#09 レディムーン
『ターゲットは南エリア4の13を逃走中。近くにいる者は急行せよ』
街の上空からはヘリが飛び、地上はパトカーが町を疾走する。さらにはパトロールSVまで出動する大騒ぎになっていた。
市民には要人の警護のためだ、と説明されているが勘の良いものはすぐ察しがついた。
セントラルシティで何かしら事件が起きると、急に謎の道路封鎖をすることはよくあることなのだ。
それが何を意味するのか公には説明されないし、住民の間でも話題に出すことはタブーとされている。
大きな秘密を抱えた街だが、税金も安く福利厚生も充実している暮らしやすさ世界一の街だ。
今日も住民は奇妙なルールを当たり前に受け入れて生活する。
◆◇◆◇◆
路地裏。昼間の暖かい気温だと言うのに黒いコートにサングラスを掛けた女が室外機に腰掛け腕時計を見る。
「……ここも違ったか」
女性は時間指定で待ち合わせ場所を幾つか相手と決めていた。五分刻み、一分以内で相手が来なければ次の場所へ移動する。もし全ての待ち合わせ場所が駄目だったら自力で、この街を脱出するしかない。
「行こう……」
女が立ち上がる。
「レディ! レディムーン!」
後ろから聞こえる声に、レディムーンと呼ばれた女は反射的にコートの懐へ手を伸ばした。
「……あら、ガイじゃない。こういう役はオボロが来ると思ったのに」
敵じゃないとわかると、レディムーンは懐から手を離して左目に古傷を持つ青年、ガイに話しかけた。
「俺だってやるときゃやりますよ……それよかオボロって、助けたこと知ってたんじゃないですか!?」
「ガイ以上に彼女のことについて色々と調べるには、こうするしかなかったのよ。お陰でデータは手に入れた」
レディムーンはポケットからケースに入ったディスクを出してガイに見せる。
「敵にこっちの内通者がいるって教えてくれればよかったのに」
「貴方と顔を合わせたらバレてしまうもの。だから今回のことはシュテルン艦長も全容は知らない。そして欲しいものは、あと二つ……わかるわよね?」
「……vSVと、そのパイロットなんだな。vSVはもうある」
「知ってる。けど、特に彼女の方が重要なのよ。帰しちゃったんでしょ? 早くその子を見つけないとね」
「いや、だがレディ。その、そいつ……マコトは」
俺達に協力するつもりはない、と言いかけたガイはとっさにレディムーンの手を掴んで横の通路に引き込んだ。
「危ないッ!!」
勢い余って二人は倒れ込むと、さっきまで立っていたコンクリートの地面二ヶ所が突然、弾け飛んだ。カチカチの堅い地面が抉れるように穴が開いている。
ほんの一瞬だが遠く立つビルの方から何かが飛んできたのをガイは見逃さなかった。
「殺気……こういうのはゲーム感覚のパターンか」
「スナイパーかしら?」
「あのビル、もう移動したけど……とにかく急ごう。オボロが近くに来てるぞ」
この通りを抜ければオボロが運転するトレーラーがやって来るのを感じる。が、それは突然止まった。
「何だ? 人が三人……不味いな」
悪い予感がしてガイは走る。
「だから! 成人しているとさっきから言ってるだろ!」
「お嬢ちゃんいけないよぉ? 勝手にこんな大きい車を運転しちゃ。誰の? お父さんの? まさか知らない人のかい?」
物陰から覗く。ガイ達が乗ってきたトレーラーが警官に取り囲まれ、オボロは職務質問されていた。
「…………どうするのガイ?」
「レディ、トレーラーの中にSVがある。中を見られる前に乗り込もう」
◇◆◇◆◇
大型バイクとサイドカーに一杯の買い物袋を乗せてマコトとヨシカは渋滞に嵌まっていた。
「どーするナギっちぃ? どっかでお茶してく?」
ドクロ柄のメットとゴーグルを着けたヨシカは、無駄にエンジン音を響かせ前方車両を煽りながら、サイドカーにこじんまりと座るマコトに問いかけた。
「んーいいよ」
「それは肯定? 否定? どっちの意味ぃ?」
「んーどっちだろ……それよりも何だかソワソワする」
「おしっこ?」
ケースから錠剤を二粒出して水で流し込みながら、マコトはキョロキョロと回りを見渡す。通る人々が何かから逃げるのように早足で移動をしている。
「なぁナギっち」
「何?」
「薬やるのはマジで止めといた方がいいよ」
「……精神安定剤だよ」
「安定してないじゃない。今年入ってからおかしいよナギっち。去年はそんな脱出装置を乱発するようなことしなかったじゃん?」
今朝のマコトとシアラのやり取りをヨシカは陰から見ていた。これが初めてと言う訳ではなく、マコトが何週間かごとに学校関係者や保険医ではない見知らぬ黒服やFREESの人間から紙袋を受け取り、食後などに服用しているのを見かける。
それは何の薬か、とマコトに尋ねれば、今のように精神安定剤や風邪薬などと誤魔化す。
ヨシカはドラッグに詳しいわけではないが、マコトが飲むその薬が一般的な錠剤やカプセルの色やパッケージでないことはわかる。
「それは……でもシミュレーターは学年トップになったよ」
「いやいや、それとこれとは関係ないっしょ」
やんわりとしたヨシカの突っ込み。
「アタシ心配なんよ? ナギっちはそんなのに頼らんでも良いパイロットになれるって。大人になったらボロボロになって困るのはナギっちよ?」
優しく諭すヨシカ。見た目かなり遊んでそうなギャル系な少女だが、お節介焼きで甲斐甲斐しい性格だ。
そんな彼女のことがマコトは嫌いではないが、時々とても鬱陶しく感じる。向こうがぐいぐい来るからこそ、ペースを相手に取られ自分の思いを腹を割って話せないのだ。
「イイちゃん」
「何?」
「来る」
「やっぱトイレ? しゃあない、そこのコンビニに」
爆発。目の前のデパートからパトロールSVが吹き飛んで、向かいのビルに叩きつけられた。
「ふぁっ!? な、何だ何だぁぁーっ!?」
ヨシカが驚いて叫ぶ。メットに細かな建物の破片が当たっている。
「ココでココまでの暴動は初めて見たなぁ。マジで……ちょーヤバいよナギっちぃ」
横を見るとサイドカーにマコトの姿は既に無い。流石は逃げるのが早いベイルアウターだ、と思いきやマコトはヨシカの前に居た。
「ちょちょナギっち?! どうしたん!?」
「わからない。もう帰りたい……なのに足が、前に進む」
自動車から降りて逃げる人々と軽くぶつかりながらも、マコトは自分の意思に反して勝手に騒ぎの方へと導かれるように足を運んだ。
「嫌だ……行きたくないのに」
肩を震わせながら呟くマコトだが、歩みは止められず更に進んでいく。そんな様子をヨシカは見ているだけだった。
止めるべきか、と問えば止めるべきだろう。気になるのは今日買った荷物とバイクだ。選びに選び抜いて厳選した服だし、バイクも自分好みにチューンナップした相棒とも呼べる存在だ。こんな場所に置いておけないが近くに止められる場所が無い。
服。
バイク。
友達。
服、バイク、友達。
服とバイク、友達。
友達。
「…………あぁ。んんー……だあーっもう! 待ちなって、待ちなさいよナギっちぃ!!」
親友を見捨てるわけにはいかない。
誰にも取られませんように、とお祈りをしながらヨシカはバイクを降りてマコトを追った。