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英雄だからと言って必ずしも持てはやされるわけではないということです

 早朝の中庭で剣を振る姿があった。ハイディである。

 毎朝の日課として学院の中をぐるっと二周、三十分くらいかけて走ってから、こうして寮の中庭で素振りと型の練習をしている。


 学院生活は今のところ順調と言える。一人だけ自分を目の敵にしている若い女性教諭がいるが、それも授業中やたら答えさせられるとか、すれ違ったときに「勇者の娘ならこれぐらい簡単なんでしょうね」とかの嫌味を言ってくる程度で済んでいる。


 ああ、一つ問題があった。その教諭が担当教師だったせいで魔術具の研究室に入るのを諦めたのだ。

 まあ、設備が欲しかっただけなのだが、どうしても必要なものがあるわけでもないので仕方ないと思っておこう。


 研究室は結局リリィと同じ魔術理論の研究室にしておいた。この分野であれば過去の知識を小出しにするだけで卒業要件を満たせるから、空いた時間を独自の秘密研究に充てることができると考えてのことだ。途中何度か追っ手(古代魔術研の、どうやら自分がアンの娘であることを知っているらしい先輩)を巻く必要があったが。


 古代魔術の研究も興味はアリアリだったのだけど、あそこは担当の教諭もいないし、例の先輩が一人で古代魔術の研究、もといアンの偉業の研究をしているだけだよ、とマチスやリリィから聞いてしまったので除外した。見えている地雷は避けるに限る。


 同好会も決める必要がある。昨日見た中では馬術部がよかったので一応籍は入れてもらった。ただ、同好会は一人一つだけというわけでもないので、明日の休日を利用して行われるという狩猟部の狩りを見学してから、そちらにも入ろうと思っている。


 別に狩りが好きなわけではない。


 狩猟部の狩りでは森の中に入っていくことも多く、その中で稀にではあるが魔獣(もちろん町に近いところなのでさほど巨大な魔獣ではないが)を狩って魔石が手に入ることがあるらしい、と聞いたためだ。

 当然魔獣狩りには危険が伴うので積極的に魔獣を狩るというわけではないらしいが、よく狩りに行く場所には魔王時代に掘って放置した採掘抗が近くにある場所もあり、あわよくばそこに「迷い込んで」当時残した品が合法的に回収できるかもしれない、という皮算用もある。


「おはよう、ハイディちゃん。邪魔しちゃったかな?」

「いえ、丁度終わったところです。おはようございます、マチスさん」


 型を一通り終えて休憩していたところに、飼育小屋に餌を準備しに行ったマチスが戻ってきた。

 二人で部屋に戻ると、簡単に汗を洗い流してからリリィとも合流して寮の食堂で朝食をとる。寮の食堂で出される料理は選べない。できれば三食、学院本館の食堂で食べたいのだが、あそこは昼しか営業していないのだ。夜に営業している食事処の料理人を何人か雇い入れているためらしい。残念だ。


「ハイディちゃんは今日は素材収集の授業だっけ?」

「そうですね」

「あれはねー、運が大事なんだよ。まず、何を集める担当になるか。一応学院の敷地内の薬草園を探せば見つかるものばかりだけどね、あんまり数がないものだと授業時間内に見つからなかったりするんだよね」

「そうね。それで単位がもらえなくなるようなことはないけれど、ちょっと悔しいのよね」


「運ですか」


 大事だといわれてもどう大事にすればいいかなどさっぱりわからない。魔術でどうにかなる要素でもない。


 というわけで、素材収集の時間になったが、ハイディは運以外の要素で不安を感じていた。


 今回は野外活動ということで、担当外の教員が何人か補助についている。

 その中の一人が、ハイディにいつも嫌味を言ってくる例の女性教師、マヤだった。


「ほら、はやくこの中から一枚引きなさい」


 マヤが手にしている伏せられた札には、この日集めてくる素材の種類が書かれている。その中から一枚選んで持ってくるのだ。本来ならばここで運の勝負になるのだろうが、なにせ相手がこの教師なので、運は関係ないような気もしている。気にしすぎなのかもしれないが。


「では、これを」

 考えても仕方ないので適当な札を取った。

「カラカラ草、ですね」


「あら大変。カラカラ草はあんまり数が育つ草じゃないし、この時期だとなかなか見つけられないかもしれないわね。頑張って」

 白々しい。どうせこれを狙って引かせたのだろうに、と考えてしまうのは被害妄想なのだろうか?


 カラカラ草はおそらく用意された札に書かれた中で最も見つかりにくい草だろう。札の中にはヨモギだとかタンポポだとか、その辺にいくらでも生えている草もあったのだ。もちろん大半は薬草園まで行く必要があるが、それでも五分とせずに見つけられるはず。

 カラカラ草というのはその名の通りカラカラに乾いた土地で育つ草で、基本的に肥沃な薬草園では育てていない。一応端のほうなら少しあるかも、とは説明を受けたが、それもどこまで本当だか。


 講堂を出てぞろぞろと移動する。

 何人かは本館を出たすぐそばでタンポポなどを集め始めた。運のいい連中である。


 寮の脇、武道場、馬術場、と抜けていった先に薬草園はある。ほとんどの生徒はその中に入っていった。残ったのはハイディだけだ。


 ハイディはさらに薬草園もすり抜けて、ちょっとした林を抜けてごつごつした岩肌がところどころ覗く小高い丘のふもとに来た。

 カラカラ草が生えているとすれば、ここらではこの辺り以外にない。ちなみにこの丘の向こう側は学院の敷地外で、住宅地などが広がっているはずだ。


「さて、カラカラ草はあるかねぇ」


 実際のところ、素材収集は大得意である。昔よくやっていたからどんなところに何があるかはおおよそ把握している。そのハイディの目を持ってすれば、そこにありさえすれば見落とすことなく見つけることができる。


「お、あったぞ」


 岩壁の隙間からわずかに覗いている草があった。カラカラ草である。ただし、場所があまりよくない。ハイディの頭より遥かに高いところに生えている。普通なら見落としがちな場所だが、長年の経験であっさりと見つけることができた。上々の結果だ。


「うーん、面倒だけどほかにあるとも限らないしなぁ」


 岩場に手をかけて、スルスルと上っていく。

 この体はよく動く。体自体が軽いのもあって、簡単に目的の場所までたどり着いた。昔なら面倒になって魔術で岩を吹き飛ばして回収していたところだ。


「折角だから、ほかにも何か探しておくか」

 薬草園にあるものはいつでも手に入るから、薬草園に無さそうなもの、例えばコケ類なんかがいいだろう。


 そう考えて地面にはいつくばってごそごそと採取していると、つい没頭していつの間にか結構な時間がたっていた。

 持っていた鞄がいっぱいになったところで満足して帰ることにした。





 エリンは薬草園から少し離れた茂みの中で半泣きになりながら課題の素材を探していた。

 彼の担当はネリゴケと呼ばれる種類のコケで、それほど珍しいものではないが薬草園にはない種類のものだった。それに気づいた時には制限時間がかなり差し迫っていた。


 慌てて薬草園を出て茂みを漁ったが見つからない。

 そんな中、がさがさと草をかき分けて出てきた一人の生徒。


 自分よりも小さい、まだ幼いながらもすらっとした手足やきりっとした目元が印象的な美少女だった。生徒の間でも話題になっている、とても目立つ子だ。


「おや、こんなところでどうしたんです?」


 半泣きで這いつくばるエリンを心配したのか、少女が近づいてきて声をかけた。


「あ、あの、ネリゴケを探してて」

「ああ、それなら持っていますけど…どうします?」

 ごそごそ、と持っていたカバンを漁って、まさにエリンが探していたコケを取り出して見せた。しかし、エリンは真面目というか融通の利かない性格だった。


「いえ、自分の課題なので、自分で探します」

 そう答えると、少女はかわいらしい顔で満足げに笑った。その笑顔にどきりとしてしまう。


「そうですか。頑張ってくださいね。ネリゴケはそんな低木ではなくて、もっと大きな木の根元、日陰になるほうにありますから」


 それだけ伝えると、少女は去っていった。

 その姿が見えなくなってからもぼうっと彼女が去ったほうを眺めていたが、遠くから授業終了を告げる鐘の音が聞こえてきた所で我に返った。


「あっ…」


 結局エリンは課題を達成できなかった。





 ハイディが講堂に戻ると、教師たちが分担して集められた素材を検分していた。


 ハイディも担当であるマヤのところへ行き、カバンからカラカラ草を取り出す。


「カラカラ草、たしかに受け取りました」

 素材を受け取るとすました顔でそう言ったたが、その目元がわずかにプルプルと震えているのに気付いた。なにやら気に障ったようだが知った事ではない。


 ……出来ればか関わり合いになりたくないんだけどなぁ。



 そんなことを考えながら、今日の授業を終えたのだった。


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