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まさかこんなところでお目にかかるとは思っていませんでしたよ、お父様

「おいハイドランジア。明日暇か?」

 授業が終わった後、ファサ男が話しかけてきた。そういえば結局名前を聞かずじまいだだがまあいいか。


「申し訳ありませんがすでに先約があります」

 どうせろくな事にならないだろうから丁重にお断りする。


「そうか、どこかで一緒に飯でも、と思ったんだけどな…」

「なぜです?」

「いや、特に理由は…あるようなないような」

 煮え切らないファサ男をひと睨みするとそのまま動かなくなってしまったので、放置してリリィとマチスが待つはずの食堂に急ぐ。


「あ、ハイディちゃん、こっちこっち?」

 目ざとくハイディを見つけたマチスが手を降っている。すぐそばにリリィも立っていた。


「すいません、おまたせしましたか?」

「いやー?私達も丁度今来たところだよー」

「それは良かったです」


 そのまま、いつものようにリリィに後ろから抱きつかれながら注文の列に並び、吟味に吟味を重ねた皿を注文する。最近ようやく悩まずに注文できるようになってきた。ただ単に、前の日から下手をしたら授業中に至るまで昼に食堂で何を食べるかを吟味している成果である。


「ハイディちゃん、何かあった?」


 リリィの質問の意味がわからず首を傾げる。

「え?何もありませんよ?」

「そう?なんだか少しカリカリしているみたいだから」

「そうですか?」

 思い当たることといえば、さっきのファサ男くらいだが。


「あ、ほら、また」

「ホントだー。前髪の上のところがピョコン、て立ってるよ」

「えっ!?」

 手を伸ばすと、たしかにいつもと少し手触りが違うような?ほんの少し、だけど。


「ハイディちゃんこういうのわかりやすいよねー」

 マチスの言葉にリリィも頷いて同調している。そんなにわかりやすいのだろうか。自分ではわからない。


「で、何があったの?」


「いや、特に何も。狩猟部で一緒だった人に明日ご飯でも食べに行かないかと誘われたくらいで」

「はえー、モテるんだねえ」

「や、やめてくださいよ…」


 今でこそこんな幼女のナリだが半世紀以上男の子をやっていたんだから男と逢引だなんてゴメンだ。

「で…どうするの?行くの?」

「行きませんよ。興味ありませんから」

「行ったらいいのにー。奢って貰えるよ、多分」

「…間に合ってますから。用事があるって断りました」

 無論、用事などないが。


「あれ、明日用事あるんだ?なら無理かなー?」

 マチスの隣で分かりにくいがリリィもしょんぼりとしていた。


「なにかあるんですか?」

「いやー、ハイディちゃんあんまりというかほとんど服持ってないじゃない?だから明日の休みに街に出て一緒に買いに行けばいいかなーってね、二人で話してたんだよねー」


「行きます!」

 即答した。


「あれ?用事あったんじゃ?」

「ありますよ、二人と出かけるという用事が!」

「はは。今できた用事だけどね!」


 というわけで、街に買い物に出ることになった。ファサ男と二人など絶対にあり得ないが、この二人とならばやぶさかでは無い。可愛い女の子には弱いおじさんなのだ。



 というわけで翌日。

 三人揃って寮の部屋を出たが、最初の行き先はすぐ隣にある教員寮だ。ハイディが必要なお金は家を出るときに二年分ほどをまとめてアンがトゥールに預けていて、必要なときにトゥールが判断して渡してくれる手はずになっていた。

 そんな子供みたいな、と思わなくはないが事実子供なので仕方ない。しかも貨幣経済が成り立っていないようなクソ田舎だったので、ハイディとしても生まれ変わってこの方お金というものを扱う機会もなかった。

 もっといえば魔王時代も人類未踏の地に引きこもっていたのでお金は殆ど触っていない。


「トゥール先生、服を買いに行くお金をください」

「なるほど?」


 朝早く部屋を訪ねてきたハイディを上から下まで眺めてから、一旦部屋に戻ったトゥールは、少し申し訳なさそうにハイディにお金を握らせた。


「ごめんなさいね、気が付かなくて。その服では色々浮いていたでしょう?」

「そ、そうなんですか!?」


 平日はほとんど制服を着ていたし、狩猟部の活動では旅装だったので特におかしくもなかったのだが、どうやら「私服」は結構壊滅的にダメだったらしい。後ろでリリィとマチスが激しく頷いていた。

 村には同じ年頃の子供などいなかったし、女児の服の常識など持ち合わせていない。今着ている服は母親であるアンの服を直したもので生地は悪くなく、むしろ良いものだが、しかし意匠が壊滅的に古臭い。


「五万ライズあります。無駄な買い物をしなければ十分でしょうから、後ろのお二人とよく相談して選ぶのですよ」

 よよよ、と涙を拭うような素振りで戸を締めたトゥールを見送ってから、三人で街に出た。



「五万あればうまく着回せば冬前ぐらいまではもたせられるかな?」

「へえ?」


 正直、今の貨幣価値がよくわからない。渡された財布から、中身を一つ取り出してみた。五千、という数字が刻印された銀貨が五枚入っていた。


「あんまり見せびらかしてると悪い人に襲われるよ?」

「え、ああ、すいません」


 しかし銀貨の裏面に乗った肖像画に違和感があった。昔、と言っても四十年以上前だが、その時見たものと変わっているようだった。


「んー?この肖像、どことなく見覚えがあるような?」

「それは、シリウス様だよー。魔王討伐の記念に新しく鋳造されるようになった硬貨だね」


「シリウス…勇者シリウス!?」

「そう。勇者シリウス」


 まさかこんなところで「父上」にお目にかかろうとは。

 村ではお金なんか殆ど流通していなかったし、本人も見たことないんじゃないだろうか。少なくとも自分があの家にいた時には見たことはなかった。おみやげに持って帰ったら面白そうだ。「父上!お金になっているなんて凄いです!」とか言ってやったときどんな顔をするのか楽しみだ。

 勇者だなんだ言われているが、目立つのが嫌いなのはずっと見ていたから知っている。拗らせて人里離れた寒村に引きこもる程なのだから。


(とは言え、この顔のついた硬貨をずっと持っているのもあんまりいい気がしないから今日のところはパーッと使ってしまおう)



 中央の街をこうやってぶらぶら歩くのは実に四十年ぶりくらいだ。石造りの建物が主なので町並みにさほど変化はないが、中に入っている店はかなり入れ替わっていた。

 当時よく通っていた古書店も、よくタダ飯を奢ってくれていた食堂も無くなっている。寂しいが仕方ない。店主のおっちゃんは元気だろうか?流石にもう死んだかな?生きてたとしても爺さんだろう。若かりし魔王に便宜を図っていた!とか言いがかりをつけられて迫害されたりしなかっただろうか?


 ハイディは魔王などと悪しざまに呼ばれてはいたが別に世界を滅ぼそうと思っていたわけではない。やりたいことが禁止されたからやりたいようにやっただけだ。迷惑をかけないように世界の隅っこでやっていたつもりなのだが、それでも迷惑に思った人は少なくなかったようでいつの間にか世界の敵にされていた。恨みがないわけではないがこうして元気にやっているのであまり気にしてもいない。

 しかし誰かに迷惑をかけていたとしたら申し訳ないな。特に自分に優しくしてくれていた人たちがそうだとしたらいたたまれない。そんな考えが去来して柄にもなく少ししんみりしてしまうのだった。



「まずはここー。私のおすすめのお店だよー」


 マチスに手を引かれて一軒の服屋に入る。マチスがよく部屋で着ているような、所謂町娘風の服が数多く吊るされた古着屋だ。


「ハイディちゃんはちょっと装備がアレすぎるから、中古で安く数揃えなくちゃね!」

「は、はい」

 言いながらも次々取ってはハイディの胸に押し当てて吟味している。正直服など暑かったり寒かったりしなければどうでもいいと思っていたのでその気迫について行けない。

 そういえば真夏にカルマン君と二人下着姿でダラダラしていたらミラにクドクドと日が暮れるまでお説教されたことがあったことを不意に思い出す。


「やっぱりこれとかがいいかなー」

「あ、じゃあこれを買います」

「だめよ!他の店も見てからじゃないと!」

「ええ…?」


 他でもないノリノリで服を選んでいたマチスからのまさかのダメ出しに困惑するしかない。結局買わずに店を出た。



「次は、私のおすすめの店にいく」


 そうやってリリィに連れて来られたのは、さきほどとはかなり趣きの違う店だった。

 高級感あふれる外装とそれに負けないピカピカに磨かれた内装。並んでいる服は多種の布地がふんだんに使われてヒラヒラで。なるほどたしかにリリィの趣味なのだろう。


「次はこれを着てみてほしい」


 うん、完全に遊ばれている。

 次から次へと渡される服を試着室で着ては脱ぎ着ては脱ぎ。どれもこれも少女趣味全開の可愛らしすぎる服だ。正直あまり趣味ではないが言ったらリリィが泣きそうな気がしたので黙って着せ替え人形を全うした。

 予想していたことではあったが、結局その店でも何も買わなかった。


「個人的には、あんな感じの服が動きやすくていいんですが」

 すぐ隣にあった店を指す。しかし。


「開拓使向けの店じゃない。たしかに実用的だけど女の子が休日に着る服じゃないわ」

と、リリィにかなりキツめに切り捨てられた。

 ちなみに、開拓使というのは人類未踏の地を文字通り開拓していくことを生業とする人たちのことだ。十歳女児とは最も縁遠い人たちと言える。


 その後も何軒か回るが、何も買わないうちにお昼になった。徒労感が半端ではないが、先輩二人は特に気にしていないというか、逆に満足げだった。今は並んであまり馴染みのない麺料理を食べている。

 小麦粉で作ったらしい太めの麺を牛骨で取った出汁に沈めて、その上に細切れ肉を甘辛く炊いたものが乗っていた。麺はあまり食べた気がしないから好きではなかったが食べてみればかなりうまい。最近開店したばかりの店なのだが、かなりの人気で昼飯時としては遅めの時間帯だったが満席で少し待たされた。気に入ったのでまた来よう。


「で、結局ここに戻ってくる、と」

 ハイディの目前には今日最初に訪れたマチスおすすめの服屋が。麺を啜りながら先輩たちがほぼハイディそっちのけで出した結論がこの店だったのだ。

 まずは街を歩いて恥ずかしくない服を見繕って数を揃えておく、そんな方針で。乙女が休日いつも同じ服だとヤバいらしい。


 結局その店で靴まで揃えて、所持金の殆どを使い切った。残りは千数百ライズ。ちょっと良い晩御飯が食べられる程度。


 そして残された硬貨をしげしげと眺めて思う。


(母上様、あなたもですか)


 土産話と言う名のからかいネタが一つ増えた。


ただ女の子が仲良さげにしている様子を眺める回でした

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