町中でばったり有名人に会うなんてやっぱり都会だなあ
厳重に封印された展示台の上に魔石が乗っている。
(高っ!めっちゃ高っ!?)
展示されているのはハイディの目から見れば取るに足らない魔石だったが、その下に書いてある値札にはゼロが六個ついていた。
百万ライズ。今日買った服や靴を全部ひっくるめてあと20組は買える。ちなみに、これより高価なものになると店頭には危なっかしくて展示できないので目録だけが置かれていた。興味本位で一通り眺めてみたが、これは確かにそこそこの魔術具を作ろうと思ったら家が買えるし、実家に置いてきた魔石であれば確かに城がいくつか買えてもおかしくない。当然、子供のお小遣いで買えるような代物ではなかった。
使い捨ての小道具に使うようなクズ魔石であれば何とか手に入りそうなものもあるにはあったが、そんなものでは幾つ集めてもハイディが作ろうとしている《コネクト》の魔術具は作れない。
「学生のうちにそれなりの魔石を手に入れるのはたぶん無理だよ」
作りたい魔術具があるからとこの店に行きたがったハイディだったがリリィの言う通り正攻法では魔石は手に入りそうにない。やはりどうにかして魔獣に遭遇する必要がある。
「それよりほら、この辺の素材は授業でも使うから、折角だから今のうちに買っておくといいよ」
言われたままに素材をかごに入れていく。若干お金が足りなかったが物々交換でもいいらしいのでこの前授業の時に採取して加工しておいたものと交換し、必要なものは一通り揃えることができた。
「はぁい、彼女たち?何してんの?暇?」
「ちょっとオレタチと遊ばない?」
「お名前教えてー?」
見るからに軽薄そうな男が三人、道具屋を出たところで声をかけてきた。自分たちより少し上ぐらい。襟元に騎士校の生徒であることを示す徽章をつけているから騎士校の生徒なのだろう。
マチスとリリィを見ると、二人とも困惑していた。どうやら知り合いではないらしい。ナンパだ。
「君ら魔術学院の生徒っしょ?俺ら騎士校ぅ~!」
「うひょーマジ魔術学院パネェわ~かわいいわ~」
「もーまじ俺らの学校サイアク。むさくるしいのしかいねぇし~みたいな~?」
この見るからに頭の悪そうな三人がそうであるように、ハイディたちも襟元に魔術学院の徽章をつけている。ここいらの学校の規則で、外出するときはこれをつけておく必要があるのだ。身分証にもなるし、身元がしっかりしていると判断されるのでいろいろと便利でもある。店で怪しげなものを売りつけられたりしなくなるだけでも効果ありだ。
「何か御用ですか?」
気丈にもリリィが先頭に立っているが、その声は震えている。ハイディとつないでいる手もカタカタと小さく震えていた。
ちなみに、三人の眼中にハイディは入っていないようだった。さすがに子供すぎて守備範囲外らしい。三対二でどうしようというのか。残された自分は一人寂しく帰ればいいのだろうか?やめてほしい。
「ご用?ご用あるある~!」
「お茶、お茶お茶!!」
「お菓子もあるよぅ~!」
明らかに拒絶されているのにお構いなしにグイグイくる。鬱陶しいことこの上ない。あと自分が完全に無視されているのも腹が立った。べつにチヤホヤしてほしいとかではない。むしろチヤホヤされたら気持ち悪くてブン殴ってしまいそうだ。でも完全無視されると腹が立つから不思議だ。
「行きましょう、姉さん」
名前を呼ぶのは拙かろう、と姉妹のふりをして手を引いて逃げ去る作戦を選んだ。しかしなぜだかリリィが顔を真っ赤にして固まってしまった。姉さん、姉さん、と小さい声で繰り返している。なんだか変な琴線に触れてしまったらしい。
「そ、そうね、行きましょう、母さんも」
「えー?私、母さんですかー?」
「下手くそですか…」
動転したのかめちゃくちゃなことを言い出したリリィだが、そこがかわいいので多くは言わない。苦笑するマチスも似たようなことを考えているだろう。
「あれれー?いっちゃうの?」
「いいじゃん、ちょっとぐらいいいじゃーん?」
「お茶お茶お茶ぁ!」
しかし逃げ出すことはできずに回り込まれてしまった。
いい加減鬱陶しいな。ちょっと軽く捻ってやるか。そう思ってハイディがごく初歩の、ちょっとした悪戯程度の魔術の詠唱を始めたとき。
「あっ!」
「ひっ!」
「ふっ!」
馬鹿三人組の顔色が変わった。先ほどの軽薄な笑顔がさっと固まり、青ざめて黒くなるほどだった。
熊手も出たのか、と後ろを振り向くと、そこに一人の男が立っていた。
純白の騎士服に身を包んだ偉丈夫。すっと通った鼻筋にきりっとした目元。一度見たら忘れられないほどの美形だ。もちろん、過去に会ったことがあるハイディもしっかり覚えていた。
「星騎士、バルムンク」
知らず口からこぼれたその名前に、にっと笑顔を向けられた。
勇者の一行にいたこの男。実に十年ぶりだが当時のままの若々しさ。当時からイケメン死ね!とカルマンと二人で罵り合っていたものだ。直接会ったのは二回ぐらいだが。
「「「おはようございます!教官殿!」」」
三人の声がぴたりと揃う。どうやら今は騎士校の教官をやっているらしい。よほどの鬼教官ぶりを発揮しているのか、チャラ男たちが直立したままピクリとも動かなくなった。
「卿ら、よもやその徽章をつけてわが校に泥を塗るような行為をしでかそうというのかな?」
「いえ、滅相もございません!失礼いたします!」
「まだ話は終わっていないぞ」
逃げ出すチャラ男たちの襟首をつかんで引き倒す。素直にすごい。一瞬で、しかも片手で三人を引き倒してしまった。そう、片腕で、だ。
星騎士バルムンクには片腕がない。魔王との戦いの中で失ってしまったのだ。
当時彼は勇者一行の中で聖女と呼ばれていた回復術士のレミリアの護衛としてその能力を遺憾なく発揮していた。傍から見ている分には美男美女の理想的な組み合わせだったのだが、まぁ、いろいろあった。いろいろあった一部始終を盗み見ていたおじさんたち二人はイケメンざまぁと旨い酒を飲ませてもらったりもしたがそれは今はどうでもいい。
バルムンクは魔王が飼っていた大型魔獣から聖女レミリアを護って片腕を食われた。聖女と呼ばれるほどの回復術式の使い手であるレミリアをもってすれば治せない傷ではなかったはずだが、その魔獣は魔王が阻害術式の研究に使っていた魔獣だった。結果何が起こったかといえば、魔獣の阻害術式がバルムンクの片腕に刻み込まれてしまい回復術式が効かなくなってしまったのだ。これはある意味魔王にとっても想定外だった。
そうして片腕になってしまったバルムンクだが、それでも聖女を最後まで護って戦っていた。偶然とはいえ刻み込まれてしまった左肩の阻害術式すらもうまく使っていて、その機転に感心したのを覚えている。
最後の戦いは壮絶だった。レミリアはゴーレムによる飽和攻撃で死んだ。苦渋の決断で彼女の亡骸を残し残されたボロボロの仲間達をまとめ上げて撤退戦に徹する様は感動的ですらあった。
レミリアも馬鹿な女である。最初からこっちとくっついておればよかったものを、よりにもよってあのシリウスと…。おっと。バレないようにうまくやっているようだったし、本人はもう死んでいるのだし、この話は墓場まで持って行ってやるのが仁義というものだ。ま、証拠映像がカルマンの研究室に残されているのだろうが。
そんなこんなで、実はバルムンクに対してはさほど悪い感情は持っていない元魔王ハイディが過去の思い出に浸っていると、いつの間にかお説教が終わっていたようでチャラい三人組が逃げるように、しかし時折振り返っては頭を下げながら走り去っていくのが見えた。
「君たち、すまなかったね。私の生徒たちが迷惑をかけたようで。謝罪する」
「そ、そんな!頭を上げてください」
「そうですよー、バルムンク様に頭を下げらるほどでは~!」
リリィとマチスが大慌てしている。あとで聞いた話だが、先ほどの話は残された仲間たちによって美談にまとめ上げられてバルムンクを英雄とする芝居が何本も上映され大人気らしい。ちなみに、勇者が魔王を討伐する話もあるらしいのだが、そちらの人気はいま一つ。シリウスは出発前そんなに知名度があるわけではなかったし、討伐後はさっさと田舎に引きこもってしまったせいでもあるが。
まぁ、主に本人の顔がいいからだろう。
「君たちは魔術学院の生徒だね?」
「は、はい。リリィと申します。こちらがマチスで、この子がハイドランジアです」
「マチスです、お会いできて光栄です」
「…こんにちは」
思ったより緊張した声が出てしまったハイディ。
だって、リリィがハイドランジアの名を告げたとき、一瞬目つきが変わったのだ。これはアレだ。市長のデブの時と同じだ。あの二人の娘だということがバレている。面倒ごとはゴメンだ。
「もしまたあの三人が迷惑をかけるようなことがあったら、遠慮なく騎士校に連絡して私に教えてくれ。即座に謝罪させよう。誠意をもって、な」
「はい、ありがとうございました。助かりました」
三人そろって頭を下げる。二人の緊張が頂点に達していたのもあって、結局ハイディたちも足早にその場を去ることにした。
◇
「あの徽章、魔術学院か。だから早く手を打てと言っておいたのにチンタラしているから先を越されるのだ。リットンのやつ、先日会ったときはすっとぼけていたが…食えんやつだ」
三人を見送ったバルムンクが口の中で呟く。顔にこそ出さないが内心はかなり苛立っている。
自分が認めた数少ない騎士の一人シリウス。自分には到底及びつかない強大な魔術を幾つも駆使する魔術師のアン。その二人に子供が生まれると聞いたのは、それこそ討伐の旅を終えて戻る途中のことだった。
つらい旅の途中で何をやってるんだと思わないでもなかったが、生まれてくる子に罪はない。どんな名前にしようかなぁ、などと旅の間ずっと幸せそうに話しているものだから、すっかり毒気を抜かれてしまった。
旅の間にずいぶんと多くの仲間を失っていた。自分も左腕と何よりも大切に思っていたレミリアを失っている。ほかの仲間もそうだ。傷つき、色々なものを失った。
そんな仲間を気遣って、つらい旅はこれで終わり、これからは明るい未来があるのだと自分たちに示している。そんな気がした。本人たちはただの無自覚な惚気だったのかもしれないが、少なくとも自分はそれに助けられた面もある。
だから、二人の子供に名前を付けた。彼女が、レミリアが好きだった花の名前を。ハイドランジア、と。
「なんとか彼女をこちらに引き入れたいが…さて、どうしたものか」
小さくなっていく三人の背中を見送りながら考える。
そういえば。
「あのリリィとかいう娘、どこかで見覚えがあったな。あれはたしか…去年の馬術大会だったか?騎士校が独占するのが常の表彰台に末席とはいえ割り込んできて新人賞を受けていたはず。とすれば三月後の対抗戦には来るか?いや、それだと遅い。何か手を打つべきだろうな」
気が付けばバルムンクの周りに人だかりができていた。
皆話しかけるきっかけを覗っているようだったのでにこっと笑顔を返してみると、それが合図になったのか次から次へと殺到してくる。その一人一人と言葉を交わし、握手をしているうちに、件の三人は完全に見えなくなっていた。
この後どういうからみかたをするかは現時点で全くの未定なのですが…




