職員会議の話題といえば今日はもちろんこれしかないよね
ちょっと説明が過ぎますね…ごめんなさい…
午後に開かれた職員会議の話題は、当然午前中に行われた技能測定だった。
例年有望な生徒たちの成績を肴に教育方針はこうした方がいいんじゃないか、あたりの真面目な会話から始まって、いつの間にか戦わせたらどっちが勝つ、のようなどうでも良い予想大会に移行していく。
特に今回は目玉があったので、開始前から教師たちはみなソワソワしていた。
時間になると全員分の測定結果をまとめた資料が配られる。ざっと頭から目を通しながら、皆ある一人を探していた。
「これで十歳なのか?」
「正確にはまだ九歳のはずですよ」
「末恐ろしいというか我々の誰よりも魔術師として完成されているのでは?」
「その可能性は否定できませんね」
もちろん俎上に挙げられているのはハイディだった。誰が、とは誰も言っていないが誤解しようもない。
「属性適性を除いて全項目A判定とは、歴代の主席卒業生でも数人いるかどうかだぞ」
「残った適性も十二のうちたった三つがB判定なだけですからね」
「私など適性はA判定が3つ程度ですよははは」
「なに、普通はそんなものですよ、先生」
まだ若い教師たちは自分たちの不甲斐なさに肩を落としてしまっている。
「流石は歴代最高の成績を残した天瞠の魔女の娘だな。血のせいもあるのだろうが一体どんな英才教育を施せばこんなことになるのやら想像もつかない」
「天瞠の、アン様が入学した頃の成績ってどれくらいだったんですか?」
「ああ、それなら俺も昨日気になって調べた。入学は十二の時で、精度と発生がBだったが他はA判定だったようだ。属性は半分程度がA判定で、C判定が1つだけあったようだぞ」
「今年で言ったら彼女以外の最高成績者と同じくらいですね、それ…」
「ソウダネ、オソロシイネ」
「どうしたんですか、先生?」
なぜか急にぎこちなくなってしまった先輩教師たちを訝しがる若い教師たち。それはアンを直接知っているかどうかの差でもあった。当時を知る教師たちは未だにアンの名を聞くと蛇に睨まれた蛙のようになってしまう者も多い。
「あの娘の子とは思えぬほど性格は穏やかよな」
「そうですね…」
こう言ってはなんだが、ハイディの母親である天瞠の魔女アンはわかりやすく凄い魔術師だった。
古代魔術を自在に操り、極大の魔力を持つ。性格は苛烈で並みいる生徒たちを上級生も下級生も教師すらまとめてひと睨みで居竦ませてしまう、そんな生徒だった。
卒業する頃には多少丸くなっていたがそれでもなお彼女の武勇伝は当時を知る教師たちの記憶に深く刻み込まれている。魔王討伐を終え天瞠の称号を与えられるまでの彼女の二つ名は「暴君」あるいは「トラウマ製造機」であったこともそれを物語る。
「私、あの笑顔を見ていると不安になります…目元があの子にそっくり過ぎて…いつあの虫ケラを見るような顔になるかと思うと…ウウッ」
「クラウス先生は天瞠の研究を見ていたのでしたね」
「ええ、日に三回は睨まれていましたよ。その度に心臓が止まるかと」
お通夜のようになってしまった年長者たちを尻目に、若手は熱心に議論を交わしていた。
「魔力と威力が飛び抜けて高いですよね。昔と違って今は魔力を回転と変換の成績から計算して出してるから単純比較はできないかもですが、近年では最高級でしょう?威力は言わずもがなの十枚抜きだし」
「あれな。なにをどうすればあんな中級の氷撃魔術で十枚抜けるのやら」
「圧縮すよ、圧縮。オレ圧縮の担当やってたんですけど、あの子友達と世間話?しながらサラッと最大まで圧縮した魔石を返してきたんですよね…自信無くしますよ本気で」
「変換の効率もおかしかったのですよ。速さこそそれなりだったのですが、往復で損失がほぼゼロでした。普通どんなにできる人でも往復八割ぐらいですよね?」
「術式名省略もやってた…。なんなら詠唱完了前に術が発動していたと錯覚するほど見事だった…。」
もはや不正を疑いたくなるほどの常識外れの連続だが、そんな証拠はないしするとも思えない。その実力を疑うほど教師陣の目は節穴ではないのだ。
もちろん教師陣や歴代の優秀者を並べてみれば、これに近い成績のものは居る。しかしまだ十歳。十歳といえば普通ならば魔術師としては駆け出しも良いところだ。
「一度アン様を招いて英才教育の極意を伝授いただくべきでは?…ちょっと、トラウマのある先生方もいらっしゃるようですが…」
「わ、私のことなら気にしないでくださいいいい」
「そんな震えながら言われましても説得力ないですよ、クラウス先生」
これ以上この話を続けると倒れてしまいそうだったので、話題を変える。
「いやしかし騎士校に取られなくて良かったですな。当然あちらも狙っておっただろうしな」
「単に入学資格条件の違いだけですけどね。うちはその年に十歳になる者、あちらは十歳になっているもの、というただそれだけで」
「彼らには速さがなかった。それだけです」
事実、騎士校側もこのことには早くから気づいており、バルムンクなどは規約改正に向けて動いていた。
しかし私学的な位置づけである中央魔術学院に対して騎士校は王家直属の公立学校であったため改正は難航。そうこうしているうちに今年になってしまったというのが真相である。
「体力測定の結果などはいっそ清々しいよな」
「ぶっちぎりの独走体制ですからね」
「本を読んでばかりで録に動かない連中がかなうわけなかろ。儂らを含めてな。君らも学生寮の中庭で彼女が朝早くからやっている訓練を知らぬわけないよな?」
「もちろんですよ。あれは見事なものですね。騎士校の生徒でも、いや、もしかすると主席でもあれほどの剣舞はできないのでは?贔屓目もあるかもしれませんが」
「オレなんかいつの間にかアレ見るために起床時間が一時間くらい早くなりましたからね」
「あれを見ないと一日が始まらない…。」
「然り」
ハイディとしては誰かに見せているつもりはないのだが、そこそこの広さがあり明るくて気持ちいいからという理由で早朝の練習場所に選んだ学生寮の中庭は、教師たちが暮らす教員寮からとても良く見えた。もちろん学生寮からもよく見えるため、部屋から遠巻きに見ている者も多い。そこで繰り広げられるあまりにも見事な素振り、もとい剣舞は見るものを惹き込まずにはいられない。
「人間てあんなに綺麗に動けるんですねえ」
「静かなのに音楽が聞こえてくるようですよね」
「相当やり込まないとああはならないでしょう?勇者シリウスといえば星騎士バルムンクの功績を掠め取ったなんて揶揄されることもありますが、そんなのは単なる外野の僻みだというのがよくわかりますね」
「はは。かのバルムンクが魔王討伐を命じられた際に真っ先に同行者に指名したのだからその実力を疑うのは野暮と言うものよ」
「それもそうですな。ははは」
などと楽しげに会話する教員質の隅に、一人報告書を握りしめて歯ぎしりしている女性がいた。新生魔王軍の間者として魔術学院に潜り込んでいるマヤである。
「どうかされましたか、マヤ氏?」
「いえ、なんでもありません…」
あまりにもな形相に同僚が思わず声をかける。平静を装って眉間のシワを指で伸ばしてから、深呼吸でこころを落ち着かせる。
(あの娘がここまでデキるのは正直想定外だ…。このままではミラ様の偉大な計画に支障を来す恐れがある。早くなんとかしなくては)
「マヤ氏、またミケンにシワが…!」
「…失礼」
このままでは眉間のシワを伸ばすために指の指紋がなくなってしまう恐れがあった。
◇
職員会議終了後、自室に戻ったマヤは即座に《コネクト》の魔術を使ってミラに測定結果を報告していた。
「…なるほど、たしかに数字は目を見張るものがありますね。大人になる頃には以前の魔王様ほどの力を持つかもしれない」
「消しますか?」
「憂いを断つという意味では魅力的な提案ですが危険も大きいでしょう。折角今まで秘密裏に事を進めてきたのにその時点で再び世界を敵に回す可能性が高い。中央が目を掛けている人物を傷つけるのはできるだけ避けたいですが…」
かつて「魔王」は中央、正確には王家から禁忌扱いとされていた生物関連の研究を推進していたために国を追われることになった。
しかしそれはあくまでも理由の一つであり、実際の契機となったのは放置していたために迷宮化し魔獣が住み着くようになった採掘坑から氾濫した魔獣が、たまたま近くを通りかかったまだ幼い王女をちょっとだけ傷つけてしまったからだとミラは長年の調査から結論づけていた。
「まあ、『事故』で死んでしまうということも無くはないでしょうから?」
「そうですね。学院の行事で出かけた先で不幸にも事故死する生徒はたまに出ますからね」
ふっふっふっ、と魔術具越しに怪しい笑顔で笑い合う二人。
ちなみに、授業中の事故死というのは学院の長い歴史を紐解いても数人しかいないのだった。
かくして、ハイディの知らぬところで陰謀が一つ、動き始める。




