の合宿のときからすれば多少マシになっている。子供の体は物覚えがいいのかもしれない。
集合場所である寮の中庭からゾロゾロと連なって駅へと向かう。例年遺跡は不人気だが今年は大人気だ。決闘に参加していなかった生徒の中にも、ハイディ狙いで遺跡行きを決めたやつだっているのだ。結局、八組四十人が連なって歩いている。
「やあ、いつも一組か多くて三組、ゼロの時だってあった不人気の遺跡組とは思えない活気で先生嬉しいよ!去年はどんなに誘っても無関心だったリリィさんも来てくれるなんて夢のようだね!」
と浮かれているのは、リリィとハイディが所属する魔術理論研究室の担当教師、ラヴィオである。
いつも遺跡行きの引率を好き好んで担当している変わり者なのだが、どんな理由であれ遺跡の良さを生徒たちに広める機会を得てご満悦である。
ちなみに、いつも遺跡の引率教員は一人なのだが、今回は人数が多いのでもう一人いた。ハイディからすればあまり馴染みのない、ややお年を召した男性教諭。
見た目はやや頼りなく見えるが誰にも不満はない。生徒たちも体を動かすことに関してはからっきしの頭でっかちだし、魔術については経験に裏打ちされた一日の長があるのだから。
鉄道で二時間ほど揺られて町外れの駅で降り、荷物を回収して現地で調達してあった馬に乗り換え。これから丸一日移動にかかるらしい。途中馬車での夜明かしもある。これは移動が長い遺跡組だけに課せられた苦行であり、不人気の一番の理由なのだった。
馬車は夜中も殆ど休むことなく、一定の速度で進んでいく。
人があまり通らないためやや荒れている道の上でガタガタと揺れる車内は快適とは言い難いが、疲れには勝てず一人二人と死んだ様に落ちていく。
ハイディは早々に寝落ちしていた。お子様の夜は早いのだ。リリィの肩に寄りかかって寝ていたので、逆にリリィはなかなか寝付けなかったが。いつもくっついて寝ているのだがこういう体勢は新鮮だったのだ。
夜の旅は何事もなく終わった。昔は少しでも旅程を短くしたい商人がよく使う道だったのだが、街と街を繋ぐ鉄道が整備されてからは殆ど人通りがなくなってしまった道だ。
人がこなさすぎて盗賊すら現れない。いっそ魔獣の一つでも出てくれれば心置きなく野外演習を楽しめるのだが、もちろんそんな都合のいいことはなかった。盗賊もでなかった。
遺跡は、草原が切れて山岳部に差し掛かり森になるあたりにある。
「さ、ついについたぞ!」
やたら元気に馬車から飛び降りたラヴィオ教師だったが、後に続く面々は半死半生の屍のような動きでヨロヨロと降りてきて、そして絶望するのだ。
「ただの原っぱじゃん」
四十近い声が重なった。
こんな何もないところに普通の人はわざわざ来ない。草はハイディの背丈ほどに伸び放題の自然の姿。このあたりに遺跡があるらしいのは朽ちかけた看板に書かれているので間違いないが、それがなければ今まで延々馬車で進んできた原っぱと何ら変わりない。
「うむ。草が遺跡を隠してしまっているのだ。まずは草刈りからじゃな。こうやって歴史的建造物の保全に務めるのも、王国の文官たる我ら魔術師の仕事なれば」
お年を召した先生も、腕まくりまでして気合十分だ。それを見せられては嫌とは言えない。何しろ自分たちは理由はどうあれ志願してここにいるのだから。
「なに、これだけ人数がいるんだからあっという間に終わるさ。いつもは夜中までやってるけどな」
さらっと恐ろしいことを言うラヴィオ。たしかに人数が多いのは救いではあるか。
かくして、遺跡組第二の不人気理由、死の草刈り地獄が始まった。
◇
「《ウインド~カッタ~》!」
マチスが、延びしたいつもの調子で魔術を発動する。実家が農家で自身も飼育部である彼女は飼葉をよく集めているので草刈りは得意分野だ。
風の魔術で根本近くから草を狩り、そのまま風を操って飛び散らないように纏めて一箇所に積んでいく。魔術で草刈りをすると手でやるのとは比べ物にならないほど効率はいいが、それでも上手くやらないと量が量なので終わらない。
「上手いですね、マチスさん」
「もう、ハイディちゃんったら、褒めても何もでないよー?」
そんなことを言いながらも次々と草の山を量産していく。ハイディも田舎暮らしだったから草刈りはよくやったが、ここまできれいに刈り揃えたりはしなかった。ハイディも、そして母親のアンもその辺りは適当だ。草が無くなればいいのだから、と面倒になって一面焼き払った事すらある。
生徒たちは組ごとに散らばって草刈りをしていた。当然、ハイディたちはレントンと一緒だ。
「ははは、見ろ、ハイドランジア!僕にかかれば草刈り程度余裕だ!」
レントンが同じように風の魔術で草を狩り、一纏めにしている。
「あー、はいはい、スゴイデスネ」
正直相手にするのも面倒なので適当にあしらっていたのだが、なぜか気を良くしたレントンが上機嫌で調子に乗っていく。
その脇で、ハイディも草刈りをすることにした。子豚ちゃんを上手くノセれば楽ができそうではあったが、一応授業なので何もしないわけには行かない。査定に響いたら大変だ。
「《ウインドカッター》!」
つむじを描くように風の刃を走らせて、そのまま回転を利用して小さな竜巻に仕立てれば勝手に草が集まって来るはずだ、ほらね。
「おー、ハイディちゃん流石!一気に進んだねー。一回で私の倍以上の広さをしっかり刈れてるよー」
「草の高さも地面ギリギリ、飛び散った草もないし、完璧」
二人に手ばなしで褒められるとどうにも照れてしまう。指導員として遠巻きに見ていた教師二人も満足げに頷いている。
思い返せば今まで褒められるということがあまり無かった。今の両親はやたら要求レベルが高いし甘やかされはするが褒められはしなかった。
(カルマン君もミラも人に仕事押し付けておいてどんだけやってもさらっとお礼いうだけだったもんな。上司をおだてるということをしないんだよあいつら…)
上機嫌で草を刈っていると敵愾心丸出しの目で睨みつけてくるレントンに気づいた。
「ふ、ふん、その程度僕でも余裕だ!…《ウインドカッター》!」
レントンが放った魔術は、その言葉通りサクサクと草を刈っていく。ハイディが刈ったのよりも少しだけ広い範囲を。
「ふ、ふはは、どうだ!?」
「すごいすごい」
適当に褒めておく。本人は術の制御に必死でこちらの事など気にする余裕など無さそうだから。
「は、はは、そうだろう、そうだろう」
「黙って制御しないと暴走して草が散りますよ」
「僕がそんな失敗するわけない、だ、ろっ!?」
言ったそばから風が暴れ始めた。やれやれ、と自分の詠唱を少しだけ変えて、レントンが撒き散らかした草を一箇所に集めてやった。
「ふ、ふん、あ、ありがとな!」
「え?」
「な、なんでもない!」
まさか礼を言われるとは思っていなかったので、密かに子豚ちゃんを見直したハイディなのだった。
◇
遺跡に到着して二時間、太陽が真上に差し掛かった頃、ついに遺跡がその全容を表した。
草刈り前にはわからなかったが、高さ1メートルほどの石壁が三段になっている階段状の遺跡で、中心に行くほど低くなっている。最下段は一辺が100メートル程度の正方形であり、見ようによっては学院にある演習場のような作りに見えた。
草刈りを終えた今は一面が芝生のようになっているが、この下には1メートルほどの盛り土があり、その下は石畳になっているらしい。つまり後一段階段が埋まっているのではないかと思うのだが、地層の感じからこの状態が本来の姿であると考古学者たちは結論していた。
「ここ、リカリス遺跡は竜人族が創った魔術の訓練場だと言われている。竜人族は知っているか?かつてこの地に住んでいたが、今はもういない一族だ。伝承では西大陸に向かい、そこからさらに裏大陸に渡ったと言われているが正直なところこの話は眉唾物だな。人類は今だ西大陸にすらたどり着けていないのに、そこから先のあるかないかもわからない裏大陸に渡ったなどという話が確からしく伝わるはずもない」
ラヴィオ先生が生徒たちを集めて青空授業を始める。その顔がちょっと学院や研究室では見ない程輝いていて、普段の姿をよく知るリリィやハイディは別の人を見ているような気になってくる。
「あれ、本当にラヴィオ先生ですか?」
「多分ね」
確証の持てない二人なのだった。
草刈りだけで一話使ってしまった・・・




