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狩っていいのは狩られる覚悟があるヤツだけだ!?

 森に入って、獲物を探す。

 今は全体を二組に分けて、十人ぐらいの組で森の中を探索していた。時折足を止めて、交代で探知魔術を使って獲物を探す。


「あっ、逃げられた!」


 木の上で休んでいた鳥目掛けて《スナイプ》を使って狙撃したが、飛び去って逃げられてしまった。

 鳥がいなくなった木の上を寸分違わずヘロヘロの矢が抜けていく。いくら狙いが正確でも威力がなさすぎて矢が届く前に気づかれてしまうのだ。《チャージ》は大事になるので当分封印扱いである。


「ははは、まずはマトモに弓を打てるようにならなきゃだめだな」


 そう気さくに話しかけてきたのは、なぜか練習のあとから急に馴れ馴れしくなった新入生の男。名前は知らない。覚えているわけがない。


「こうやるんだよ!」


 そいつは魔術を使わず矢を射ると、少し離れてた所にいた鳥を簡単に射抜いた。


「ま、ボクにかかればこんなもんかな!」

ふぁさっ、と髪をかきあげて自慢げにしているが興味がないのでウザさしかない。


「ハイハイスゴイデスネ」

 適当にあしらっているのだがさっきからこんな調子で鬱陶しいことこの上ない。



「お、こいつはデカいな」


 前を歩いていたこの組の分隊長、部長でもあるジオが何かを見つけたようだ。全員を集めて足元を指差す。


「わかるか、これはイノシシの足跡だ。足あとの大きさからも大体の大きさがわかるが、このように並んでいれば歩幅から更に正確な情報を得ることができる。この分だと、体長は五メートル程度か」


 ちょっとした小山ぐらいはある。ここまでの大きさの獲物がこの辺りで見つかるのは珍しいらしい。


(魔獣だったらいいのになあ)


 大きく育った野生動物は魔獣化する事がままある。五メートル級のイノシシなら十分可能性はあった。

 しかしハイディの《パッシブサーチ》には今のところ魔獣らしい反応はない。巨大イノシシの反応もないのだが。


「探しにいにましょう!」


 ファサ男が手を上げた。ファサ男とは、先程まで鬱陶しくハイディに話しかけてきていた男のことだ。ハイディは名前が分からなかったので心の中でそう呼ぶことに決めた。


「いや、流石にこの大きさになると今の装備では手に余る。イノシシの毛皮には矢が通りにくいんだ」

 そう言いながらもジオがハイディを見つめている。お前ならできそうだけどな、とでも言いたげな目だった。


 それを知ってか知らずかファサ男が擦り寄って耳打ちしてきた。


「おい、ハイドランジア」

「なんです?」

「抜け出してボクとお前であのイノシシ仕留めようぜ」

「嫌ですよ」


 魔獣ならともかく、なぜ自分がわざわざそんなことをせねばならんのか。ましてや、ファサ男と二人でなど。


「どうしてもと仰るのなら、お一人でやればよろしいのでは?」

「は、所詮はおこちゃまだな。ビビってんのか?」



「は?」



「あ、いや、何でもない。忘れてくれ」


 謎の上から目線だったが子供の言うことをいちいち気にして腹を立てていてはキリがない。大人の余裕を見せて(体は十歳だけど)軽く睨むだけにしておいてあげたのに、青い顔でスッと離れていってしまった。

 あのときは殺されるかと思った、とはファサ男が後に語った言葉である。




 結局、イノシシは追わないということで上級生達の話がまとまり、ハイディ達の一行は森の中を足跡とは逆に向かって進むことになった。


「今度こそ当てる…《スナイプ》!」


 低木の影から様子をうかがっていたウサギに向かって矢を射る。珍しくスッと飛んでいったが、簡単に避けられてしまう。


「ぐぬぬ…」

「向こうがこちらに気づいているのに、そんなヘロヘロの矢では当たらないわよ」


 ミスクも頭を抱えている。さっきから何十回と射てきたが、一向にヘロヘロのままだ。腕力が足りないわけではないから単純に弓矢の才能がないのだろう。


「このやろ…《スナイプ》!」


 続けざまに三発。

 山なりの軌道でウサギに飛んでいった矢が全部地面に刺さった。


「プッ」

「は?」

「いや、笑ってないよ?うん、ああ、そうだよ、オナラだよ」

 死ぬよりマシだ、と碌でもないウソをつく羽目になったファサ男に周りも少し同情的だ。


 しかしいい加減当たらなさ過ぎてハイディはイライラしてきた。その結果として、ちょっと思考に問題が生じたのかもしれない。ギラつく眼でウサギを睨みつけながら、《スナイプ》の詠唱を始める。


(そもそもこの魔術は欠陥品だ。ウサギを狙っているのに、ウサギではなくウサギが居た場所に当たるのだ。ならまずは魔術で対象に《マーキング》!よし。そしてその印めがけて飛んで飛んでいくように《スナイプ》の術式を変更…)


 ハイディが詠唱をいじった(ついでに前もって未知の詠唱を加えた)のは、ミスクも気付いていた。しかしその効果までは思い当たらない。術式の詠唱から術式の効果を読み取るのはかなりの知識を必要とする。学生でその域に達しているものはごく一部だろう。ましてや思うような効果の術式を作るとなれば一介の学生にできることではない。それを即興でとなればもはや想像もつかない。


「《スナイプ》!」


 放たれた矢がウサギに向かって飛んでいく。ここまでは同じ。

 ウサギがピョンと飛び跳ねて矢をかわそうとするところも同じ。


 しかし。


「ピ!」

 矢はウサギの腹に突き刺さっていた。


「やった!当たった!」

 まるで年相応の子供のようにはしゃぐハイディ。皆がおめでとうと祝福している。しかし、詠唱をいじっている事に気がついていたミスクだけは素直に笑って祝福できなかった。


 だって見てしまったのだ。きっと何か起こると思って見ていた自分だからこそ気付いたであろう事実。


 最初、いつものように目標であるウサギに向かって飛んでいった矢が、ウサギが逃げるのに合わせて軌道修正としか言いようのない動きをしたのを。


(あれは《エイミングアロー》?でも術式は殆ど《スナイプ》と同じだった…)


 《エイミングアロー》は上級の弓魔術の一つで、矢が獲物を追いかけて飛んでいく。上級だけあって詠唱は複雑で、なかなか実戦では使いにくい魔術の一つだった。それがあの程度の詠唱で実現できるのであれば、弓魔術の活躍の幅がこれまで以上に劇的に広がる。


「ハイドランジアさん」

「しっ、静かに」

 ミスクの問いかけを手で制する。別に聞かれたくなかったわけではない。制されてミスクも気づいた。バキバキ、と木が砕ける音。皆もすでに音のする方を見ていた。


 見ると、別組に分かれていた新入生が何かに追われるように必死に走っていた。そして音の出元は彼ではない。

「あれは、さっきの足跡の主か!」


 背の高さだけでも追われている子供の倍以上ある巨大なイノシシが邪魔な枝を粉砕しながら突進している。追いつかれていないのは、あまりの巨体のために木が邪魔になって真っ直ぐ追えないから。


 大方、先程ファサ男が言っていたことを実践でもして怒らせたのだろう。追われている子供の方も木が盾になるように上手く逃走経路を選んでいるようではあるが、遠目にも顎が上がって体力の限界を迎えようとしているのがわかった。


「いかんな!君たちはあちらに逃げてくれ。残りの仲間と合流できるはずだ。私がアレの気を引こう」


 一人だけ逆に走り出したジオが、イノシシに狙いをつけて弓を引く。


「《チャージ》!」

 ゴッ、という空気を叩く音ともに矢が放たれイノシシに当たった。当たっただけだ。分厚い毛皮に弾かれて刺さることはなかった。


「傷一つつかないか!」

 しかし目論見通り気を引くことはできたようで、イノシシは動きを止めて新しい敵を探すような素振りを見せる。先程の一撃を多少なり脅威に感じたようだ。


「あっ、違う、そっちじゃないぞ!?」


 イノシシは突進を始めた。ただし、ジオではなく別方向に走っていたハイディ達の方へ、だが。


 再び気を引くために矢を射たジオだったが、森の木が邪魔でうまく当てられなかった。


「うああああ、こっちにくるぞ!!」

「やべえ!でけえ!」

「死ぬ!あんなのに轢かれたら死ぬ!」


 巨大な獣が突進してくるさまは恐怖以外の何者でもなかった。上級生達はまだ落ち着いているようだが、比較的、と言う程度で、ハイディの手を握っているミスクも小さく震えているのがわかった。一番冷静なのはハイディだろう。


 ミスクの手を離して矢をつがえる。もうあまり距離もない。


 先程のジオの矢もなかなかの威力に見えたがそれでも足りなかった。なら、もっと貫通力を増す必要がある。そのためには鏃の硬さを上げる。更に回転を加える。魔術による直接攻撃でもいいが、ここは弓でどれくらいできるかという興味の方が勝った。


 術式を組み上げ、連続で発動。愚直に直進してくるイノシシならば避けられるということもなかろう。

もうイノシシは目と鼻の先だ。すぐ後ろでは子供たちの悲鳴が響いている。自分を呼ぶ声もあったが気にしない。


「《プロテクション》《スパイラルチャージスナイプ》!」


 ズドン、と衝撃波を撒き散らしながら飛んで行った矢が、イノシシの眉間に突き刺さった。

 いや、突き刺さったのだと思う。


 次の瞬間にはイノシシの頭が消滅していて、体だけが勢いでヨタヨタと数歩歩いてから倒れた。


「思ったより威力が出たなあ」


 頭をぶち抜いて終わりぐらいのつもりだったのだがまさか破裂するとは。やはりこの体の魔術制御はかなり難しい。魔力が大きすぎて長年の感覚とのズレがあるのと、実力を隠していたために全力の魔術を使ってこなかったせいだ。これは早急な秘密訓練が必要だ。


「もう大丈夫ですよね?」


 振り返ると、弓を抱えた先輩たちが呆然としていた。あれ?これってもしかしなくてもやり過ぎた?


 何と言って誤魔化したものかと考えていたハイディを、感極まったミスクが抱き上げる。両ワキの下に手を入れて、母親が子供にそうするように。


「すごい!なんかもう色々どうでも良くなったわ!ありがとう!君がいなかったらどうなっていたことから!」

 抱き上げたままぐるぐる回されてちょっと気持ち悪いが悪い気はしない。


 他の仲間たちも次々集まって来てはハイディの背中や頭をバンバン叩いていく。

 うん。悪くない。


「ボ、ボクだってこれぐらいできたけどな!」

「せめて立っておっしゃっていただければ素直にそうですかと言えるのですが?」

「うっ…」

 腰が抜けていたファサ男はそのまま動かなくなった。


「魔術が得意だと言っていたが予想以上だったぞ!この学院に来るやつは大体魔術が得意だからな!学院で現実を知って打ちのめされる奴も多いが、お前は大丈夫そうだ」


「最後に使ったあの弓魔術、教えたやつじゃないよな?」

「はい。母に教わった魔術を組みわせてみました。上手く行って良かったです」

「魔術の多重詠唱や組み合わせ方も母上殿から?」

「そうですね。みっちりしごかれました」

「もしよかったら、今度詠唱を教えてくれ。もちろん無理強いはしない」

「そうですね、機会があれば」


 完全に仲間と認められたようだ。いや、こんな天才逃がしてなるものか、という思惑を隠そうともしていない。ハイディは気付いていなかったが。


「しかしデカいな。持って帰るのが大変だ」

「持って帰るんですか?」

「当たり前だろう。折角の獲物だぞ」


 言いながら、先輩たちは分担して地面に魔術陣を書いていた。この陣は、モノの重さを一時的に小さくするものだろう。


「《リフト》!」


 流石に一人では持ちあがらなかったのか、先輩たち八人で分担して切り分けて持ち運ぶことになったようだ。


「折角なので痛まないように冷しておきますね」

 手持ち無沙汰になったハイディがそう宣言して冷却用の魔術を使う。


「ありがとう。でも辛くなったらいつでもやめていいからね。町に帰るまでの一日ぐらいなら保つと思うし」

「いえいえ、これぐらいなんともないですよ。むしろこんな重いものを運ぶ先輩方のほうが辛いのでは?」

「そうかもね、はは…」


 その乾いた笑いの意味をハイディは最後まで理解しなかった。


 その後、野営地まで帰る間にもう一つの班とも合流できた。イノシシを追うべきかどうかで揉めていたようだが、その死体を見てぽかんと間抜けに口を開けていた。


「想定外のこともあったが、皆が無事で良かった。さあ、皆の獲物で飯にしよう。思いがけず巨大なイノシシが手に入ったし、好きなだけ食べていいぞ!」

「おー!」


 炭火でいただく山の幸は大変美味しゅうございました。イノシシの方は、実は固くてあんまりだったけど。



まあザコですわ

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