#61 血と縁
地球が丸く、青いという事実を知っていても実際に目で見た者は、2058年現在でも人類の半分に満たないだろう。
自分が宇宙に住む生命体だと認識したとき、人は次のステップに進むことが出来る。
ヤマダ・シアラは展望室から見える地球を眺めて、そんなことを考えていた。
「ガガーリン、まじリスペクトだァ……」
様々な攻撃を掻い潜り、宇宙へと上がったイデアルフォートレス。
月軌道を周回する要塞は特殊なフィールドで光学迷彩を展開。見た目からは完全に宇宙空間の闇に溶け込んでいる。
「絶景ですな」
音もなく隣にやって来たガラン・ドウマが声をかける。
「計画も半分が過ぎた。地球からイミテイターが消える日も遠くない」
「ボクは常々思うんだァ。人類こそが一番の悪、とかって台詞……すごく安っぽくて嫌い」
「しかし、それは真理であると思うよ。あの美しい星に住む生命体で最も醜いのがヒトだよ」
「あァーそれそれ、よくある奴だァ! 神さま気取りのボスらしさァ」
「人を世界征服を企む悪の組織みたいに言うね? 私の夢は人類の結束だというのに……私からすれば君みたいなのはひねくれ者と言う」
子供のシアラにはわからないだろう、と呆れてガランは深いため息を吐く。
「実際そうじゃないかァ……家族ごっこは楽しー?」
その一言にガランの表情が一瞬だけ真顔になるが、直ぐにいつもの穏和な顔に戻った。
「イデアルフォートレスの女たちのほとんどを洗脳して、やることがそれとか本当に気持ちが悪いなァ」
「言い方は酷い。少し心を解きほぐしてあげただけだよ? それに私に賛同して自主的に来てくれている者だっているのに」
「そんな男が人類の結束なんて笑わせるわァ。特に娘にするってのが最高にキモい!」
「嫁さんは居るよ。君もよく知る、シンの慈愛の女神だ」
ガランは下を指差す。それは要塞の最奥に位置する開かずの区域。現在、シアラのみが入れた禁断の研究室で眠る試験管の中の女性だ。
「……ママンに指一つでも触れてみろ。この要塞を爆破させる」
静かに怒るシアラが携帯端末を白衣のポケットから取り出すと、その手の物を何者かに弾かれてしまった。
「なにこれ?」
暗い展望室のせいで居たことに気づかなかったが、ガランの影から武装した三人の少女がライフルを構えて飛び出しシアラを取り囲んでいた。
「何なのかなァ、いいの? こんなオジサンについてってさァ……君たちは騙されてるんだよなァ」
武装彼女たちは表情一つ変えず何も答えない。
「まだまだ働いてもらう。君の脳にはまだ興味があるからねぇ、地下の彼女の再生は続けてもいいよ」
「ママンをどうする気?」
「后に迎える。彼女は元々、私が付き合うはずだったのさ。まあでも今すぐにも言うではない。目覚めときは世界が浄化されたあと……連れていきなさい」
顎でガランが指示すると武装少女の一人がシアラの背に回りライフルで小突く。
「…………天才を怒らせると後が怖いぞ?」
「女性の怒りは全て受け止めるのが男だ」
鋭い眼差しを向けるシアラにガランはヒラヒラと手を振って見送った。
◇◆◇◆◇
戦いから一週間。
基地を放棄したリターナーのメンバーたちは日本が誇るSV生産のトップメーカー、トヨトミインダストリーに身を寄せていた。
「サナちゃん、こんなところに居たのですか?」
車椅子に乗ったトウコは花壇の前で立ち尽くすマコトに語りかけた。
「ごめん」
目も合わせずマコトは謝罪する。
「私、調子に乗ってた……。新しいSV貰って浮かれてたんだ。基地がああ滅茶苦茶になったのも、トウコちゃんの足が歩けなくなったのも、ガイの力が無くなったのも、全部私が」
言いかけたところをトウコは車椅子でマコトの後ろからぶつかった。マコトは受け身も取れず花の絨毯に顔から突っ込む。
「そういうところです! 何でも自分一人で解決しようとするところ、少しは他をたよってくれてもいいんじゃないですか?!」
起き上がり振り返るとトウコは泣いていた。
マコトの中にトウコの思いが流れ込む。
あの戦いの日から他人の思考が読めるようになった。
これがガイの持っていた特殊な力。
トウコとマコトが出会ってからのこと、愛情や憎悪、それがない交ぜになったトウコの感情がマコトの心にダイレクトに伝わってきた。
「……でも、これからどうすればいいんだろう」
「それを一緒に考えましょう。皆で」
「そっか、そうだよね」
体に付いた土や花弁を払い花壇を出ると、マコトはトウコの正面に向き合う。
「イデアルフロートはリターナーの基地のように各地の軍事施設を潰し回っていたそうです」
「ニュースで見た。軍に反対する勢力が暴れて対応に追われてるって」
連日連夜、テレビやネットで報道される暴徒やテロリストによる襲撃事件。人々の不安を煽り、鎮静化させようと規制を敷くも次々と各地で争いが多発して収まることのなかった。
「そして、あの空中要塞は宇宙へ行ったあと消息不明。破壊活動はぱったりと止んだみたいですけど」
「地球から出ていったってこと?」
「トヨトミインダストリーの宇宙観測カメラに動く巨大物体を地球圏内で発見したと情報がありました」
「それじゃあ」
「敵はまだ近くに居る。今度は私達が攻撃に出る番ですよ」
トウコはマコトの手をギュっと握る。
「あの司令が何考えてるのかイマイチよくわからないけど、でも止めさせなきゃ世界に平和を取り戻せないんだよね」
「サナちゃんなら地球を守るヒーローになれますよ?」
「そういうのはガラじゃないんだけどなぁ」
照れるマコトだったが、そういうのも嫌いではなかった。
頭の中で英雄になった自分の姿を想像する。
「やりましょうね、サナちゃん」
「うん……ぅっ」
突然、マコトはフラッと立ち眩みを起こし、その場にしゃがみこむ。
「サナちゃん!?」
「ごめっ、大丈夫……だから」
トウコは腕の力だけで車椅子を飛び出し、うずくまっているマコトへ駆け寄る。
マコトの顔を見ると右目に涙、左目から血を流している。アイオッドシステムの症状であるが、いつもより血涙の量が多かった。
ぎこちない膝立ちで車椅子からポケットティッシュを取り出したトウコはマコトの顔を拭う。
「痛みの感覚が短くなってる。トウコちゃんは平気?」
「はい。レモンさんのお陰で症状は軽くなりました。同じのですよね? これも飲んでください」
リターナーの医者であるミツキ・レモンから薬と水の入ったペットボトルを再び車椅子からトウコは出してマコトに手渡す。
「おかしいなぁ……私も同じ治療を受けてるのになぁ」
マコトは三錠のカプセル錠剤を一気に水で流し込む。喉につっかえる感覚がマコトは苦手だった。
「どうしてなんでしょうねぇ……サナちゃん、あれ?」
トウコが遠くを指を差した。リターナーの隊員でもトヨトミインダストリーの職員でもなさそうな私服の女性が一人歩いている。ごく普通の一般人とは思えない独特なオーラを放つ右頬に傷のある美人だった。
「あのお美しい方は誰でしょう?」
「あれは……虹浦セイルだよ! 知らないの?」
「それはどなたです?」
「昔は人気のアイドルだった芸能人。イイちゃんとイイちゃんパパが好きなんだよ。よくカラオケで歌ってて……あれ?」
何かの違和感を感じてマコトは歩くセイルを見詰める。
「心が読めますか?」
トウコはマコトの顔を覗き込む。
「あの人、ガイに会おうとしてる」
「ガイさんにどうして?」
「虹浦セイル……いや、初めて生で見るけどあれは……」
そこまで言ってマコトは言葉に出すのをつぐんだ。
険しい表情をセイルはガイの引きこもっている社員宿舎へと入っていった。




