#63 絆と決意
かつてリターナーの基地だった瓦礫の山。
レディムーンはこの日、初めて自分の帰る場所だった場所の惨状を目の当たりにした。
大きなサングラスの奥では悲しげな瞳をするレディムーンだが、外からはこんな状況でも平然としているように思われていた。
「……貴方のせいだ。軍への余計な挑発が引き起こした結果だぞ」
イライラしながらアマクサ・トキオは言う。
「闇雲に一人で突っ走る、誰にも相談はしない、自分の立場がわかってるのか? そんな周りに敵ばかり作って、どうした?!」
段々と感情的になって怒鳴るトキオから、そっぽを向いてレディムーンは下を向いている。
「こんなものを付けているから!」
「あっ……!」
トキオはレディムーンの装着していたサングラスを無理矢理、取り外した。急で驚いたレディムーンはとっさに手で顔を覆うが、恐る恐る開いた指の隙間から辺りを見渡す。
「…………十、いや二、三十? 空に、そこの下にも」
キョロキョロと視線を巡らせる。レディムーンには基地での戦いによって死んでいったものたちの姿を幻視する。
本来、見えてはいけない死んだものたちが見えてしまうことにはトキオも同情していた。
しかし、それを作り出す結果をもたらしたのはレディムーン自信なのである。
「アイオッドシステムの初期型……かなり色々な機能を詰め込んだらしいの。最近はね……夢を見るのよ?」
「夢?」
「白いexSVの彼が帰ってくる」
かつての仲間。十二年前、宇宙で異常な重力場の発生後に消息不明になった少年が姿を現す夢。
初めは一瞬。日に日に夢の中の時間は長くなっていく。
「でも、真薙真のゴッドグレイツと対峙して…………うぅっ」
激痛が走りレディムーンは目を押さえる。アイオッドシステム特有の涙と血が目から大量に流れる。
「大丈夫かっ?!」
「いいから……」
狼狽するトキオを他所にレディムーンは着ていたコートの袖で両目を擦るように拭った。
「私は、止まるわけにはいかないの。必ず奴の息の根を……」
「そんなことで戦えるのか?」
フラフラの状態で瓦礫に腰掛けレディムーンは頷く。
すると、腕の通信機からコール音が鳴った。
「ちゃんと、この子達のお墓を作っておかないとね……そして私のも」
「守りますよ」
トキオはずり落ちそうなレディムーンの肩を掴み、自分の方へと身体を向けた。
「貴方は自分が守ってみせる」
「……ごめんなさい。そういうので心が動く年頃じゃないの」
あっさりとレディムーンはトキオの腕を払って空を見上げる。
雲を切り裂き現れた巨大なシルエット。リターナーの旗艦である《月光丸》だ。
「ここで全部終わらせる。その時、私の役目も終わるわ」
◇◆◇◆◇
レディムーンとトキオを拾って《月光丸》はリターナー基地を飛び立った。
夕方と夜の間、二層の色に重なった空を越え大気圏を抜け出し宇宙空間に進出する。
ブリーフィングルームに集合したリターナーのパイロットたち9人は作戦会議を行っていた。
サナナギ・マコト
【搭乗機】天之尾張
ガイ
【搭乗機】ジーオッド
クロス・トウコ
【搭乗機】戦人・改カスタム
ゼナス・ドラグスト
ウサミ・ココロ
【搭乗機】オンディーナ
ミナミノ・ミナモ
【搭乗機】アマデウスMk2
ユングフラウ
【搭乗機】チャリオッツ・ハレルヤ
アマクサ・トキオ
【搭乗機】Gアーク・アラタメ
レディムーン
【搭乗機】戦崇レジーナ
緊張な面持ちのパイロットたちを前に壇上へ立って作戦を説明するレディムーン。
この作戦がイデアルフォートレスのガランとの最終決戦になると誰しもが予感していた。
「トヨミインダストリーの開発したミラージュキャンセラーを放射して敵の根城を丸裸にする。そうしたらGアークを中心に敵部隊を各個撃破。敵の白いSV、慈愛の女神が出てきたらゴッドグレイツに合体して無力化してちょうだい」
「白いヤツは倒してしまわないのか?」
ユングフラウが質問する。
この中では一番、実戦経験が豊富な彼女だが長い芸能生活のせいでブランクがどう影響するのか彼女自身は心配であった。
その遅れを取り戻すためガイと連日連夜に猛特訓を行っている。
「蒼いジーオッドと合体される前ならば、何としても滷獲するのよ。もし、合体した状態なら……」
「そんなことはさせないッス! アリスはオレが全力で助け出して見せるっス! アリスの機体から受け継いだアマデウスMk2ならば」
「貴方じゃ無理よ」
立ち上がりミナモは自信ありげに言ったが即レディムーンに却下された。
「ミナモはヤマブキのSVを足止めをしてなさい。宇宙でのあのスピード、色々と動かれたらやっかいよ」
「そっスか。ヤマブキと……ううん、頑張るッス!」
少しトーンダウンしたテンションでミナモは答えた。
アリスとヤマブキとミナモ、リターナー三人娘の中でもヤマブキの実力は下で、ついていくのがやっとだった。
仲間として頼りになった二人が今の敵。
絶対に二人を取り戻してみせる、とミナモは心の中で誓う。
「前の戦いでは情けないところを見せてしまった。迷いは自分を殺す……しかし私は自分のやり方を貫いてガラン・ドウマを止める」
ゼナスにとってはガランは幼少の頃から世話になった人物である。
そんな尊敬に値する男の蛮行は自分が阻止しなければならない、とゼナスは使命感に燃えている。
「なんだか頼もしいね」
「イデアルフロート、FREESは自分にとって誇りだった。だが、今の彼らのやり方は間違っている。これを止めなきゃいけないのは私の役目だ」
「フフフ、頼りにしてるわよ」
「私に出来ることがあれば何でも言って欲しい」
「……ならゼナスちゃん、ココロのお願い聞いてくれる?」
「はい、何ですか?」
モジモジしながらウサミはゼナスを見詰める。機械の瞳が
「あのね、その…………やっぱなんでもない!」
「ここまで言っておいて、言わなきゃ後悔しますよ?」
「いいの! この戦いが終わったら言うから」
「……そう、ですか?」
はぐらかすウサミ。ゼナスは首を傾げて作戦説明に集中した。
「仲良いですね、あの二人」
ゼナスとウサミを見てトウコは微笑ましく思った。
「どうです彼ら?」
「ロボットの人の心はわからないけど何を思ってるのかはわかるよ。逆にゼナス様はねぇ」
マコトは真面目すぎるゼナスの鈍感さに呆れる。
昔は手の届かない存在で“薔薇の騎士様”と憧れていた男だったが、近くで接している内に良い意味で普通の人間であったと実感した。
「私たちも仲良ししましょうよ」
「過激な妄想が酷い。段々なんか酷くなってってないトウコちゃん?」
「この眼のせいですからねぇ。私は別に問題だと思ってません」
無理矢理マコトに抱き付くトウコ。冗談ではなく全く嘘は言っていない本当のことなのだ。
「足は大丈夫なの? まだ歩けるまでにはなってないんでしょ?」
「元々、戦人には思考制御システムが搭載されているのでSVの操縦には問題ないですよぉスリスリ」
「なら良いんだけどさ……ガイはどう?」
トウコに好き放題されながらマコトは隣に声をかける。
「……あぁ問題ない」
そっけない返事をするガイ。いつもなら皮肉の一つでも言いそうなものだったがマコトは考えを読んで察する。
「ふーん……まぁ色々あるよね。頑張ろう」
「あれぇ? お二人とも雰囲気がおかしいですよぉ? 先日から何でですかねぇ? ガイさん、言っておきますけどサナちゃんは私のですから渡しませんよぉ」
マコトとガイの顔をトウコは交互に見て顔を伺う。
「どうなんですガイさん?」
「…………そうか」
「うあぁもうトウコちゃん煩い! ガイは何か言えぇ……うがっ!?」
叫ぶマコトの額にレディムーンが投げたペンが飛んできて床に倒れた。
ブリーフィングルームが笑いが起こり和やかなムードに包まれる。
皆から緊張感が弱まり、マコトは少しだけで満足だった。




